後日談7 メアリさんの恋事情(2)

 なんだか色々考えちゃって全然寝られなかったんだけど……。


 誰だよ、羊数えたら寝られるって言ってた人!

 三百匹超えたところで、もう寝るの諦めたよ!

 途中から羊って『匹』じゃなくて『頭』なんじゃないの?っていういらない疑問まで沸いてきちゃったし……。


「大丈夫ですか? 具合悪そうですけど……」


 エゴイ君は、そんなただの寝不足のあたしを心配してくれる。

 平気平気って言いたいところだけど、どこか隙を見てお昼寝に行きたいな。


 ……いやいや、そうも言ってられないか。

 今日はようやく魔道士達の訓練も終わって、自分の研究に勤しめるチャンスなんだ。

 あの時、神様の力を借りてようやくできた蘇生魔法。

 あれを是非、自分だけの力で使えるようにならなきゃ……。


「……また、あの禁術ですか?」

「うん……。もうちょっとで何か掴めそうなんだ……」


 詠唱した経験から、あれがミリューガ級の魔法であることはわかっている。

 問題は、その後に羅列されている『ビオス』と『クロノス』の術式だ。

 多くて三段階の術式で組まれている一般的な魔法と比べても、あれほど長い術式は明らかに一線を画している。

 あんなの、普通に詠唱するだけでも魔力が尽きちゃいそうだよね。


「僕なりに調べたんですけど、『ビオス』は生命、『クロノス』は時間を指し示している古代語だったようですよ。

 詠唱の中にあった『終焉の灯よ再び~』という部分が恐らくあれらを指しているのでしょう」

「へー……あの詠唱にはそんな意味があったんだ」

「それらから解析すると、あれは蘇生魔法というよりも対象の命の時間を巻き戻しているんじゃないかと思うんです」

「つまり……あれは時空魔法……か」


 時空魔法……太古に失われたと言われている禁術中の禁術だ。

 時空の流れに逆らって、時間を止めたり遡ったり、神にしか許されないような領域に踏み込んだ人外の魔法で、人がそれを使用することに危惧した神によって封じられたと伝えられている。


 本当にあれが時空魔法だったとして、時間を巻き戻すにも、巻き戻す年数によっても魔力の消費がだいぶ違ってくるはず。

 もう何年も経っている生命の時間までは、それこそ神の魔力を借りないと戻せないのかも知れない。

 神様の魔力がこもった石はもう貰えないだろうし、お手上げだわ……。

 やっぱり、正当な蘇生魔法を研究する方がよっぽど現実的なのかも……。


「ところで、今日はちょっと遠出しようと思っています」

「どこへ?」

「アステアの南東にある谷です。兵達が次々と体調を崩すという事例が続いたので調査依頼があったんですよ」


 言いながら、出掛ける準備を始めるエゴイ君。

 他に兵や術士を呼んでいない辺り、このまま一人で出掛けるつもりなんだろうか。


「一人で大丈夫なの?」

「まあ、ちょっと調査するだけですし、そんなに大勢で行く必要も……」


 いやいや、調査って言っても兵士が倒れまくったんでしょ!?

 あたしは危険だと思うんだけどなあ……。


「それって、あたしも付いて行ったら駄目?」

「駄目ってことは無いですけど、連れて行くなら騎士とか兵士の人達でも……」

「いいじゃん、今日は訓練も無いんだし! たまにはあたしも外に出たかったからさ!」

「えー……、せっかくメアリさんと離れて羽を伸ばそうかと思ってたのに……」

「……何か言った?」

「いえ……。じゃあ、行きましょうか……」


 多少強引だったけど、あたしも一緒に谷の調査をすることにした。

 魔道士って基本内勤だからね、たまには外での仕事だってしたくなるものさ。


 ほら、そんなガッカリした顔してないで、シャキシャキと行きましょう!

 項垂れるエゴイ君の背中を押しながら、あたし達は谷へと向けて出発した。


◆◇◆◇


 そこは、ゼラの町だった場所から少し南に下った場所にあった。

 険しい谷だ。ここからは馬車ではとても進めそうもない。


 谷ということもあって、エゴイ君が早速【ホバリング】の魔法を掛けてくれた。

 一応街道は敷かれているのでさほど危険では無いと思うけど、これで万が一突風で飛ばされたり足を踏み外しても安心だというわけだ。


「体調を崩すということは、谷に毒素でも沸いてるのかと思ったんですけど、今のところそういう反応はありませんね」

「じゃあ、その休憩所の方に原因があるんじゃない?」

「ふむ……行ってみましょうか」


 ホバリングのおかげで、多少険しくなっている道でも軽い足取りで進むことができる。

 やー……便利な魔法を思いつくもんだね、エゴイ君は。

 ディア様と一緒にアステアに向かったあの時も、この魔法があったら随分と楽だったんだろうなあ。


「ん……こんなところに墓石?」

「かなり薄汚れてますね。可哀想に……少し綺麗にしてあげましょうか」


 エゴイ君は、周りの伸びてしまった雑草を取り除き、持っていた布で軽く墓石を拭いてあげていた。

 うーん……あたしも何かしないといけないかな?

