第72話 異形のもの

 停止していた闇の魔王が突如動き出した。

 天井を突き破り浮上していく。


 追わなくては……あんなものが外に出たら大変な事になる。

 それに、リズさんはきっとあいつの中だ。

 この空洞内のどこにも、彼女の姿は見当たらなかった。


 扉の外へ出ると、ディア様達の姿があった。


「クルス、さっきの振動はなんだ……魔王は倒したのか!?」

「駄目だった……魔王はこの空洞の外に向かっている!」

「リズは見つかったの!?」

「いえ……おそらく、魔王の中に……」

「そんな……」


 こんなことは考えたくないが、リズさんはもう……。


「クルス、行きましょう!」


 僕達は地上へ向かった魔王を追い、真っ暗な空洞内を走る。

 この先にあるのは上層へと続く螺旋階段だ。

 あれを登るだけでも、どれだけの時間が……。


『こっちじゃ』


 この声は……?

 振り向くと、ハクデミアントの女王が居た。

 ハクデミアント達がいたのは上層階。

 あの巨体でどうやってここまで来たんだ?


『遂に開通したのじゃ』


 開通だって?


「もお……エゴイ君ったら…………」

「……呑気なもんだぜ、こいつは」


 メアリさんの寝言はともかく、ハクデミアントの女王の言うことが気になる。

 もしかすると、思ったよりも早く地上へ出られるかもしれない。


「行ってみましょう、ディア様!」

「ええ!」



◆◇◆◇


『お姉ちゃん……く、苦しい……』

『あ、ごめんなさい!』


 うっかり、強く抱き締め過ぎてしまっていたようです。


『えっと……お姉ちゃんは、どこから来たの?』

『私も気付いたらここにいたから……恐らく、ここは魔王の中……』


 あの時、私は確かにクルス様と一緒に魔王に飲み込まれた。

 ここにタースがいることから考えても、その考えで合っているはずです。


『さあタース、一緒にここを出ましょう!』


 私はタースの手を引き、暗闇の中を走りました。


 どこまで行っても同じような風景が続いている。

 方向の感覚もわからない……でも……。



『ここは……?』


 しばらく走り続けていると、少し開けた場所に出ました。

 人なのか魔物なのか……一見どちらかわからないような無数の死骸が漂っています。


『みんな……あいつ・・・に喰われてしまったんだ……』


 タースは、ずっとこんな風景を見てきたのでしょうか。

 正直、平静を保ってはいますが私一人だったら悲鳴を上げていたかも知れません。



『行きましょう、タース』

『……あいつ・・・が……来る!』


 あいつ……?

 突然内部が大きく揺れ動き、目の前に広がる壁がまるで生き物のように蠢き始めました。


『タース! 逃げましょう!』

『『ヲ ヲ ヲ ヲ ヲ……』』


 蠢いていたものは奇妙な声を上げながら形を成し、ある姿へと変質していきます。

 これは、あの記憶の中で見た──“異形のもの”


 後ろを振り返ると先程通ったはずの道は消えており、いつの間にか私達は袋小路に閉じ込められていました。

 逃げ場はない……武器も、精霊達も無い状態で、あの異形のものと戦うしかない。


『タース、あなた戦える!?』

『僕が何をやっても駄目なんだ……あいつは僕の魔法を食べてしまう……』


 魔法は今の私に取れる唯一の攻撃手段でした。

 それが効かないとなると……あれに対抗するすべが無い。


『『逃ガサヌ!』』


 迫りくる異形のもの。

 もう駄目だと思ったその時、私は初めて指の違和感に気付きました。

 精霊石が……いつの間に?


 精霊達が私に再び力を貸してくれる!


『【ウィストモス】!!』


 暗闇を照らし、腕輪から出現した光が土の巨人の姿を象っていく。


『うおおおおおおッ!!』

『『アアアアアアア!!』』


 巨人は、追って来ていた異形のものの進行を食い止めました。


『『忌々シキ精霊共メ……マタ我には向カウトイウノカ!』』


 枯渇していたはずの魔力は満ち足りている。

 ──これなら、異形のものと戦える!


