後日談6 メアリさんの恋事情(1)

 はー……今日も疲れたわ。

 魔法の研究をしたかったのに、最近は新人魔道士達の勉強会が忙しくて、なかなか研究の時間が取れない。

 まあ、面倒な仕事はエゴイ君に任せてるからいいんだけどさ。


「メアリ様、お疲れ様です」


 魔法研究所にやって来たのは、産休を終え、秘書の仕事に復帰したリズちゃん。

 ここで働いている間は、新たに設けられた託児施設に息子のフィル君を預かってもらう事にしたんだって。

 そして、この国に託児施設を提案したのは、誰あろう王妃であるディア様。

 アステア国は元が女王国家だっただけあって、女性の社会進出計画に他国よりも力を入れていたりする。

 つまり、あたし達女性にとって、これほど働きやすい国は無いわけだ。


「ハーブティー、ここに置いておきますね」

「ありがとう、リズちゃん。ディア様とロデオさ……様の様子はどう?」

「相変わらず、仲睦まじいお二人です。でもロデオ様は、まだご自身が王である事に馴れてないみたいで、息抜きと称しては騎士団に顔を出しているみたいです」

「あの人らしいなあ……。クルス君にとっちゃいい迷惑だ」

「“大人しく王やってろよ”って愚痴っていますよ」

「それはクルス君の言う通りだわ」


 こんな感じでリズちゃんとハーブティーを飲みながら談笑していると、疲れきった顔をした我らが魔道士長が研究所へ戻って来た。


「魔道士長、お疲れ様でーす」

「お疲れ……って、メアリさん!? なに一人だけのんびりと休憩しちゃってるんですか!」

「あたしは副長だからね。今日は新人達の訓練も頑張ったしー」

「エゴイ様の分もハーブティー淹れますね」

「あ、ありがとうございます、リズさん。もー、メアリさん! シャキッとしてくださいよ!」


 エゴイ君は何か言ってるけど、今のあたしはちょっとしたティータイム中。

 それにしてもリズちゃんの淹れるハーブティーって本当に美味しいわ。

 どうして、たかがハーブティーがこんなに美味しくなるのかわからないけど、その秘訣を聞こうとしても『修業の成果です』としか言ってくれないんだよねー。


「メアリ様は、研究は進んでいますか?」

「光と闇の属性の研究がぼちぼちかな。なにせ今まであまり研究されて来なかった分野だし、この二つの属性は合成魔法への利用もあまり行われてなかったから難しいのなんの」

「禁術ほど強力な奇跡に近い事象は起こせませんが、光や闇の属性を合成する事によって、それに近い成果が得られるんじゃないかと日々研究中なんですよ」


 意気揚々と語りだすエゴイ君。

 聞いた話によると、魔族との戦いでは通常行えないはずの範囲魔法を中等魔法で発現させたらしいし、彼の魔法に対する探究力はあたし以上かもしれない。

 あたしに付き合って研究も手伝ってくれてるし、エゴイ君ってほんとに魔法の研究が好きなんだなあ。


 そうそう、エゴイ君による研究の成果と言えば、何といっても風属性を利用した移動補助系の魔法。

 彼は風の魔法を研究し、新たに【ホバリング】の魔法を開発する事に成功した。


 人の歩く速度を上げたり、体を少し浮き上がらせることで高所からの落下の衝撃を緩和したりと、日常生活でも使い勝手の良い魔法だ。

 風の精霊……たしか、アルネウスだっけ?

