後日談5 大蛇クエスト(2)
フリューゲル達は、ほぼ未開拓と変わらなくなった山道を歩く。
ところどころに名残であるコテージの跡が見られるが、それ以外には特に目立つ様なものは無い。
時折襲い掛かってくる魔物を倒してはいるが、大蛇らしい魔物も見当たらない。
「大蛇ってのは、町人達の妄言だったんじゃねえか?」
「もしくは、既に寿命で死んじゃったとか」
日も暮れて麓で野宿の準備を始めた三人は、成果の無かった今日を思い思いに振り返っていた。
バストロンの言うことは、ギルドの連中の態度を見る限り考えられない。
だとしたら、フォニアの言う寿命で死んでしまった可能性はどうだろう。
大蛇というほどの魔物であっても、どんな生き物にも寿命はある。
考えられないことではない。
「そうであれば、我々にできることは調査報告以外に無いな」
その時、山全体に大きな地鳴りが響いた。
そして、それに呼応するように地面が揺れる。
「地震か!?」
「……あれを見ろ!」
その時、三人は見た。
目の前の大きな山の影が、まるで這うように動き出すのを──
「う……嘘だろ、おい……」
気付かないはずだ。
山だと思って見ていたもの、それ自体が
「でかいっていうか、ありゃ山じゃねえか!」
「あんなの、僕らじゃどうしようもないですよ!」
「落ち着け。こちらから手を出さなければ何もしてこないはずだ。まずは、あれを追うぞ」
のっそりと動き出した大蛇を追い、フリューゲル達も後に続いた。
◆◇◆◇
「……おかしくありません?」
「どうした? フォニア」
「あの規模のものが動けば、こんな揺れどころか、地割れが起きていてもおかしくないと思うんだけど……」
「たしかに……。それに大蛇の動いた跡を見ても、地面が抉れた様子が無い。まるでアレ自身に質量が無いかのような……」
大蛇が動くたびに地面は揺れてはいる。
それにしては被害が少ないというか、他に影響が出ていない。
やがて、大蛇は山に面した湖の前で歩みを止めた。
「こんなところで止まって、どうしたんだ?」
「案外大蛇って水が苦手なのかも」
「オロチめ! 今日こそ引導を渡してくれる!!」
何事かと声がした方を見ると、そこには東方の国の兵達が大砲のようなものを多数構え大蛇を囲んでいた。
「撃てーッ!!」
隊長らしき男の掛け声で一斉に放たれる弾丸。
大蛇に放たれたそれは、離れて様子を窺っていたいたフリューゲル達のもとにも届いた。
「あのバカ野郎ども! 俺達まで当たったらどうすんだ!」
「しかし、こんな鉛玉が大蛇に効くとは思えないが……」
爆煙が晴れ、そこには何事も無かったかのように大蛇の姿が立っていた。
そして、兵達を見ると口を大きく広げ火炎を浴びせかけた。
「フリューゲルさん! どうしますか!?」
「見捨てるわけにもいかん、我々も出るぞ!」
飛び出したフリューゲルは剣に風の魔法を乗せて大きく薙ぎ払った。
「【ストーム・スラッシャー】!」
放たれた竜巻が炎を巻き込み大蛇へと跳ね返した。
しかし、大蛇はそれをものともせず、今度は毒の霧をまき散らした。
「────【ラウンドウォール】」
フォニアの魔法で現れた壁が毒を遮断した。
すんでのところで救われた兵達は、再び大蛇へ向け大砲を構える。
「やめろ! あいつにんなもん効くと思ってんのかよ!」
「助けてくれたことは感謝する! しかし、我々とて奴から逃げるわけにはいかんのだ!」
「事情は知らないが、このままでは状況が悪化するだけだ。ここは我々に任せてもらえないか?」
「し、しかし……」
そうしているうちにも大蛇は待ってくれない。
大きな尾を薙ぎ払い、兵達が一斉に飛ばされた。
フォニアが急いで治癒魔法を掛けるも、手遅れになった者達も多くいる。
「こうなった以上、我々も腹を括るしかないな……」
三人はフォーメーションを組み、フォニアの冷気魔法で大蛇を足止めし、バストロンは大蛇の攻撃を大盾で防ぎ、フリューゲルは魔法剣で大蛇の首を狙う。
