第2話
その人間は、湖の近くの村に住んでいました。
その人間──いや、その子は村の漁師の息子でありました。しかし、不思議な事に、魚を受け付けない体質で、魚を口にしようものなら吐くか寝込むか、それはそれは気の毒な有り様になります。
その子が生まれて間もない頃は「魚の祟りだ」「湖の主の怒りだ」と騒いだ村人も、その子の弟、妹が生まれ、魚を食べるところを見て、しだいに落ち着きました。
15年経った今では、その子──アオイの両親も漁師に戻り、魚屋として、村に貢献しています。
アオイの体質と悩みを除いて、村は平穏の中にいました。
この日、15歳のアオイは母親を手伝いながら店番をしていました。しかし、村人に魚が食べられない事を当て擦られ、心無い言葉をかけられました。その場にいた母親に勧められ、休憩がてら散歩に出たのでした。
村では物々交換で成り立っている為、アオイは魚を食べられない事を責められ、今日のように交渉の妨げになることがありました。
15年の中で、理解をしてくれる村人もおり、家族もアオイを大切にしています。でも、このように自分ではどうしようもないことで責められると、傷付きました。
(自分ではどうしようもできないことで言われるのは辛い。この村にとって、自分は要らないんだ)
アオイは村ではそろそろ仕事を持つ年頃です。しかし、このように交渉で支障が出るならば、漁師にはなれません。かといって、別の仕事をする気にはなれず、アオイは途方に暮れていました。
散歩をしながらアオイはいつも両親が魚を獲っている湖に向かいました。アオイも手伝いによく通る道です。
(なぜ自分は漁師の息子に生まれたんだろう。父さんと母さんが漁師でなければ、こんなことにはならなかったのかもしれない)
やがて、湖に着きました。
湖は広く、向こう岸は小さく見えるものの、木が並んでいるくらいしかわかりません。両親の漁場から離れ、湖際を歩き始めました。
天気が良く、木々の影が揺らめく中をアオイは歩いていきました。
やがて、大きな木がアオイの前に現れました。
湖が近く、大きな木が誘うように、静かに葉を揺らしています。
湖をのぞくと、急に深くなっており、漁場ではいつも澄んでいてよく見える底が、ここではよく見えません。
アオイは木に背を預けながら座りました。
サラサラと木陰が揺れ、心地よい風がアオイをつつみます。
(近くにこんなところがあったんだな)
青くも緑っぽくも見える綺麗な湖を眺めていると、不思議と気持ちが落ち着いてきました。
(ここは気持ちが良いな。さっきまでのモヤモヤが気にならなくなってきた)
ふと、泡が上がってきたのか、岸近くの波間が円を描きながら揺れ始めました。
(なんだ?魚かな?)
バシャッ
現れたのは少女でした。
少女とアオイは目が合い、しばらく見つめ合いました。
スミレとアオイの出会いでした。
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