後日談

後日談1 聖なる夜に祝福を(1)

 今日は久しぶりに孤児院の皆に会いに来ました。

 マザーは相変わらずお元気で、ここで共に育ったシェリーと一緒に孤児院を切り盛りしています。


「リズや、子育ても大変だろう。今日はここへ来てしまって良かったのかい?」

「大丈夫ですよ。旦那もたまには羽を伸ばして来いって言ってくれたんです」

「旦那だって。あのリズ姉が……ねえ、マザー。でも、幸せそうで良かった」


 シェリーとはアステア陥落の日、教会で出会いました。

 両親を亡くして毎日泣いてばかりだった子が、今ではこんなに明るく元気になりました。


「今日はパンプキンパイを作ってきたの。シアさんのところでキッチンを借りて作ってきたばかりだから、アツアツのホカホカよ」

「わー、ありがとう、リズ姉。みんな喜ぶわ!」


 あたりを見ると、孤児となった子供達が元気に駆け回っています。

 戦いは終わったけど、こうしてその爪痕はまだ残っている。

 ここには魔物の襲撃で家や家族を失った西の国・クオーツの子供達も引き取られています。


「あんた達がいた頃より人数は増えてしまったけど、子供達は未来へ繋がる宝だからねぇ」

「そうですね」


 少し白髪の増えたマザー。

 それでも、その優しい眼差しはあの頃のままで、私ももっと頑張らなきゃって思いました。


「お前、サンタなんて本当にいると思ってるのかよ!」

「いるもん! クリスマスになると、サンタさんがプレゼントをくれるんだもん!」


 子供達が何やら言い争いをしています。

 サンタって何のことでしょう?


「あの子は西の国で育った子でね。なんでもあっちの国ではクリスマスという記念日のようなものがあったそうなんだよ」

「クリスマス? 何でしょうね、初めて聞きました」

「なんでも、サンタクロースとかいう人物がプレゼントをみんなに配ってくれていたそうよ」

「でも、孤児院は決して裕福ではないし、そんなプレゼントなんて用意できなくてね。ここへ来てから毎年、この時期になるとこうやって言い争いを始めてしまうんだよ」

「それは……困りましたね」


 クリスマスか……知らない人からプレゼントをもらうなんて、ある意味ちょっと怖い話ですが、西の国の子達にとっては夢のあることだったのでしょうね。

 先程の西の国の子が泣き始めてしまいました。

 このままでは可哀想ですし、何とかならないものでしょうか。


「嘘なんて言ってないもん! サンタさんは来てくれるもん!」

「ねえ、ちょっと私にもそのお話聞かせてくれる?」

「大人は出てくんなよ。これは俺達の問題なの」


 とりあえず、クリスマスというのがどういうものなのか聞いてみましょう。

 もしかしたら、私達が協力することでなにかできることがあるかもしれない。


◆◇◆◇


「……ということがあったんです」

「ほう……クリスマスとな。まあ、子供達にとっては夢のあるイベントだったのだろう」


 コルン王にお話を聞いていただけることになりました。


「上下の赤い服、白髭を蓄えた人物が深夜に民家の煙突から侵入し、プレゼントを置いて立ち去る……聞けば聞くほど不審な人物にしか思えぬのだが……」

「それには私も同意見です」

「西の国とは、何とも不思議な文化を持っていたものだ」

「王よ、詳しくはわしが調べておきましょうぞ」

「シリウス様」


 支援を続けるうちに他国との交流が増えたコルン王国。

 そのおかげで、現在様々な文献が書庫に収められているとのこと。

 その中には、西の国の文化について詳しく記されたものもあるだろうとシリウス様はおっしゃります。


「あまり甘やかしてしまうのも良くない気がするのだが……」

「なあに、王よ。年にたった一度のことですぞ」


 クリスマスについては、シリウス様にお任せしておけば安心ですね。


「それでは王様、私はそろそろ失礼いたします」

「うむ。ディア女王にもよろしくな」


 ここからアステア国に戻るのに二日ほどかかります。

 クルスは任せておけと言っていたけど、まだ子供も小さいですし、二人だけでは心配ですもんね。


◇◆◇◆


「ただいまー。クルス、大丈夫だった?」


 あれ……返事が無い?

 二人とも家に居ないの……? まさか、何かあったの?

 もしかして……お義母様が来て二人を連れて行ってしまったとか……。


 そんな心配をしていると、リビングで子供を抱いて一緒に眠るクルスの姿が目に入りました。


「お疲れさま、クルス……ありがとう」


 風邪をひかないよう、そっと二人に毛布を掛けました。

 きっと、慣れない子育てで疲れてしまったのでしょうね。

 ね、子育ても結構大変でしょ?


