ジャバと紅い女

トビーネット

第1話 面接官の女

 「えー、先日の件で電話したものですが…」

 「入って」


 眼鏡をクイと上げるその女は初対面にも関わらず、馴れ馴れしい口調で答えた。紅いスーツに身を包み中央に鎮座DEPLOYされているそれは、空間に置かれたモニュメントBRONZE DAVIDの様相を呈していた。


 「失礼します」

 「貴殿のターゲットは?」


 唐突だ。しかし、ここは就活という〝戦場〟NORMANDY。とまどう顔を隠している間に、女は眼鏡を二度、上げていた。眼鏡に惑わされてはいけない。周囲を見わたさず、気配だけで人数を察する。女一人、物陰に二人。どうやら監視されている。


 俺は〝貴殿のターゲットCUSTOMER SEGMENTS〟と聞かれ、「あなた+ YOUです」と言いたいところをグッと堪えていた。ここはジャバ・プロジェクトの開発ルームではない。目の前の女は、今すぐダウンロードすべき対象でもないSHOULD NOT DOWNLOAD TODAY


 「御社のコキャクです」

 「ふむ。それでユーザーは?」

 「は?」


 思わず声にでてしまった。……〝コキャク〟CUSTOMER〝ユーザー〟USERSは違うのか? 


 いや、違うから聞かれているのだ。ここで間違えれば、俺のたつ床に風穴が開きかねない。地獄に落ち助けをこう〝カンタダKANDATA〟になってたまるか。女がクモ糸を垂らすお釈迦様غوتاما بوداである保証はない。そもそも面接とはこのような場だとは聞いていた。「ありがとうジャバARIGATO JAVA」という就活サイトで見た事例でもある。俺は思わず出た声を打ち消すように、すぐさま答えた。


 「……ですかね」

 「だと!?」


 目の前のお釈迦様غوتاما بوداは、いや、女は興奮したのか、眼鏡を上げた。しかし、面接官がため口なのはどうなのだ。面接というものはだ、会社の営業の一部なのだ。それだけ気を使って……これは「ありがとうジャバARIGATO JAVA」という就活サイトで学んだことだった。


 「いえ、を期待するユーザーです」

 「そうか」


 女の上がっていた肩はゆっくり下がると、次には眼鏡が上げられていた。すかさず、遺伝子のように組替えられる女の足。


 「では、顧客が抱える問題PROBLEMは? そして、代替案ALTERNATIVESは」


 こちらを睨みながら組み換える足からは、若干高圧的なオーラが感じ取れた。

足の組み換えに気を取られている隙に、女は眼鏡をクイクイ上げたのだった。



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 「それでは、最後の質問です」


 女は突然に口調を変えた。変化は、物語の終盤を告げていた。ゴクリと喉がなった。


 「さて、?」


 この質問!? 就活サイト「ありがとうジャバARIGATO JAVA」で見たやつだ!


 「32回です!! 足は8度組み換えられました。組み換え間隔の中央値は3分50秒です。分布は…」

 「な、足!?」


 必死のアピールが効いたのか、物陰から椅子をずらすような音がした。次にジャバりとボタンを押下する音が聞こえた。そして俺の座っていた床には、大きな穴が開いたのであった。


 こうして、蛇足を披露した俺は、のちにジャバの更新によって採用不可を知ることとなった。インフラとなったジャバ更新プログラムは、今やメールの代替ALTERNATIVEなのだ。


 俺はお祈りのオファーOPTIONAL OFFERが含まれる画面を見て、デフォルトの ☑を外すUNCHECK と、ジャバを更新した。 ふと面接にて、女の足が換えられる様子を思い返していた。

最後に聞こえたジャバり音、あれは、いつもダウンロードするときに押す紅いボタンJAVA BUTTONのものだ。今になって気が付いた。


 さて、今日も面接に行こう。その前に、就活サイト「ありがとうジャバARIGATO JAVA」を再見しておかねば。


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 後日、ダウンロードセンターDOWNLOAD CENTERにて就職先を探していたとき、〝紅いスーツの女〟と鉢合わせることになる。その時の話はまた後日。

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