第71話 闇の魔王
藁で作られた屋根、用水路を回る水車。
今の町並みには見られない風景が時代を感じさせます。
どこか懐かしさを感じるのは、私の中のメディマム族の血がそうさせているのでしょうか。
行き交う人々は皆険しい表情をしています。
史実通りなら、人類とメディマム族は戦争になる……もしくは、既に争っている最中なのかも知れない。
『あの……』
村人に声を掛けようとしても、私の姿は見えていないようです。
何事も無かったかのように通り過ぎて行ってしまいます。
急に場面が変わり、今度は何やら広い屋敷の中に移動しました。
どうやら私はメディマム族の過去の記憶を見せられているようです。
「人間共め……我らに恐れを為し、これまでの恩を忘れ手の平を返しおって!」
「こうなったら全面戦争だ! 人間共に、我らのメディマムの力、とくと見せつけてやろうぞ!!」
「精霊の力を思い知るがいい!」
やはり、既に戦争は起こってしまっている……それにしても、メディマム族がこんなにも血気盛んな種族だったなんて……。
「しかし、このままでは数で押される一方だ……」
「うーむ……仕方があるまい。おい、あれを持ってこい」
メディマム族の長老……でしょうか。その方が命じ、男性が何やら古い書物を持ってきました。
「闇の儀式を執り行う」
闇の儀式……?
安直ですが、それが今後の悲劇に繋がることだけはわかります。
本来ならば、このような馬鹿げた儀式はすぐにでも阻止するところですが、過去の記憶の中では何も干渉することができません。
「ふむ……メディマム族の若い女の血が必要とな。それも、
「では、早速何人かの候補を選ぼう」
そう言うと、屋敷の人々はぞろぞろと外へ出ていきました。
目の前が歪んだかと思うと、また場面が変わっていく。
今度はどこへ……?
●○●○
「お姉ちゃん、お父さん遅いね」
「村長の家で会議があるって言ってたからね。もう少しで帰ってくるんじゃないかしら」
──あの少年だ。
赤い髪ですが間違いありません。
暗闇の中で泣いていた少年は、たしかに黒い髪色だったはず。
一体、彼に何が起こったというの……?
「帰ったぞ」
「お父さん、お帰り」
「お帰りなさい」
この人は先程の屋敷で書物を持って来た……少年の父親だったんだ。
「パメラ、毎日すまんな」
「お父さん、毎日がんばっているもの。御苦労さまです」
そして、三人は食事を始めました。
メディマム族とは言っても、この情景だけ見れば普通の家庭となんら変わらないのですね。
「お姉ちゃん! 僕も大きくなったらお父さんみたいにがんばる!」
「そうね、お父さんみたいに強くならないとね! タースは男の子だもの!」
「うん!」
タース……少年の名はタースというのね。
そして、その姉のパメラさん。
お母さんの姿は見えませんが、優しそうなお父さんもいて、とても幸せそうな家族です。
「タースは魔力も凄く高いから、きっとメディマム族で一番の戦士になれるわ!」
パメラさんはタースの頭を撫でました。
二人とも、素直な良い子達だと思います。
でも、タースが泣いていた理由……長老の言葉……。
嫌な予感がする……正直、ここから先を見たいとは思えない。
そんな私の思いとは裏腹に、無情にも場面は次々と移り変わって行きました。
○●○●
何かから逃げるようにひた走るタースのお父さん。
その傍らにはパメラさんとタースの姿が……やはり、私の嫌な予感は当たってしまった。
「急げ、パメラ! 追手が来るぞ!」
「お、お父さん……もう走れないよ!」
「お父さん、タースがもう限界よ!」
真っ暗な森の中、タースの家族に村からの追手が迫る。
『危ない!』
思わず叫んでしまいましたが、私の声が届くはずも無く……。
タースが木の根で転んでしまい、助けに戻ったパメラさんを村人達は捕らえてしまった。
「待ってくれ! なぜ私の娘なんだ!」
「仕方あるまい、神の啓示が出たのだ。お前もメディマム族のことを思うなら、これも運命だったと思って諦めろ」
「お父さん……! タース!」
「この……お姉ちゃんを離せ!」
パメラさんを守ろうと懸命に飛び掛かるタース。
でも、子供のタースの力では大人の村人達に敵うはずもありません。
それでも向かって行くタースに、村人達は手に持っていた槍を向けました。
「やめろ! 頼む……息子にまで手を出さないでくれ!」
「大人しくしていれば何もせん。これでも、こいつは戦士として有望視されているらしいからな」
それでも諦めず掛かって行くタース。
パメラを掴んでいた村人は、そんな彼を容赦なく蹴り上げました。
「グハッ……!」
「タース……やめて下さい! 私はどうなってもいいから、弟には手を出さないで!」
「お……姉ちゃん…………くそぉ!!」
タースは姉を捕らえている村人に砂を投げかけました。
「ぐあっ……!! このガキが! 手加減してやっていればいい気になりやがって!!」
「タース……やめろぉぉおお!!」
『……!』
タースを庇いに入った父親を、無情にも槍が貫く。
「タース……に……げ…………ガハッ!!」
父親から噴き出した血が、タースの体が真っ赤に染めていく。
目の前で繰り広げられる惨劇に、私は……見ていることしかできない……。
「お父さあああん!! いやぁああああ!!」
パメラさんは叫び続けました。
もう、声が枯れそうなほどの叫び声を上げ続けて……。
「連れて行け!」
血に濡れた槍を捨てると、村人達はパメラを連れて去って行きました。
そこに一人残されるタース……。
『タース! しっかりして!』
力無く起き上がるタース。
彼は、まるで何かの力に目覚めたかのように、魔力でその髪の色を黒く染めていきました。
そして、タースは落ちていた槍を拾うと森の中へと消えていきました。
●○●○
いよいよ儀式の場面……。
長老が何やら呪いの言葉を唱えている。
そこには白い装束姿で後ろ手に縛られたパメラさんの姿がありました。
剣を携え儀式の中心に立つ男性……あの時、タースの父を殺した男です。
「では、パメラの首を落とせ」
身動きの取れないパメラさんに、鋭い剣の刃が迫る。
パメラさんが震えている……。
目隠しをされているとはいえ、これから自分が殺される宣告をされて怖くないわけがありません。
「お姉ちゃん!!」
「タースなの……!?」
姉を助けに現れたタースの手には、父を貫いた槍がありました。
黒い髪と異様な魔力を持つタースに、長老達は驚愕しています。
「その声は……貴様、タースか!?」
「お姉ちゃんを返せ!」
タースは剣を持つ男に闇の波動を放ちました。
これは……魔王のものと同じ!?