 さてと、それならディア様への挨拶を先に済ませてきますか。

 二人を起こさないように私は家を出ました。


 ゼラの町は、私達以外にも少数ですが住民が戻ってきています。

 自然に恵まれたこの土地へ、新しく移り住む人達も出始めました。

 まだ、以前のように栄えてはいないけど、徐々にその活気を取り戻しつつあります。

 私とマリーが出会った公園で遊ぶ子供達の姿が見え、ふと昔の風景が重なって見えたような気がしました。



 私の育児休暇中は、メアリ様がそのお仕事を代行してくださっています。

 副長の仕事は忙しくないから大丈夫とおっしゃっていましたが、残されたエゴイ様は果たして大丈夫なのでしょうか。


「リズちゃんおひさー!」


 秘書室に入るとメアリ様が山積みの書類の間から顔を覗かせました。


「う……凄い量……。メアリ様、大変な時にお任せしてしまってすみません」

「困ったときはお互い様! いやあ、それにしても秘書の仕事は大変だ……」

「ほんと、ごめんなさい! そういえばディア様のお姿が見られなかったのですが……」

「ああ……たぶん、また墓地に行ってるかなぁ……」


 ディア様はロデオ様に会いに行かれたようです。

 いつまでも大切な方を想うお気持ちは、とても素晴らしいことだと思います。

 ですが、それはディア様や亡くなられたロデオ様にとって本当に良いことなのでしょうか……


「リズちゃん、複雑な顔してるね」

「いえ……やはり、ディア様のことを考えると……」

「そのことでちょっと話があるんだけど」

「え? なんでしょう?」


 メアリ様は執務室の机上の書類を片付けると、テラスへと出ました。


「……これは、ディア様にもまだ言ってないんだけど、もしかしたら禁術でロデオさんを甦らせられるかもしれない」

「禁術……!? まさか……」


 そういえば……いつか、メアリ様がエゴイ様と一緒に禁術について話しているのをお聞きしたことがありました。

 あの時は物騒なことを話していると思っていましたが……それが、蘇生魔法のことだったなんて……。


「まだはっきりと成功はしていないんだけど、感覚は掴めてきた。リズちゃんは、禁術ってどんな魔法かわかる?」

「いえ……ただ、なんとなく術者にとって危険な魔法だとはわかります」

「その通り。禁術というのは元来、闇属性の魔法を組み込んだ危険な魔法ってことで危険視されてきた。でもね、ここにきて大きく状況が変わり始めた。魔王が倒れてから、闇属性の魔法にも【デオ】の加護が付加できるようになったんだ」


 【デオ】の加護とは、一説には光の神・フォス神の加護のことだと言われています。

 加護を術式に組み込むことによって、魔法の力を向上させたり、制約を軟化したり、様々なご加護が得られるということで魔道士達の間で重宝されてきました。

 しかし、これまで【デオ】の加護は、闇属性の魔法には組み込むことができませんでした。

 このことについては心当たりがあります。


 『──リズ姉ちゃん、僕がんばるよ!』


 きっと、タースが魔王から闇の精霊になったからだ。

 あの時言ってくれたように、タースは頑張ってくれているのですね。


「それでも、禁術って使うだけでも何かの大きな制約があるんじゃないですか?」

「ぶっちゃけて言っちゃうと、人を甦らせる禁術の代償は、術者の命なんだよねー」

「……だ、駄目です! そんな危険な魔法!」

「落ち着いて、リズちゃん。状況が変わったって言ったでしょ?」


 メアリ様の話によると、その魔法に【デオ】を組み込むことで、禁術であっても制約がかなり軟化されるということです。

 それでも、術者の命を奪うような魔法を、どのように制約を緩和したところで危険には変わりないのではないでしょうか。


「この禁術、使用者が死んじゃうのは、際限なく魔力を吸い取られることが原因だったんだ。完全に魔力が無くなってしまったら、人は生きていけないからね。でも【デオ】を組み込むことで消費魔力を緩和できたとしたら?」

「……その消費魔力ってどのくらいなんです?」

「対象にもよるけど……小動物でほとんどの魔力使い切っちゃうくらい?」

「駄目じゃないですか! 相手はロデオ様、人間ですよ!? ……ていうか、小動物とはいえ試されたんですか!?」

「お、落ち着いてリズちゃん……」


 小動物で魔力を使い切るくらいって、それでロデオ様を甦らせるなんてことしたら……。

 いくらロデオ様が生き返ったとしても、メアリ様が無事では済まないなら、ディア様だってきっとお止めになります。


「ごめん、リズちゃん。もう無茶はしないから……ね?」

「絶対駄目ですよ、そんなの!」


 メアリ様にはしっかりと念を押しておきました。

 そんな危険な魔法を、メアリ様に使わせるわけにはいきませんから。


「何を騒いでるかと思ったら……リズ、来てくれたのね」

「ご無沙汰しております、ディア様」

「来てくれて嬉しいわ。息子さんはお元気?」

「ええ、お蔭さまで。フィルもすくすく元気に育っています」


 お戻りになったディア様とお話しする中で、コルン王国で聞いたクリスマスのお話もお伝えさせていただきました。


「クリスマスねえ……」

「赤い服を着て白いひげを蓄えた人物が、煙突から民家へ侵入しプレゼントを置いて行くのです」

「それって、ただの変質者なんじゃ……」

「リズちゃん……それじゃ大きな誤解生むから」


 メアリ様は冒険者として世界をあちこち回っていた時に、クリスマスについて聞いたことがあるそうです。

 なるほど、この話はメアリ様へ振った方が解決が早かったかも知れませんね。

 そんなこともあって、詳細は、メアリ様がしっかりとディア様へ説明してくださりました。


「なるほどね……たしかに、そういうイベントがあっても良いのかも。コルン王国の孤児院には、アステアの国民もお世話になっていたことだし、うちも何か協力しようかしら?」

「それはいい考えですよ!」


 なぜか乗り気になっているメアリ様。

 コルン王国で孤児の子に聞いた話では、クリスマスの夜には奇跡が起きるとも言います。

 ディア様も協力してくださるとしたら、それは素敵な夜になることでしょう。


 そんなこんなでお二人と今後の予定を話し合い、私は執務室を後にしました。


◆◇◆◇


「そんなことがあったのか」


 クルスは、息子のフィルをあやしながら言いました。

 フィルを受け取り、胸に抱きます。

 私の可愛い、大切な大切な赤ちゃん。


「フィル、良い子にしてたかな?」

「あー」

「おりこうさんね。おっぱいあげましょうね」

「僕にも」

「お父さんは無いですよ」


 クリスマスは、もう少し先。

 ディア様も参加する気満々でしたし、どんな催し物になるのか今から楽しみです。

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