果たしてそれは成功し、あと少しでフリューゲルの剣が大蛇の首へ届くかというところで大蛇にある異変が起こった。
『──【ミリューガ・エストラル・インフェルノ】』
突如前方に現れた巨大な魔法陣から、見たことも無いような巨大な火炎の塊がフリューゲル達を目掛け放たれた。
大蛇が魔法を……それも、人語を介し詠唱するとは思ってもみなかった一行は、必死に躱すも完全には避け切れずそれぞれが重度の火傷を負ってしまった。
「マジかよ……ミリューガだと……ッ!?」
「ただの……大蛇では無いな……」
最前線にいたフリューゲルのダメージが一番深刻だ。
フォニアは大急ぎで【ラウンドヒール】を詠唱するも、その間も大蛇の魔法による波状攻撃は続いた。
二人は手負いのフリューゲルを連れ、木陰へと身を隠す。
すると、そこに居合わせた兵達が大蛇を見て呟いていた。
「伝説は本当だった……。やはり、オロチには巫女の怨念が……」
「その話、詳しく聞かせてはくれないか?」
怪我から復帰したフリューゲルが問いかけると、観念した兵長は大蛇に封じられし巫女について語り出した。
その昔、オロチを封じるため、この国の王は一人の霊力の高い巫女を呼んだという。
巫女は懸命に戦い、しかし、あと一歩のところでオロチに敗れた。
オロチに勝てるものはいない……そう判断した王は、あろうことか巫女を生贄に捧げ、オロチの怒りを鎮めることにしたのだ。
生贄を喰らい油断していたオロチを、今度はだまし討ちで封印し、その封印は近年まで破られることはなかったということだが……。
「……つまり、てめえらの国が最低なことをしたってわけだ」
「否定はできん……だが、もうはるか昔の話だ。王はオロチの報復を恐れ、我らの家族を人質に取り、何としても退治して来いと……」
「その王の、最低な性格はしっかり受け継がれているようだな」
「我々も、家族の為に引くわけにはいかん……。だが、どうやってアレを倒せというのだ……」
その時、大蛇の中央から大きな怪しく光る石が飛び出した。
その石には解れた縄のようなものが掛かっている。
白い短冊のようなものが装飾された縄が、湖面へと音を立てて落下した。
すると大蛇が空へ向けて咆哮し、大気に混じりながら魔力の波動が広がっていく。
おそらく東方の文化であろうその縄は、明らかに何かを封じていたものだった。
それが、今ここで解き放たれたのだとしたら……。
石から発せられた、魔力の渦が徐々に何かの形を成していく。
これが封じられていたもの……人のように見えるそれは、顔の形だけ確認することができた。
────血走った瞳を見開き、耳元まで割けた口。
アレは、一体何なのだ。
魔物や魔族では無い、人の……怨念とでもいうものだろうか。
「……間違いない、巫女だ!」
怨霊となった巫女の魂が、宿敵であったはずのオロチの体を乗っ取り、今代の王に復讐を為さんとしている。
それを見たフリューゲルには、そんな巫女が何だか哀れな存在に思えてきた。
「大蛇の封印が解けたのは、魔王が敗れたことにあるかも知れません」
「どういうことだ?」
「文献で読んだことがあるんです。魔王の誕生にはある条件があるんですよ。その条件というのは、“ある一定の
「つまり……あの巫女は、今まさに魔王にならんと甦ったというわけか……」
せっかく魔王の脅威が去ったというのに、このままではまた新たな魔王を誕生させてしまう。
それに、このままでは何よりあの巫女が救われない。
「……もう一度出るぞ。二人ともサポートを頼む」
再び戦場へ駆け出す冒険者達。
それに気付いた巫女は、三人へ向け再びミリューガ級の魔法を放った。
「フォニア! 私の剣に魔法を当てろ!」
「──【イリゲイション・デオブリザード】!」
「【ブリザード・クロス】!」
高等魔法と魔法剣を重ね掛けした剣で禁術級の火炎を切り裂き、フリューゲルは本体である巫女に飛びついた。
『離せぇええええ!!』
