9.伊織、「秘密」を打ち明けられる

 はるかとキョウの説明にはそれほど時間が掛からなかったが、途中で楠見は電話を二回ほど受け、さらに今はどこかに席を外してしまっている。

楠見くすみは忙しいんだよ。副理事長だもんね」

 苦笑気味に、悠がそう説明する。


「はあ……でも、すごく若いよね」

「三十前だよね、まだ。だから『副』理事長なんだろうね」

「はあ……副、理事長……」

「うん、神戸に静楠じょうなん学園ってあるの知ってる? 同じ系列の学校で、元々はそっちが先にできたんだよね」

「へえぇ……」


「でね、『副』の付かない理事長先生は神戸にいるんだけど、基本は『病気療養中』であまり動いてはいないみたいだよ」

 にっこり笑って悠が言う。


「えっと。ということは、楠見さんが……」

「うん、事実上は『副』でなくトップらしいね。広報活動や式典なんかに出てくるのはホントの理事長だけど、学園経営は楠見に任されてるみたい。それでいて、こんな『裏の仕事』までやってるんだから、忙しいよねぇ」


 のほほんとした口調で言う悠。「裏の仕事」という言葉に引っかかったが、聞こうと思ったところでドアが開き、楠見が戻ってきた。


「ドーナツもらってきたよ」言いながら、楠見が山盛りのドーナツを積んだ大きな皿をローテーブルの上に置く。「どうぞ、相原くんも食べて。キョウ? ドーナツだぞ、ドーナツ。ほら、これ食っていいかげん機嫌直せよ」


 まだ不貞腐ふてくされているキョウは、ドーナツに一瞥くれてすぐにそっぽを向いてしまった。

 伊織はやはりなんだか申し訳ない気持ちになってきた。二回も助けてもらったわけだし、自分が――なぜだか分からないが――追われていたのを助けてくれたのが、人違いの原因なんだし……。


「あの……キョウ?」呼びかけてから、伊織はしまった、と思う。「あ、ゴメン! 名字聞いてなかったから!」


 が、キョウはちょっと驚いたような、興味を持ったような視線でこちらを向いた。

「いいよ、キョウで」

 ぶっきらぼうだが、怒っているような口調ではない。


「俺も、ハルでいいよ? 委員長っていうのは、ねえ」悠も笑う。「……というか、キョウはまだ自己紹介もしていなかったのか。伊織くん、こいつは一年三組の成宮なるみやきょうって書いて、キョウって読みます」


「で、何?」

「あ、ああ、あの……」

 綺麗な目で真っ直ぐ見つめられると、少々口ごもる。

「いや、なんかゴメン、最初に俺がフルネームで名乗れば良かったのに、勘違いさせちゃって、えっと、だから……」


 ようやくそう言うと、ハルと楠見は同時に吹き出した。

「キョウ……相原くんにフォローされるとはな……ククク」

「くく、ほらキョウ、さっさと機嫌直さないからだよー」


「ああ! ごめん、そんなつもりで言ったんじゃないんだ! 二度も助けてもらったのに、なんか申し訳ないなって……」


 ハルと楠見は笑いが止まらない。キョウは怒りの色を載せたため息をついた。


「ああああ……俺、余計なこと言った……よね」

「いいよ、もう…………お前ら笑うな!」

「あははは、ごめんごめん、ははははは」

「あーもう分かったよ。話! さっさと進めろ!」


 怒っている、というより決まりの悪そうな顔になって、キョウはようやく体ごとこちらに向き直った。笑い混じりにそれを見て取って、楠見は再び伊織に向かい、膝に肘を載せて体を乗り出す。


「相原くん、それで、きみがどうして付け狙われていたのか? っていう話だけどね。誰かに追いかけられるとか、見られているとか、金曜日以前にそういう経験はなかったかい?」

