後日談4 大蛇クエスト(1)

 ここは、とある東の国のギルド。

 幾人もの冒険者達でにぎわう中、ある一つの依頼だけは、長い間誰にも受けられることなく残っていた。


 そんな中、見慣れない男達がギルドを訪れ、ギルド内が俄かにざわついた。

 見るからに歴戦の冒険者だとわかるその三人が通ると、辺りに居た冒険者達は思わず道を開ける。


「私は冒険者のフリューゲルというものだ。依頼を受けたいのだが……」

「失礼ですがライセンスを確認させていただいてもよろしいですか?」

「構わんよ」


 男が出したライセンス証は金の縁取りが施されている。

 それは、上級ライセンスを持つ者の証でもあった。


「上級……!? 初めて見ました! 上級の方にお目にかかれて光栄です!」


 それを聞いて再びざわめく冒険者達。


「おいおい、こいつらならもしかしてアレ・・もやっちまうんじゃねえか?」

「いや……上級冒険者でも、アレ・・の討伐は難しいだろう」

「アレというのは何のことだ?」


 冒険者達の言葉に興味を持ったフリューゲルは、詳しく話を聞くことにした。


「ここから更に東へ行ったところに、大蛇が棲んでいる。開拓を進めている地でもあるんだが、討伐に送られた兵団は全滅、名うての冒険者達も全て返り討ちにあってしまった」

「大蛇か……。魔族などでなければ何とかなりそうではあるが……生き残った冒険者はいるのか?」

「ああ、もしあんたらがその依頼を受けるなら、俺が案内するぜ」


 男に連れられ、フリューゲル達はギルドを後にした。



◆◇◆◇


「俺はカナヤってんだ。改めてよろしくな」

「私は、ギルドで聞いていたと思うがフリューゲルと言う。後ろの二人はバストロンとフォニア。二人とも私と同じ上級冒険者だ」

「お二人さんもよろしく。これからあんた達に合わせるのはフウキという男だ。一応中級冒険者だったんだが、大蛇の件以来引きこもるようになっちまってな」

「そんなにおっかないもんかね、大蛇ってのは」


 バストロンがぶっきらぼうにカナヤに尋ねた。


「俺自身は話に聞いただけだからな。ただ、今までの被害を考えるととんでもない化け物ってのは間違い無いだろうな……着いたぜ」


 町はずれにある茅葺の古びた民家。

 ここにフウキは居るらしい。


 東方とも呼ばれるこの地は、中央や西に比べるとわずかに文化が遅れている。

 それでもなお、フウキの住む家は周りに比べて明らかに古風なものだった。


「フウキさん、いるかい?」


 カナヤが呼ぶと、奥からひょろっとした長髪の男が出てきた。

 初めて見るその衣装は、この地では作務衣と呼ぶものらしい。


「久しぶりだなカナヤ。そちらは?」

「ギルドで知り合った上級冒険者だ。大蛇について聞かせてほしくて連れてきた」

「フリューゲルと言う。大蛇討伐の依頼を受けてきた。知っている限りで構わないので情報を貰えないか?」

「大蛇……だと?」


 フウキの顔が青ざめていく。

 そして、かすかに体が震えだす。


「悪いことは言わん……やめておけ」

「話を聞かなければ判断できないものだ。なぜそう思うのか教えてほしい」

「……わかった。まあ、こんなところだが上がってくれ」


 フリューゲル達はフウキに案内され話を聞くことになった。

 出されたのは中央では見たことも無いような飲み物。

 文化の違いを感じながらもフリューゲル達はそれに手を伸ばす。


「……苦い」


 フォニアの口には合わなかったようだ。

 普段から苦いコーヒーを飲んでいるフリューゲルは、変わった味だなくらいにしか思わなかった。


「お茶というものだ。見たところ貴方達は西方人か?」

「ああ。クオーツほど栄えてはいなかったが、私達もこう見えて結構な田舎者だよ」


 フウキは奥から書物を持ってくるとテーブルの上に広げた。

 そこには、筆で書かれた大蛇の絵と見たことも無い言葉で書かれた文章が綴ってあった。


「これは……何と書いてあるのだ? フォニア、読めるか?」

「僕にも何とも……バストロンさんは?」

「俺に読めるわけねえだろ」

「私から説明しよう。ここには大蛇の名前と、その詳細な説明が書いてある。私が戦ったのは、紛れも無いこのオロチと呼ばれる大蛇だ」

「オロチだと? 聞いたことも無いな」


 フウキの戦った大蛇は身の丈は山ほど大きく、口から毒を吐き、尻尾の一振りで地形が変わるほどの威力だったという。

 当時、依頼を受けたのはフウキを含め4人。