 あの精霊が空洞内の螺旋階段で使った力によく似ている気がする。

 コルン王が、サンタとして煙突から突入する時使われたのもこの魔法。

 こういうのは、攻撃魔法専門の私には到底思いつかない魔法だわ。


「あっと、いけない。私がここへ来たのは、ディア様からメアリ様に伝言があったからなんです」

「へ? あたし?」

「お話があるので、お仕事が終わったら謁見の間へ来て下さいとのことです。たぶん、例の事だと思うんですけど」

「例の事? まあいいや。とりあえず仕事も終わったし、あたしちょっと行ってくる」

「メアリさんっ!? まだやる事はいっぱい残ってるんですけど! って、聞いてます!?」

「あはは……エゴイ様、おつかれさまです……」


 あーだこーだ騒ぎだすエゴイ君。

 リズちゃんは、困ったような顔で笑いながら一礼して退室していった。

 例の事って、あの事かな?

 あー……ディア様の心配性にも困ったもんだ。


◆◇◆◇


「失礼いたします」


 謁見の間へ行くと、そこへ居たのはロデオ王とディア王妃のお二人だけだった。


「メアリ、いつもご苦労様」

「ディア様も、ロデオ王もご公務お疲れ様です。てっきり、リズちゃんも居るのかなって思ってたんですけど……」

「リズならさっき託児所へ向かったわ。フィル君が寂しがるといけないって」

「お前、エゴイ君に全部押し付けてきたんじゃないだろうな?」

「まーさかー……」


 さすがロデオさん、するどい……。


 それにしても、子育てって大変なんだね。

 リズちゃんもクルス君も、暇を見つけてはちょくちょく託児所に顔を出しに行っているらしいし、親になるっていうのは大変だ。

 完全に二人に先越されちゃったなー。


「ロデオ王、玉座にはもう馴れました?」

「少しは馴れたが……でも、やっぱり私は騎士団で剣を振ってる方が良いな」

「クルス君が迷惑しますよ」

「ああ、今日も嫌そうな顔してたな。あいつー」


 クルス君ったら口には出して無いみたいだけど、やっぱ顔には出しちゃってるのかな。

 あの子、目上に敬語はちゃんと使うくせに、そういうところあるもんなぁ。

 リズちゃんを見習いなさいっての。


「ところでディア様、あたしに話ってなんですか?」

「ああ、そうそう、そうなのよ! これなんだけど」


 そう言いながら、色とりどりの書状を並べ出すディア様。


「あの、これって……」

「うん、全部あなたへの縁談」


 机上の大量の書状を眺め、あたしはため息をついた。

 やっぱり、リズちゃんが言ってた例の事ってこれか……。


「たぶん、あなたの事だから断っちゃうとは思うけど、なんと今回は、そこそこの地位を持つ貴族とか王家からの縁談も届いてるのよ」

「あはは……。王家ですか?」

「そう……で、どうする?」

「えっと……あたしなんかには無理なのでお断りします」


 王家とか、名のある貴族みたいなところに嫁いだら、色々と束縛されそうだもんなぁ……。

 それに、たぶん魔王討伐国家の権威を得たいとか、そういう政略的なことも兼ねてるだろうし。

 何よりも、あたしとしては今後も魔法の研究を続けたいって思ってるから。

 そんな事になったら困るし、それに名前も顔も知らない人のところへ嫁ぐなんて、まっぴらごめん。


「王家からの縁談は政略的なもんだろうな」

「あたしは自由に生きていたいんです」

「そうは言っても、お前も、もういい歳だろう?」

「ロデオ、女性にそういう事言うもんじゃないわ」


 ディア様に叱られるロデオ王。

 この人は、こういうところがデリカシーが無いというか何というか……。


 ご心配はありがたいんだけど、今のあたしには何よりも優先することができてしまった。

 その原因はここにいるロデオさん。

 禁術とはいえ死者蘇生を目の当たりにし、いよいよあたしの実現したかった事が現実味を帯びてきたところだ。

 ここでその研究を断念するわけにはいかない。

 貴族や王家に嫁いでしまったら、そんなことさせてもらえないのは目に見えている。