その威力は高等魔法級へと達し、周りの木々などを巻き込んで屋敷の一部ごと破壊していきます。
剣を持っていた男は、闇の波動に巻き込まれ上半身を失っていました。
長老達はその威力に騒然としながらも、魔法や武器でタースに応戦します。
襲い来る村人達に無我夢中で魔法を乱射するタース。
しかし、いくら強くなったとはいえ多勢に無勢です。
騒乱の中、長老の放ったミリューガ級の魔法がタースを捉えました。
「お……ねえちゃん……」
剣を持った男が近付き、倒れているタースの下へ。
そして、振り上げたその剣をタースへ向けて振り下ろしました。
「タース……駄目ーっ!!」
パメラさんはよろめくようにタースの前へ飛び出しました。
『やめてーーーー!!』
剣は、彼女の体を真っ二つに────
私が目を瞑っても、その映像は鮮明に頭に流れてくる……。
「……ター……ス…………」
パメラさんは、そう言い残して絶命した。
酷い……こんなのって……。
父親だけでなく姉の血も浴び、全身が赤黒く染まっていく中、タースは声にならない叫びを上げ続けていました。
「ふん……。少しおかしな事になったが、儀式的にはこれでも問題無かろう」
長老は、それでも儀式を推し進めました。
周りを囲む炎が揺れ、地面にこれまで見た事も無いような、禍々しい模様の魔法陣が浮かび上がり、そして……。
そこから現れたものは────────
私は
魔王とか魔族とか、そんな生易しいものではない……。
人の体を潰して練り固めたような……血みどろの肉の塊り。
“異形のもの”。
──その姿を見た長老は、思わずそう呟きました。
体のあちこちにある、人の顔のようなものから不気味な笑い声が聞こえる……。
これは、一体……?
何……なの……?
メディマム族達は一体……、何を呼び出してしまったというの!?
その不気味な“異形のもの”は、亡くなったパメラさんの体を取りこみました。
「姉……ちゃん……」
震えて動けないタースを残し、逃げていく村人達。
そして、その異形のものはタースをも生きたまま丸呑みにしていく。
○●○●
呑みこまれた体内の中で、生きているのはタースだけ。
そこには漂うのは、種族、民族を問わず様々な人々の死骸……。
姉を見つけるタース……上半身だけの姉を抱き締め、ただただ泣いていました。
『『憎ムノダ……』』
突如、内部に声が響きました。
『『憎メ……』』
また同じような声が……。
その声を聞かないようにと耳を塞ぐタース。
でも、その声はタースの心の中へと響いているようで苦しみに顔を歪めます。
『『イケニエ ヲ 捧ゲルノダ!』』
タースの体から、暗黒の魔力が溢れ出しました。
『タース!』
その衝撃で私は内部から弾き出されてしまい、その変化を外から見届ける形になりました。
タースから発生した暗黒の魔力が、異形のものの体全体を覆っていきます。
そして、それは暗闇の衣となり、中心にはあの表情の無い顔が浮かび上がりました。
『『我ガ名ハ、魔王チェムルタース』』
──ここに、闇の魔王は誕生しました。
アルネウスからは、闇の魔王はメディマム族の男としか聞いていなかった。
でも……その正体は……戦乱の中、愚かな種族の犠牲になった子供だったなんて……。
ここからは史実の通りのようです。
魔王は魔族と魔物を操り、家族の仇であるはずのメディマム族達をも従えて全面戦争へと発展していくのでしょう。
景色が歪み、元のあの空間へと戻っていく……。
────────
────
──
元の空間へと戻された私は、今度こそしっかりとタースを抱きしめました。
『……辛かったね……タース……!』
『お姉ちゃん……』
とても小さなその体……こんな子に、大人達はなんと酷い事をしたのでしょう。
助けなくてはいけない……例え魔王だったとしても、この子には何の罪も無いのだから。
私は、絶対にタースを救ってみせる。
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