 それぞれが中級冒険者以上の実力者で、魔法や剣技にも優れた者達だったそうだ。

 だが、オロチのあまりの巨大さと強大さに次々と仲間は倒れ、最後に生き残ったフウキは命からがら逃げだしたということだ。


「情けない話だが、私には仲間を見捨てて逃げるしかなかった。笑ってくれても構わんよ」

「いや、命の危機に扮したものが自身を守ることは仕方の無いことだ。それに、貴方が生き残ってくれたことでこうして情報を得ることもできた」

「でもよ、そんな化け物がこの世に存在したなんてビックリだぜ。あの時の魔族や魔人以上なんじゃねえか?」

「それなら私達もお手上げだな。あのメディマム族の娘なら或いは……と言ったところだが。他に情報は無いのか?」

「オロチは自分からは攻撃してこなかった。私達が攻撃したことにより怒り、防衛という形で反撃してきたのだと思う。恐ろしい目には遭ったが、あの地を開拓しようとすること自体が人間の都合であり、そもそもの間違いだったのだろう」

「でもよ、フウキさん、お偉方はそうは思ってないぜ。だから多額の懸賞金をあげて討伐を命じているんだ」


 フリューゲルは考える。

 たしかに依頼は受けたが、それは人間のエゴによるもの。

 そこで静かに暮らしているだけのオロチには手を出さない方が良いのではないかと。

 だが、気にかかることもある。


「どうする? 依頼を断ってくるか?」

「僕はそれでもいいですよ。触らぬ神に祟りなしとも言いますしね」

「うーむ……、攻撃をしなければ良いのだろう? 一度、オロチに会いに行ってみるか」

「それでも危険には変わりない。あくまで私の事例ではそうであって、貴方達の時も同じとは限らない」


 再び震え出すフウキ。

 よほど恐ろしい思いをしたのだろう。


「オロチに会うとして、会ってどうするつもりなんだ?」


 バストロンの言葉は最もだった。

 フリューゲルはオロチに会ってどうするつもりなのか。


「オロチは大人しいというのも、実際に見て判断しなければわからないことだ。それに、本当にそうなら良いが、もし違った場合、オロチが人里に攻めてこないとも限らないだろう」


 オロチはあくまでも魔物である。

 人間のように理性があるわけでは無いから、いつ気が変わって人間を襲わないとも限らないというのがフリューゲルの思うところだった。



◇◆◇◆


 フウキからオロチの棲む東の山の地図を受け取り、フリューゲル達はその場所へと向かった。

 この町からは遠く離れた地にあるため、行くだけでも日数が掛かりそうだが街道らしいものも見当たらない。


「おいおい、この森の中を行けっていうのかよ……」


 ぼんやりと視界に映る山の前に広がるのは広大な森。

 大蛇を恐れてか、人が入った形跡は無く、ところどころに獣道がある程度だ。


「行って何もできず報酬も無しってのは勘弁してほしいですね」

「それなら大丈夫だ。調査だけでも報酬を貰えるようにと、フウキがギルドへ掛け合ってくれた」


 フリューゲル達は警戒しながら歩きだした。

 こういった場所ほど魔物との遭遇頻度は高くなる。

 魔王が去ったとはいえ、魔物達が人類にとって脅威であることには変わりない。



「「「ギシャーッ!!」」」


 木の陰から複数の魔物が飛び出した。


「これは……コボルトの亜種か!?」


 毛色も違えば体躯も違う。

 通常のコボルトより大きめの体の赤いコボルト達は、鋭い爪でフリューゲル達に襲い掛かってきた。


「嫌なことを思い出させる色しやがって!」


 爪を大斧で防ぐバストロン。

 魔物が弾かれた隙を、すかさずフォニアが魔法で迎撃する。


「【デオフレイム】!」


 火炎が魔物達を包み込む。

 火傷で動きの鈍った魔物をフリューゲルの剣が引き裂いた。



「やれやれ……。一応討伐対象かも知れん。金になりそうな部位だけ持っていこう」



 その後も現れる魔物を蹴散らしながら、フリューゲル達は森深くへと進んでいく。

 キャンプを張り、数日を掛け、ようやく山のふもとへと辿り着いた。


 当然、辺りに人気は無い。

 開拓をしているとは聞いていたが、大蛇を恐れてかその形跡すら見当たらなかった。


「この様子からして、開拓が頓挫してだいぶ経っているのかも知れんな」

「さてと、鬼が出るか蛇が出るか……」

「出るのは蛇ですよ、バストロンさん」


 フリューゲル達は、いよいよ大蛇の棲む山へと足を踏み入れた。

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