「まさか。初めてです。何がなんだか俺にもさっぱり……やっぱり金曜日のあれから始まっているんですか?」


「どうかな。正直まだなんとも言えないけれど」

 楠見は腕を組んで、わずかに思考するような間を置き。

「……哲也てつやくんとは、連絡を取っていないんだね」


「はい」

「それじゃ、哲也くんがもしも何かに追われているとしても、その原因に心当たりはない?」


「はい」伊織は少し考える。「従兄弟のことは、俺、そんなによく知らなくて……最後に会ったのは、今年の正月かな……あ、ええと。俺、中学卒業まで二年ほど伯父の家に世話になっていたんですけど、従兄弟に会ったのは、その二年間で彼が年に一、二回帰省したときくらいで……えっと……」


 と、言葉を切って、上目遣いに楠見を見る。彼らは伊織の事情など一切知らないのだ。どこからどこまで話せばいいのだろう。

 そんな伊織の戸惑いを察したように、楠見は柔らかい笑顔を作った。


「そうだな……先にこちらのことを話したほうが、信用してもらえるかな」

「あ、信用なんて、そんな……」


 よく考えてみれば謎だらけのこの人たちを、けれど「信用できない」などとは思っていなかった。自分を助けてくれた二人と、学園の副理事長である。疑問に思う点は目いっぱいあるが、悪い人たちだとは思えない。

(味方……なんだよな?)

 しかしどこか理屈の部分で、そんなに簡単に信じていいのか? とも思う。


「いろいろ――」楠見は身を起こし、ハルとキョウに軽く視線を送って。「びっくりしただろうしね」

 苦笑気味に肩を竦める。


「はあ、あのぅ……」

 伊織も三人の顔を見比べる。ハルはいつもの小さな微笑を浮かべて。キョウは初めて会ったときと同じ、感情のうかがえない真顔。


「あの。さっき見たのはいったい、なんだったんでしょう。自販機が爆発したり、道路が砕けたり……その、キョウが、刀を……」


 聞くと、楠見は笑顔で真っ直ぐに伊織を見返してきた。


「うん。なんだと思う?」

「え? えっと……手品? とか?」


 楠見は笑っている。


「……じゃないですよね?」


 答えない。伊織の次の言葉を待っているようだ。


「えっと、その……俺、いろいろあってだいぶ混乱してるんですけど。おかしなこと言ってもいいですか?」


「いいよ、どうぞ」

 楠見はやはり笑いながら、促すように右手を差し出した。


 伊織は遠慮がちに、かすかに首を傾げながら。

「……超能力って、あります?」


 楠見は、変わらず笑顔のまま。

 その柔らかい光を浮かべた知的な瞳に見つめられ、伊織は途端にバツの悪い思いに駆られて慌てる。


「ああ! すみません! 忘れてください」

「あるよ」

「そうですよね、まさか。ハハハ、なに言ってんだろ俺……え?」


 気まずく曖昧な笑いを浮かべたまま、伊織は固まった。


「あるよ。超能力。きみは、どう思う?」

 笑顔を保ちながら言う楠見。冗談を言っているようにも見えず、言われた言葉の意味を量りかねて。あたふたと、伊織は言葉を探す。


「え? ええっと……分かりません……ないとは思わないけど、あるとも思っていなかったっていうか……ん? なに言ってんだ。すみません、やっぱり分かりません。だけど……」

 もう一度ハルとキョウに目をやってから、楠見に視線を戻す。

「さっきのは……もしかして、とか……」


 口ごもりながら言うが、楠見はさらに笑顔を大きくした。

「きみは素直でいいね」

 そう言うと、楠見はソファに並んでいるハルとキョウに目を向ける。二人は同時に小さく頷いた。


「普通はこんな話しないんだけどね、きみにはばっちり見られちまったみたいだし、きみにもおそらく直接関係のあることだから、まあひとまず聞いてくれるかな」

「はあ……」


 曖昧に頷く伊織の反応を確認し、

「それで、信じるかどうかは、話を聞いてから決めてくれていいよ。信じられなきゃそれでもいい」


 そう前置きして、楠見は少し姿勢を整える。そして、また二人を示し、

「彼らはだよ。俺たちは『サイ』って言ってる。きみが見たのは、彼らの――世間一般的に見るとだ」


「はい――えっ?」

 思わず二人の顔を見る。

 ハルもキョウも、先ほどと同じ表情で黙って伊織の反応を見守っている。


「世の中の超能力者――サイは、たぶん、きみが思っているほど少なくはない。もちろんそう多くもないし、使いこなせるレベルともなればかなり希少だけれどね。『超心理学』とか『超科学』とか、そう呼ばれる分野で、研究もされている」