『『暗黒ノ力ヲ思イ知ルガイイ!』』


 無数に放たれる暗黒の波動。

 ウィストモスは大きな腕でそれ受け止めました。


『『ナラバ、コノ手デ貴様ラヲ引キ裂イテクレル!』』

『【カペルキュモス】!!』


 麗しい水を湛えた精霊が、胸の首飾りより出現しました。


『水の力を侮らないことね』


 異形のものが伸ばして来た数百の腕を、水の刃が切り落としました。


『『グウウウウ……!』』


 しかし、切り落とされた腕はすぐに再生してしまう。

 さすがにそう簡単にはいきませんか。


『『タースヨ……全テヲ憎メ。我ト共ニ、愚カナ人類共ヲ滅ボスノダ!』』

『……嫌だ! 僕はもう……お前の思い通りにはならない!』


 異形のものは数百の手でミリューガ級の魔法を放ちました。


『攻撃は通させん!!』


 ウィストモスは壁となり、私達の前に立ちました。

 全ての魔法を受け止め、タースを奪おうと迫っていた異形のものを突き飛ばす。


『『邪魔ヲスルナァ!!』』


 憤る異形のもの。

 それにしても……これほどの規模の魔法を受け止め、本来なら膨大な魔力の消費が起こっているはずなのに……。

 どういうわけかわかりませんが、私の魔力は一向に減る気配がありません。


『リズ……姉ちゃん……凄いや!』


 そして、気が付くと、私の体が強く光り輝いていました。


『【アルネウス】!!』


 風を纏った巨大な鳥が、額のヘッドティカより現れました。

 異形のものは、ウィストモスの突きが効いているのか動きを止めている。


『異形のものを風の力で吹き飛ばして!』

『容易いことだよ』


 アルネウスの羽ばたきで起こった巨大な竜巻が、異形のものを中空へと舞い上げていく。


『『ギエエエエエエ!!』』


 叫び声を上げ、異形のものは苦し紛れの暗黒の波動を発しました。

 しかし、今の私の魔力を受けたウィストモスにとって、それを防ぐことは造作もないことです。


 そして、落下しながら身動きの取れない異形のもの。


『【エプリクス】ーーッ!!』

『オオォォォォオオオオ!!』


 盟約により、母の形見の指輪から出現する炎のドラゴン。

 その体は、私の想いに呼応するかのように、これまで以上に激しく燃え盛っている。


『異形のものを掴んで!!』

『御意!!』


 エプリクスは、異形のものの体を正面から掴みました。

 爪を深く食いこませたエプリクスからは、もう逃れることはできない。


 燃え盛る火炎が引火し、異形のものは叫び声を上げます。


『『ナゼダ……我ハ呼ビ出サレタノダ!! 愚カナ人間ニ!!』』


 そう……この異形のものは、愚かなメディマム族の力が、どこかから呼びだしてしまったもの。

 それが、世界中の人々を後世にまで渡って苦しめることになってしまった。

 だから、この責任は……メディマム族の手で取らなくてはいけない。


『『我ハ……不死身……ダ……!』』


 何度も再生しようとする異形のもの。

 もし、私が生身のまま対峙していたのなら、いずれその能力に押しやられ魔力が枯渇していたことでしょう。

 上手く行ったとしても、再び封印するしか手が無かったかもしれません。





 何となく、自分の体のことには気付いていました。


 でも……これで良かったんです。

 そのおかげで、もうこんな悲しい戦いを終わらせることができるのだから。



 私は幸せでした。

 憧れていた人間に生まれ変わることができて、本当に幸せでした。


 私に温もりを与えてくれてありがとう。

 私に愛を教えてくれてありがとう。





 ──クルス様。

 私は、あなたと出会うことができて良かった。





『私の魔力が尽きることは無いわ! エプリクス、異形のものを焼き尽くしなさい!!』

『ウォォォオオオ!!』


 炎の柱となったエプリクスが異形のものを燃やしていく。

 いくら不死身の再生力を持っているとしても、それ上回る力で燃やし尽くしてしまえば関係ありません。



『『コ……ンナ……、バ……カ……ナ…………』』


 体中から力無い声を発しながら、最後には肉片も残さず、異形のものはこの世界から消え去りました。

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