巫女はフリューゲルを振り落とそうと大蛇の体で暴れ回る。
しかし、フリューゲルはどんなに攻撃を受けてもその手を離そうとはしない。
「あいつ……一体何考えてんだ!?」
「わかりませんけど、僕達はできることをするだけですよ!」
フリューゲルに向け治癒魔法を掛けるフォニア。
攻撃はフリューゲルに向いているため、特にやることが無くなってしまったバストロン。
「復讐などよせ! このままではお前は魔王になってしまうぞ!」
『構うものか! 復讐を為し、私はこの世界をも滅ぼすのだ!!』
巫女の顔が醜く歪み、フリューゲルの右肩に大蛇の牙を深く刺し込んだ。
「ガァアッ……!」
『ほれほれ! 毒が回ってこのままではお前は死んでしまうぞ!』
「その前に……お前を何としても止める!!」
事態に気付いたフォニアが急いで解毒魔法を掛けるも、大蛇の毒はよほど強力なようで効果が見られなかった。
『そのような魔法など効かぬ! さあ、死にたくなければ手を離すのだ!』
「……【トルネード・クロス】」
残った左手で魔法剣を詠唱したフリューゲルは岩を破壊し、そこに繋がれていた巫女の体を引きずりながら地上へと落下した。
『何をする! ……貴様ッ!?』
「……バストロン、上手く受け止めてくれよ」
バストロンは大蛇から落下したフリューゲルと巫女を受け止め、フォニアは核が抜け動きの止まった大蛇にブリザードの高等魔法を浴びせる。
先程までの攻防が嘘のように、意外なほど大蛇はあっさりと氷漬けとなり、その場に倒れると砕け散ってしまった。
◇◆◇◆
「……終わったか……」
「フリューゲルさん! しっかりしてください!」
「無茶しやがって、この野郎……!」
傷は治っても、解毒剤でも毒が抜けないフリューゲルは倒れ込んだままだ。
『愚かなことをするからだ。それは私の
「この野郎! ならさっさと呪いを解きやがれ!!」
『……わかっておるよ』
巫女がそう言うと、フリューゲルを淡い光が包み、次第に顔色が良くなっていった。
「ありがとう……」
『礼を言われる覚えは無い。それよりも、貴様のせいで私の復讐は台無しだ』
そう言う巫女の表情は相変わらず恐ろしいままではあるが、先程までとは違いその言動は落ち着いたものだった。
『なぜ、そこまでして私を止めようと思ったのだ』
「その体、よほど酷い目に遭ったのだな」
巫女には足は無かった。
体だけの状態で浮き、今もこうして冒険者達と対峙している。
「復讐を果たさなくては、お前はこの世にとどまり続けるのか?」
『そうなるな……。せっかくのオロチは失ったが、私一人だけでもいくらでもやりようはある』
「まぁ……話を聞いた限り止める気は無いが、あの兵達に罪は無い。許してやってくれないか?」
『あやつらが先に手を出したのだぞ!』
「お前の復讐の手伝いというわけでは無いが、私の伝手を使ってこの国の王は懲らしめてやる」
その時、コルン王は風邪でも無いのになぜか急に大きなくしゃみが出たという。
「さて、依頼も終わったし私達もギルドへと戻るか」
「おお、今回は結構な報酬を貰えそうだな!」
「もうクタクタですよー」
フリューゲルは荷物からフード付きのローブを取り出すと、巫女の体へとそれを被せた。
『何なのだ、これは?』
「お前も一緒に行こう。それを被っておけば人々を驚かせることも無いだろう」
『何を馬鹿なことを……』
「そういえば、強力な魔道士がもう一人欲しいと思ってたんだ。お前を私のパーティーに加えてやろう」
『……って、何を言っとるのだ、貴様は!?』
「僕だけじゃ力不足ってことですかー!?」
こうして、上級冒険者達のクエストは終わった。
その後、彼らに新しく一人の魔道士を加えたパーティーが、各地のギルドで名を馳せるようになる。
いつもフードで顔を隠している魔道士だったが、その素顔はとても美しかったという。
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