「はあ……」

「ハルやキョウの能力は『サイコキネシス』……『PK』と呼ぶけれど、物体に影響を与える力で、潜在的にこの能力を持っている者や微細な能力を持つ者も含めれば、すごく珍しい能力でもない。もっとも、この二人は専門だが」

「…………はあ……」


「さっき追いかけてきた者たちも、おそらくどこかのサイ組織に携わる人間――自販機を動かしたり道路を引っぺがしたりした。それらを粉々に壊したのはこの二人だけれど」

「えっと……はあ」


 半信半疑ながら、思わず聞き入ってしまった。楠見という人の話し方や口調には、つい聞かされてしまうものがある。伊織の常識からしたら荒唐無稽な話なのだが、冗談や妄想を語っているようにも見えない。


「で……だ。最後のキョウの刀だけどね。『タイマトウ』と言ってね、漢字で書くと、対するの『対』に真実の『真』に『刀』で、『対真刀』」


 そこまで言って、楠見は続きをバトンタッチするようにハルへと目をやる。ハルは当然のようにすんなり受け取って、わずかに姿勢を正した。


「『タイマ』はね、神月こうづき家の家宝で、『神剣』と言われてる。神様の剣ね。サイの能力をんだよ」

「能力を、斬る……?」

「うん。あの刀で斬られると、能力が消滅する。さっき斬った二人も、気を失っているだけだって言ったけど、目が覚めたら怪我もしてないし具合も悪くなってないし、もちろん記憶も失ってないよ。能力はなくなっているけどね」

「えぇっと。……そう――なんだ……」


 いまひとつワケは分からないが、ひとまず安心した。「能力がなくなる」ということがどういう状態なのは想像がつかないが、目の前で人が殺されたということではないらしい。


「いきなり見せられたらびっくりするよね。驚かせてごめんね」


 伊織は慌てて首を横に振った。

「いやいや、結果的に助けてもらったわけだし、俺……だけど、その、ええっと……ちなみに今は、どこにあるんですか?」


 問うと、ハルはにっこり笑って、キョウを指差す。

「キョウが持っている」

「見せるか?」


 首を傾げたキョウを、楠見が手を上げて制した。

「いや、いいよ。物騒だからこんな狭い部屋で振り回さないでくれ」


「ま、そのうち機会もあるでしょ」

 苦笑するように言って、ハルは楠見にバトンを返す。


「それで、だ」話の続きを引き取った楠見に視線を向けられて、伊織はわずかに居住まいを正した。「――そもそも『楠見』の家は、いくつかの事業をやっていてね。一番古くて大きいのは、製薬業と物流業。あとはこの学校法人だけど」