 とりあえず、近くに咲いていた花を束ねて墓石に飾っておこうか。


「メアリさんって、意外に器用なんですね」

「まあ……あたしにも妹がいたから、多少はね」

「メアリさんに妹!? それは初耳だ」

「言ってなかったからね。まあ……何年も前に亡くなっちゃったんだけどさ……」

「えっ……。それは……、その……すみませんでした……」

「気にしなくていいって。さあ、行こうか」


 エゴイ君はすっかり気落ちしてしまった。

 そんなつもりじゃなかったんだけどな……こんなところにある墓石が悪いんだよ、もう……。


 それにしても、何でこんな寂れたところに墓石が一つだけポツンとあるんだろう?

 魔物の襲撃で滅んでしまったというゼラの町とも、ここは結構離れている。

 別に道の神とかを祀っているわけでも無さそうだし、何か気になるな。




『……お前…………なら……』




 ……ん?

 いま、何か聞こえた。

 エゴイ君の声にしてはもっと太い男の声だ。

 ここは谷だし、風に乗って運ばれてきた誰かの声が聞こえてきたのか……?




「あれが休憩所ですよ」


 エゴイ君の指す場所に家屋が見えた。

 あれが件の休憩所か。

 パッと見た感じ、特に何かありそうには思えないけど、どうなんだろ?


「今は誰かが経営してるとかじゃ無く、旅人が自由に使えるようにと修繕だけしたそうです」

「休憩所というよりも、なんだか山小屋みたいだね」


 これでも歩き疲れた兵達が休むには全然問題ないんだろうけど、見たところ宿泊施設って感じでもないし、本当に一時的な休憩や仮眠くらいにしか使え無さそうだ。


「やはり、ここでも毒素の反応は無い……」

「んー……何なんだろうね。案外、兵達がその辺で変なキノコでも採って中ったとかじゃないの?」

「それだったら医療班からの報告があがってるはずですよ」

「さっぱりわかんないね……ん?」

「どうしました?」


 一瞬妙な魔力を感じたような……。

 周りは森に囲まれた谷だし、魔物とかが居てもおかしくは無いんだけど、それにしてはあまり感じたことの無い魔力だった気がする。


「いったいどこから……? エゴイ君、いま何か魔力を感じなかった?」

「いえ、特には……。それにしても……、なんだか急に眠くなってきちゃいました……」

「エゴイ君ともあろうお方が、何をあたしみたいなこと言ってんの」

「まぁ、せっかくの休憩所なんですから……少し休んでいきましょう……」


 そう言うとエゴイ君はそのままそこに横になり、寝息を立て始めてしまった。

 こんなに早く寝る人、あたし初めて見たよ。


 いや……何か不自然だ。

 いくらなんでも、さっきまでキビキビと調査をしていた人がこんな急に寝ちゃうってあり得る?

 しかも、真面目な仕事人間のエゴイ君が、調査中に寝てしまうなんて絶対あり得ない。


 ……とは言っても、このまま寝かせておいたら確実に風邪をひいてしまう。

 とりあえず、あたしのローブを毛布がわりにして掛けておこうか。


 ……また魔力!?

 まずい……、あたしまで眠くなってきた……!

 これ……何かの魔法だ……!


 どこだ……、誰……? 魔物……魔族……!?

 駄目だ……、もう……


………………

…………

……





◇◆◇◆



 んー……。

 ここは……?


 あたし達は、たしか谷の休憩所に居たはず。

 それなのに、目の前に広がるこの景色は……。


「ここは……、あたしが幼い頃に住んでいた……」

『お姉ちゃん、何してんの? そろそろおうちに帰ろうよ!』


 懐かしい声がして振り向くと、そこには信じられない人が立っていた。


「エミリ……!?」

『ほら、あんまり遅くなると、お母さんが心配するよ』


 嘘だ……。

 エミリは……、妹は、もうずっと前に病気で……。

 父さんと母さんだって、とっくに……。


「本当に……あなた、エミリなの?」

『何言ってんの? わたしに決まってるじゃない。変なお姉ちゃん』


 周りを高木と真っ白な雪が包み、それを踏みしめる度にザシュッと懐かしい音が聞こえてくる。


 これは……夢?

 でも、この感覚、もう忘れかけていたはずの妹の声……夢にしてはリアルすぎる気がする。


「お姉ちゃん、行こ!」


 無邪気に手を伸ばしてくる妹エミリ。

 どうしても一抹の不安が拭えないあたしは、その手を取ることを躊躇していた。

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