第73話 光を司る神

 ────終わりました。

 暗闇が少しずつ晴れていき、上空から一筋の光が差して込み、世界中へと広がっていきます。


『やっぱり最後を決めたのは我だったな』


 なんてことを言う、したり顔のエプリクス。


『全員でがんばった結果だと思うぞ』


 たしかに最後を決めたのはエプリクスだけど、ウィストモスの言う通りみんなでがんばった結果ですもんね。


『リズ姉ちゃん……ありがとう!』


 タースが私に抱き付いてきました。

 いつの間にか、私のことを名前で呼んでくれていることに気付いて、ちょっとだけ恥ずかしくなってしまいます。

 もしかしたらタースは、自分の姉と私を重ねているのかもしれませんね。


 タースを抱き締め、頭をいっぱい撫でてあげます。

 この子は、気が遠くなるような間ずっと一人でがんばってきたんだもの。


『闇の魔王チェムルタース、あなたにはある使命が科せられました』


 アルネウスは、タースに言いました。


『あなたは私達と同じ存在、精霊となるのです』

『僕が……精霊に……?』


 精霊とは、魔王であったものに課せられた罰だと言います。

 確かにタースは魔王として君臨し、人類を苦しめてきました。

 事情があったにせよ、それは変わらないのですね。


 ……けど、一人であの暗闇の中に居た時のことを考えると、精霊達と一緒に居た方が彼にとっては幸せかもしれません。


『僕……頑張るよ!』

『その意気だぞ、タースよ!』


 早速先輩風を吹かすエプリクス。

 タース、そんなに怯えなくても大丈夫。

 みんな優しくて良い人達ばかりだから……。


『行くぞ。神が我々を呼んでいる』

『神様が……私も?』

『もちろんだ。リズ、お前は一番の功労者なのだぞ。さあ、我が背に乗るがいい』


 ドラゴンの姿になったエプリクスに乗るのは初めてです。

 大きく、広く、そして逞しい背中。


『リズよ、しっかり掴まっているのだぞ』

『はい!』


 精霊達と一緒に、はるか上空の光を目指し私は飛び立ちました。



◆◇◆◇


 辿り着いたのは、辺り一面真っ白な世界。

 ここに、エプリクスの言う神様が居るのですね。

 なんだか緊張してしまいます。


『着いたぞ』


 精霊と神様の棲む世界……何も無い場所なのに、足を着くとふわふわとしています。


『皆さん、よくやってくれましたね』


 頭の中に直接、優しさを感じさせる声が響きました。



 ……これが、神様の声?

 この声……どこかで聞いたことがあるような。


 そうだ……私は、この声を知っている。

 私がまだアリだった頃、様々な童話の世界のお話をしてくれていたあの声!



『もしかして、旅のコオロギさん!?』


 思わず大きな声で叫んでしまった私を、エプリクス達が変な目で見ています。


 うぅ……でも、聞き間違いではありません。

 この声は、絶対に、あのコオロギさんです。


『優しいアリさん、小人のお家は見つかりましたか?』

『やっぱり……旅のコオロギさん!』

『リズ姉ちゃん、大丈夫……?』


 こんなところでコオロギさんと再会できるなんて思わなかった……そうか、コオロギさんはこの世界の神様だったのですね。


 そして、輝く光の中、神様の姿が現れました。

 とても綺麗で優しい表情をした、長髪の綺麗な男性。

 アルネウスも綺麗な男性ではありますけど、神様はそれ以上に光り輝いて見えます。

 というか、物理的にも光っています。


『今はリズでしたね。自己紹介が遅れました。私はこの世界の神……フォス神と人々は言います』

『私はリズです!』

『知っています』


 ああ……この感じ、間違いなくコオロギさんだ。

 なんだか嬉しい。また素敵なお話を聞かせてほしいな……なんて神様に言ったら失礼ですよね。


『……さて、ここへ呼んだのは他でもありません。新たな精霊の誕生の祝辞と、世界を救ってくれたあなた達へのお礼を言う為です』


 精霊の誕生……タースが新たな精霊として生まれ変わるのですね。


『では、タースよ。前へ』


 タースは神様の前へ歩いて行きました。

 初めて見る神様に緊張しているせいか、少しぎこちない動きです。


『あなたは本意では無かったとはいえ、これまで魔王として君臨してきました。その罪を洗い流す為、新たに闇の精霊として世界の復興に力を貸して下さい』

『はい! がんばります!』

『闇の精霊チェムルタースに祝福を!』


 神様の声に応えるように、何も無かったこの場所に花が咲き乱れ、あっという間に美しい花畑へと変わりました。


『リズ姉ちゃん、僕がんばるよ!』

『うん、タースならきっと大丈夫!』


 タースを抱えて、花畑の上をクルクルと回りました。

 笑顔のタースを見て、私も子供の頃に帰ったような気持ちになってしまいます。

 