 思い当たることがあって、伊織は目を丸くした。

「……あ! えっ? 楠見製薬?」


 苦笑混じりに、楠見は頷いた。

 薬局やスーパーで、その社名の付いた製品が売られているのを見かける。コマーシャルも見たことがある。


「『くすみのくすり』だ……」

 感動のあまりCMでお馴染みのセリフをつぶやくと、楠見は一瞬動きを止め、それから大きなため息をついた。


「……それね、考えたのずっと前の代の人だからね。俺、製薬会社はまったくのノータッチだし」


 ハルとキョウは、笑いを噛み殺す顔をしている。何か可笑しいところだろうか。


「もうさあ、いいかげん変えて欲しいんだ……どういうセンスなんだろう……全国のクスミさんにも本当に申し訳ないと思っているよ……」

「す、すみません、余計なことを言いました。続けてください……」

「ああ、ごめんごめん。家業の話だよね。で、その家業のひとつに『サイ組織』があるんだ。……ね、いま『話がいかがわしくなってきたな』って思ったね?」


「い、いえ……」

「まあ聞くだけ聞いてくれ。サイの能力っていうのは遺伝する。俺は持っていないけれど、うちの家系にはたまに生まれる。それで、サイを集めてそういう家業をやっているんだけれど、けっこう大きな組織だよ。主な仕事内容は、『サイ業界の治安維持』と言っていい。想像してもらえば分かると思うけれど、サイってのはさ、一般社会にしてみたら、やりたい放題だろう? 犯罪をおかしてもバレない」


 想像してみる。言われてみればそんなような気もするが、うまく想像できなかった。そんな伊織を見て取って、楠見は続ける。


「たとえば、PKなら鍵を壊して他人の家やなんかに侵入できる。道具は要らないし、証拠も残らない。超能力を使ったなんて、誰も信じないからね。テレパスなら、他人の銀行口座の暗証番号を知ることができるかもしれない」


 それまでの小さな笑顔をしまい込み、真剣な表情になって楠見は続ける。

「もっと言えば、手も触れずに他人を傷つけることだってできる。きみもさっき見たと思うが――」


 ああ、と思い出して納得する。自販機が爆発したように見えた、あのすぐ横に人がいたら――いや、あの自販機がもしも人だったら――。伊織は初めて、薄ら寒い気持ちになった。――。


「そういうことをさせないために、サイをまとめて治安を維持する組織を作った。社会正義のためというだけじゃない。一人ひとりのサイを守るためでもある。まあ一種の自浄だね。『楠見』と言えば、業界ではちょっとは名が知れている。そうやって、サイ業界に睨みを効かせているわけだ」


 なんだか話が大きくなってきた……。


「ちなみに『神月』も業界じゃ名家だ」


 ハルを指して楠見が言うが、ハルは苦笑を浮かべて首を横に振った。

「うちは歴史は古いんだけど、だいぶ廃れちゃってて、いまはマイナーだ」


「謙遜だよ。まあいいや。その組織――拠点は神戸にあって、俺たちは『本店』って呼んでるんだけど、俺はその家で生まれ、それを継げと言われて育ってきた。ただ――」

 少しだけ言いよどむようにしながら――楠見の顔に、軽い苦笑いのような複雑な色が浮かぶ。


「ちょっとやり方がね、折り合いの付かない部分があって、俺は『本店』を離れて、こちらでサイのトラブルを解決する仕事をしている。俺の仕事は『本店』に比べるととても小さくて、『組織』と呼べるようなものではない。それで、ハルやキョウのような能力を持っている者に、仕事をしてもらっているわけだ」


 そう締め括って、楠見はハルとキョウに笑いかけた。


「なんだか……すごいですね……」


 三人の顔を見比べて、心からそう言う。さっき「超能力なんて本当にあるんだろうか」と思っていたのが、いつの間にか消し飛んでいる。

 それを見て、楠見はさらに破顔した。

「きみは本当に素直でいいね」


「え……いや……」

 なんだか少し照れた。


「それで、ここからがきみに関係のあるところだ。先日こんなFAXが俺のところに送られてきた」


 そう言いながら、先ほどからローテーブルの上に置いてあった紙を取り上げ、伊織の前に差し出す。

『以下の者、至急保護されたし』の文字の下に、名簿のようなものが印刷されている。その八行目の文字を見た瞬間、伊織の胸に、驚きと納得が同時にすとんと落ちてきた。


『1-7 相原哲也』


 住所は伊織がいま住んでいる場所――数日前まで従兄弟の哲也が実際に住んでいた、アパートの一室だ。

 伊織が納得したのを確認し、楠見は紙を自分の手元に戻す。


「奇妙な話だよ。これ一枚が、問答無用で送られてきたんだ。誰が、なぜ送ったのか、ここに載っている人間がどういう人物なのか、『至急保護』しないとどういうことになるのか、まったく分からない」

