湖のほとりの恋物語
日捲 空
第1話
昔々、そのまた昔。
車も機械ももちろんなく、時間は日の傾きで読み、行動範囲は歩ける距離だけだった頃のお話です。
木々がしげる自然の真ん中に、深い深い湖がありました。
その湖の奥底深くには、魚が渦巻きながら泳いでいる魚の国がありました。
長生きした魚は力を帯び、人型となりました。縁戚関係を結び、魚の国を治めていました。
人型になれる魚の住まいは湖底に屋敷があり、人間からは見えないよう、その周辺には結界が張られています。
屋敷の中の人型は人間の生活と似せて暮らしています。力を使って人間のような服を着ているように見せかけ、岩を机のようにして使用しています。
今、魚の国を治めているのは湖底魚の一族で、この湖の主と呼ばれています。
その一族と魚の国を治めている主の名は、ツバキ。長くてつややかな髪に白い肌、整った容姿に自信に満ちた様は、女王とも言えるほど堂々としています。
ツバキには人型となった二人の娘がいました。
優しい姉はスミレで、活発な妹がミツバと言います。二人は年頃になり、人間で言うと13歳くらいの大きさです。そして、魚の国の事、湖の事、人間の事、湖の外の事を学んでいました。
スミレは感知や結界に関する力に優れており、屋敷の周りの結界のことも勉強しています。
ミツバは特別優れた力はありませんが、力は均一に発揮でき、社交的な性格で誰とも友好な関係を築いています。
ゆくゆくは、姉が主を継ぎ、妹が補佐をするよう、周囲から期待されています。
今日も二人は机に向かい、勉強をしていました。
「あーあ、なんか疲れちゃった。ねぇ、スミレ姉さま、休憩しない?」
「また?10分前にも間食して休憩してなかった?」
「気のせい気のせい♪」
「仕方ないわね。ちょっとだけ、散歩に行きましょうか」
「やった!」
「その代わり、次は1時間は勉強頑張るわよ」
「う、はぁい」
二人が廊下に出ると、水の世界が広がります。
魚が近くまで泳いできて、二人の目の前を横切って行きました。
上を見上げると、陽の光が波間に透けてキラキラと輝いていました。
「綺麗ね」
「そうね、スミレ姉さま。でも、あたしは知ってるわ。あの向こうの世界は私たちの仲間を捕らえて、焼いて食べちゃう悪い人間たちがいるのよ」
「私たちもこの人型になってから、小さい魚を食べるようになったわ」
「食べないと体がもたないし、私たちは魚の国を維持しないといけないから、仕方ないじゃない」
(ミツバはこう言うけど、人間だけ責めるのはおかしいと思うの。行動だけ見れば、人間も人型も一緒なのに、片方は国を治めるために許されて、片方が責められるなんて・・・)
「さ、そろそろ勉強に戻るわよ」
「はーいはい。スミレ姉様は真面目だから」
「・・・」
スミレは仲間には言えない秘密がありました。
得意の感知能力で、屋敷の周辺に張られた結界に1ヵ所隙間があることを知っていました。
上に広がっているキラキラ揺れる波間に惹かれ、その隙間を通って何度か陸まで上がったことがあるのです。
青い空、白い雲、森の木々、反射して眩しい波間──湖の中にはない色彩に目を奪われながら、スミレは人型が陸でも呼吸ができることを知ったのです。
そして、今日も勉強が終わるとミツバや皆の目を盗み、結界の隙間を縫いながら、美しい景色を見ようと湖上に向かって泳ぎます。
そこで一人の人間と出会うことになるのです。
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