 そうしているうちに目が回って、二人で花畑の上に倒れてしまいました。


『綺麗……』


 ふかふかの花畑の上で、私は空を見上げました。


 世界中どこを探しても、こんなに綺麗な場所は見つからないんだろうな……。

 透き通るような白色は、どこまでも果て無く続いているように見えました。


『リズよ』

『はい!』


 神様に呼ばれました。

 いつまでも寝転がっていてはいけませんね。


『あなたのおかげで世界は救われました。ありがとうございます』

『私なんて……そう、精霊達が頑張ってくれたんです!』

『今まで、歴代のメディマム族達を見てきましたが……勇者でさえも、ここまで精霊達と心を通わせた者などいません』


 神様の手のひらが、私の頭に触れました。


『あなたを選んで良かった。私の力が及ばず、色々と辛い思いをさせてしまいましたが……それでもあなたは負けずに頑張ってくれた』

『それは……本当に、私だけの力ではありません』


 これまでに何度か、私は挫けそうになったこともあります。憎しみに心を囚われたこともあります。

 それでも、私が頑張れたのは、ここにいる精霊達……父や母……そして、近くで私を支えてくれた人達のおかげだと思っています。


『そうだ、神様、ディア様は……皆さんは無事なんですか!?』

『彼らなら、ハクデミアント達の作った抜け道から脱出しましたよ。王女も無事、意識を取り戻したようです』


 良かった……せっかく世界は救われたのに、ディア様達がご無事でなかったら意味がありませんもんね。


 ……これでもう、私に心残りはありません。


『さて……。リズ、新しいお話を聞かせてあげましょうか』

『本当ですか!?』


 コオロギさ……じゃ無かった、神様が新しいお話をしてくださると言います。

 久しぶりに、また素敵なお話が聞けるのですね。

 今度はどんなお話を聞かせてくださるのでしょう。


『それは、純粋で優しい心を持った少女のお話。働きアリから人間に生まれ変わった少女は、蓮華の咲き乱れるお花畑で、王女様と出会いました────』

『……え?』


 神様、それって……?


『ここから先のお話は、リズ……あなた自身が作っていくのです』


 神様が腕を掲げると、世界が再び真っ白に包まれました。

 風を感じる……ここは雲の上?


 どこを探しても、神様や精霊達の姿が見当たりません。


『リズ、あなたを待っている人達が居ます。さあ、元の世界にお帰りなさい』

「でも神様、私は死んで……あれ?」


 胸の鼓動が聞こえる……手足の脈動が伝わる……。


『それでは、いつかまたお会いしましょう。……その時は、あなたが私に素敵なお話を聞かせてくださいね』


 精霊達とはここでお別れのようです。

 でも……寂しくはありません。


 彼らは居なくなるわけじゃないんです。

 この世界のあらゆる場所に彼らは存在します。


 火、水、土、風……そして、光と闇。


 いつも私を助けてくれてありがとう。

 またいつか会いましょう、大好きな精霊達……。



 神様の力でゆっくりと降下していく私の目の前には、私の愛する人達の姿がありました。


「リズーーッ!」


 クルス様の声が聞こえました。

 クルス様だけじゃ無い……下を見ると、ディア様、メアリ様、レド様も。


 クルス様がこちらへと手を伸ばしました。

 そう、私は自分に素直になるって決めたのだから……。


「クルスーーッ!」


 両手を広げて、大好きな彼の胸に飛び込みました。

 そんな私を、彼はしっかりと包み込むように受け止めてくれました。


「無事で良かった……。もう離さない」

「私も……」


 はるか上空から舞い落ちる花びら。

 それは、とても幻想的で美しい光景。


 神様からの祝福を受け、再び息づき始めた大地に暖かな光が差し込みました。

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