「せっかくなんだし、すぐに破棄せず、いろいろ考えてみても良いんじゃないか?」

「そうですねー」

「私としても、お前には幸せになってもらいたいと思っている」

「わかりました。とりあえず、これはお預かりします」


 あたしは、色とりどりの書状を受け取り、謁見の間を後にすることにした。

 さて、どうしたものやら……。


◇◆◇◆


「メアリ様、お話はもういいのですか?」

「あら、リズちゃん。フィル君はもういいの?」

「ええ。ぐっすり眠っていましたし、起こしちゃ悪いですからね」

「そう……お母さんなんだね……。そうだ、ちょっとだけ時間もらっていい?」

「ええ、大丈夫ですよ」


 立ち話もなんだからと、リズちゃんは執務室に案内してくれた。

 室内は、あたしが彼女の代わりに働いていた時よりも綺麗に整頓されていた。

 綺麗好きというか、なんというか。

 こういうところはリズちゃんって本当に豆だなぁ。


「唐突だけど、リズちゃんって今幸せ?」

「はい、とっても幸せです。

 頼りがいのある夫と、可愛い息子。やりがいのある仕事もいただけて、私なんかがこんなに幸せでいいのかなってくらい……」


 即答とは……さすがリズちゃん。

 結婚って、やっぱり幸せなことなんだなあ。


「お義母さんにはちょっと困る時もありますけど……それでも、今が幸せな事には変わりありません。

 お義母さんとも、いつか仲良くなれたら良いなって思ってます」


 そっか……聞いたところによると、クルス君ってとある貴族のご子息だったみたいだし、嫁姑問題とか大変なんだろうな。

 クルス君は次男らしいんだけど、長男のエリートさんがまだ結婚してないこともあって、いろいろとうるさいみたいだ。


「リズちゃんならきっと大丈夫。あたしが保証する」

「ありがとうございます、メアリ様」


 相変わらず、リズちゃんはあたしに対して喋り方が固いなぁ。

 クルス君やフィル君に話してるみたいに、あたしにもそうしてくれていいんだけど。


「ねえ、リズちゃん、そろそろあたしに様付けやめない?」

「えっ……嫌でしたか?」

「違う違う! あたしがもっとリズちゃんと仲良くなりたいから!

 ほら、クルス君やフィル君に話してる時みたいな感じで喋ってみて」

「ん……。えっと、メアリ……さん?」

「うん、メアリさんで良い」


 ふむ……クルス君も相当苦労したことだろう。

 リズちゃんはあたしにとって妹みたいなものなんだし、もっとこう、甘えてくれていいんだよ?


「じゃあ、メアリさん!」

「そう、メアリさんだ!」


 何これ可愛い……。


「ほら、お姉さんが抱擁してあげる!」

「それはちょっと……」


 ────ハッ!?

 いかんいかん、暴走してしまった。

 相手は人妻だ! ……ってそういう意味でもないけど。


 もうあの頃のちっさかったリズちゃんじゃないんだよね……お姉さん寂しい。


「えっと……話が脱線しちゃったけど、あたしも、そろそろ結婚考えててね……」

「それは良い事ですね! メアリ様……じゃなかった、メアリさんなら引く手数多ですよ!」

「そう? あはは……でもねー。

 今はやりたい事があるし、何よりあたしには好きになれそうな人だって居ないし……」

「そうなんですか? 私はてっきり、エゴイ様と良い仲かなって思ってたんですけど」

「エゴイ君かぁ……あの人はちょっと、仕事を一緒にするにはいいけど、恋愛対象としてはね……」

「私はお似合いだと思うんだけど……。でも、選ぶのはメアリさんですもんね

「選ぶって……エゴイ君だって、あたしなんかよりもっと良い人いるでしょうよ」


 再び、ため息をつくあたし。

 こんなにため息ばかりついてたら、幸せも逃げまくりって感じがするわ。


「あーあ、あたしにもどっかに良い人いないかなー……」


 窓に映る月を見ながら、あたしはボソッと呟いた。

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