 淡々と言いながら、楠見は両手を広げた。

「ただ、俺のところに送られてくる以上、これがこの緑楠の学生かもしれないということと、サイか、それに関連するものかもしれないということ、この二つが想像できる。が、学生名簿を調べても、彼らの名前は載っていなかった。そこでこの二人に、この住所の場所に行って確認してもらった。金曜日のことだ。相原哲也くんの家を調べに行ったのがキョウで、そのときに誰かに追いかけられているきみに出会った」


 そうだな、というように、楠見がキョウに目を向ける。キョウは頷いた。


「その報告を受けて、キョウに土曜日以降もきみの様子を監視してもらっていた。家を出たときに誰かに襲われたり攫われたりしないよう、遠くから見守ってもらっていた程度だけどね。不快にさせたらすまない」


 そう言って頭を下げる楠見に、伊織は慌てて手と首をいっぺんに振る。

「と、とんでもないです――それで今日、二人して助けてくれたわけでしょう? どうもありがとう」

 キョウに向けて小さく頭を下げると、キョウは驚いたように目を見張った。それから、なぜだか少し困ったような、抗議のような視線をサッと楠見へ送る。


 そんなキョウを見て楠見はわずかに口元を緩め、それから伊織に向かって言葉を繋ぐ。


「そう言ってもらえると、こちらとしても助かるよ。それで、だ。……問題は――『至急保護』しろと言われているのは哲也くんのほうなんだが、どうもきみが狙われているらしいと言うことになると、これはどういうことなのか俺たちにもさっぱり分からない」

「はあ……」

「けれど、街中で相手構わず能力をぶっ放す人間が、『人前じゃ話せない』って言っている用件だ。健全なものだと楽観しないほうがいいだろうな」

「……はあ……」

「哲也くんと間違えられて狙われているという可能性も否定はできないが、それでも間違ってきみの身に危険が及ばないとは限らない。ああ、あんまり心配しすぎなくていいよ。ただ念のため気をつけて欲しいということだから」


「……はい」

 楠見の言葉に緊張は覚えるものの、そうは言ってもいまひとつ現実感が持てず、伊織は曖昧に頷いた。


「きみはひとまず普段どおりにしていてもらっていい。この二人か誰かが、近くにいるようにする。目障りでなければね」

 楠見は伊織を安心させるように笑いかけた。


「目障りなんて、そんな、とんでもない」

 そう言いながら、伊織ははっとして少々口ごもる。

「あの、……でも、ボディガード? とか雇うようなお金、俺、ないです……」


 上目遣いに言うと、楠見は相好を崩した。

「心配しなくていいよ。当校生徒からお金なんかもらわない」


「でも――なんだか申し訳ないです……」

「いや、そんな大層なことじゃない。こちらにしても、きみはもしかしたら相原哲也くんとほかの十三人を探す手がかりになるかもしれないんだ。協力してもらえると助かるよ」


 協力を求められて、少し気持ちが軽くなる。もしも――もしも何か役に立てることがあれば、嬉しい。

 そう考えたら、伊織は自然に頭を下げていた。

「分かりました……よろしくお願いします」


 楠見が安心したように息をつき、ハルが笑顔を見せ、キョウがどこか警戒を解いたように力を抜くのが見えた。

 状況を把握したとは言いがたいが、伊織は何がなんだかわけの分からない事態に巻き込まれている緊張感を感じると共に、それよりも現実離れした出来事に直面し、胸が高鳴るのを自覚していた。


 友達ができなくて、授業についていけなくて、アルバイトが見つからない――そんな平凡で情けない悩みしか持っていなかった自分の生活に、変化の兆しが見えているような気がして。それは、これまでに感じたことのない高揚感だった。


 そんな伊織の気持ちを察してかどうか。三人は、それぞれの表情で小さく顔を見合わせ、何かしらの意思の疎通を果たしたようだった。

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