とある愛国者の活躍

表現について考える人

第1話

 一人の若者が居ました。

 彼は今風に言えばニート、昔風に言えばプー太郎、職業欄には無職と書く立場です。

 そんな彼が唯一愛していたものは、祖国。そして敵対視していたものは、売国奴でした。

 多少なりとも良識を持った人に言わせれば

「無職が何を言っているのだ」

という話ですが、彼は彼なりに信仰し、そして行動に移していました。

 しかしそんな彼も変わる必要が生まれます。

 その理由は売国奴との闘いに敗れた。というわけではなく、財布の中身。

 明日の食べ物がなくなれば我が身を売りに出すしかありません。

 そんな彼を仲間は苦笑いと嘲る言葉で送りましたが、だからといって財布の中身が増えるわけではありません。

 彼に人並み外れた才能でもあれば愛国的な活動を利益に繋げられますが、そんなものがあれば無職などやっていないともいえます。

 そう言うわけで彼は渋々仕事を探すことになりました。


 そして見つけた仕事は貧民の仕事。

 よくわからない政治運動に首を突っ込んでいた人間など誰もお断りで、流れ流れそんな仕事につきました。

 今風に言う「3K」というやつです。

 当然文句はありますが、文句が腹を膨らますわけではありません。

 彼は 渋々仕事を続けました。


 給料が安いので長い時間働く必要があり、そして長い時間働けば他のことに力を出す気になれない。

 それができる才能有る人も世の中には居ますが、彼はそれほど才能があるとは言えない人間です。

 暇があればもう少しましな仕事を探す方が切実で、有意義な愛国心など出している暇はありません。

 ただ

「わたしは愛国者なのだ」

その精神だけは心に残し、どんな待遇が良くても法に触れる仕事や人の道に触れる仕事など行いませんでした。

 それは愛国心なのか、それとも何もない若者の最期の牙城なのか。

 それは本人もわかりません。

 しかし自分が収める少ない所得税が国家のために使われる。それを思ってただ働きました。


 ただ黙々と働き、たまに上司や同僚と政治談義、(というほど立派な物ではありませんでしたが)で言い争い、そしてまた黙々と働く。

 そういった暮らしをしていればそのうち活動に戻れる。


 彼ははじめそう考えていましたが、現実は違いました。


 黙々と働き、同僚と流行りの物の話をして、上司にいびられながら酒を飲み、また黙黙と働く。

 そういった生活を続ける内に、彼が知っていた愛国者達は政治や新聞を騒がす。

 それを見て彼はまた黙黙と働く。

 そして人並みに恋をして、また黙黙と働く。

 そんな人生を送る内に彼は売国奴と戦う愛国の精神をどこか遠くに置き忘れてしまいました。


 そして彼も気づけば生え際が生存競争に負け、黒い髪の代わりに白髪が蔓延る頭となりました。

 もう若者などと言えません。収める所得税の額も当時より増え、昔は細身だったはずの妻の腹の肉ともう増やすつもりはないと毎回思う子供の数も増えました。

 そして彼は今日も黙黙と働きます。

 毎年収める所得税の額を見るとどこか遠くに置き忘れてきた愛国の精神をふと思い出すこともありますが、目の前の仕事を見るとまたどこかへと消え去ってしまう人生です。

 それについて彼は複雑な気持ちになりますが、その気持ちが何なのか言い表せるような才能は彼にはありません。

 まぁそのおかげで愛国的な人生を歩めたのですから、彼は幸せというべきでしょう。

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