第35話 シークレット・クエスト
ジュノーの町のギルドに入ると、冒険者の方々で賑わっていました。
ローブを羽織った人もいれば、鎧甲冑で身を固めた人もいます。
クルス様と私はどちらかと言えば軽装なので、ちょっと場違いな感じがしますね。
それはそうと、ギルドでは討伐対象の魔物を倒した報酬が受け取れるのです。
お金はコルン王からいただいたものがありますので、まだまだ余裕はあるんですけど少しでも稼いでおいて損はありません。
「クルスさん、魔物の討伐部位を換金してきますね」
「ああ、お願いします、リズさん」
ギルドの受付カウンターに討伐対象の魔物の部位を持ち込むことで、クエストを受けていなくても換金してもらえます。
渡してしばらく、受付の方から貨幣の入った布袋を受け取りました。数えてみるると結構な金額が入っていました。
これだけあれば、クルス様の武具を新調してもまだまだ残りそうですね。
「リズさん、ちょっと」
「なんでしょう?」
クルス様が、掲示板の前で私を呼んでいます。
何か気になるクエストでもあったのでしょうか?
「これ、ちょっと見てください」
クルス様の指差した先には、“討伐対象:ハクデミアント”と書かれています。
ハクデミアント……うーん……?
名前からして、デミアントの親戚でしょうか?
「この周辺に現れる魔物だそうです。何でも、地上に巨大なコロニーを作って集団で人を襲うとか……」
「地上にですか? 普通アリって地中に巣を作るはずですよ。私もそうしてましたし」
「へ? リズさんも?」
またうっかり前世のことを喋ってしまいました。
別に前世のことを隠すつもりはないんですけど、詳しいところはどう話したらいいのか私にはわかりませんし、それに……なぜだかクルス様には知られたくない……のです……。
「あ、えっと……違うんです! 小さい頃にそういう遊びが流行っていて……」
「なかなかユニークな遊びが流行ってたんですね。でも、こんな風にギルドで討伐魔物として指定されているということは、エスカロ高原のデミアントと同じようには考えない方が良いかもしれませんね」
「そ、そうですね……」
慌てて嘘をついてしまいました。
クルス様、嘘をついてしまってごめんなさい……いつかきっと、きちんとお話します。
それにしても、ハクデミアント……あの和平会談で、女王様は普通のデミアントは人を襲うとおっしゃっていました。
つまり、他の地域のデミアントは、人間を襲うことがあってもそれが普通のことなのです。
今の私は人間ですし、いくらデミアントとはいえ襲ってくるのなら、その場合は仕方ありませんが……彼らと戦わなくてはなりません。
「あんた達、冒険者?」
突然背後から女性の声がしました。
ビックリして振り返ると、クルス様と同年代くらいに見える金色の髪の女性が居ました。
「初対面で、随分失礼な人だな」
「ごめんごめん。こういう性分なんだよ、あたし。悪気は無いんだけどね~」
女性は腕を頭の後ろに組んで、ケラケラと笑っています。
どことなく、話し方はメアリ様に似ているような?
「あたし、チキータって言うんだ。こう見えてベテランの中級冒険者」
「中級だって!? 僕とリズさんですら、まだ初級だと言うのに」
私は主に狩猟ばかりしていましたし、クルス様は冒険者になりたてです。
昇級試験も受けていないので仕方の無いことだと思うのですけど、クルス様にはショックなことだったのでしょうか。
「その子、リズちゃんって言うの? 可愛い子連れてんじゃん。でー……お兄さんのお名前は?」
「僕はクルスだ。これでも王宮騎士をやっていたから、剣の腕には自信があるんだぞ」
「あらそう。王宮騎士ねえ……凄いじゃない。でもさあ、冒険者としては初級なんでしょ?」
クルス様がワナワナと震えています。
「う、うるさいな! いきなり話しかけてきてその物言いはなんなんだ!」
「こういう性分だって言ってるでしょ~」
このような喋り方をするクルス様は初めて見ます。えっと……こちらが本来のクルス様なのでしょうか?
でも、なんていうかこう、友達同士での会話みたいで、こうやってやり取りしてもらえるチキータさんがちょっと羨ましいな。
「ま、ギルドでは先輩に従うもんよ。ね? リズちゃん」
「え? あ、はい?」
そう言うと。チキータさんは掲示板をくまなく見始めました。
クルス様がチョイチョイと合図をしています。
そうですね。今のうちにチキータさんから離れておきましょう。
「やれやれ、変な女性でしたね……」
「クルスさん。ちょっと良いですか?」
「どうしました? リズさん」
「もしかしてクルスさん、私に気を遣っていませんか? さっきチキータさんと話しているのを聞いて、あちらが本来のクルスさんの話し方なのかと思いましたので」
「ああ……別に気を遣っているわけでは無いんですけど……」
クルス様は少し考えるように、顎に手をついて上を見てしまいました。
あーとか、うーとかおっしゃっています。
「私、あちらの話し方のクルスさんの方が好きです」
「……えっ!? そ、そうなんですか!?」
ただでさえご迷惑をお掛けしてるのに、クルス様に話し方まで気を遣わせてしまっては申し訳無いです。
「じゃ、じゃあ……リズさん、もう敬語はやめよう……これでいいかな?」
「はい、クルスさん!」
「何やってんのアンタ達……初々し過ぎにも程があるわ」
おっと、チキータさんです。
こっそり抜け出してきたので、何だか気まずい雰囲気が漂います。
「……何か用でも?」
「あら、せっかくお姉さんが君達に、いい初級クエストを教えてあげようと思ったのに」
「お姉さんって、いったい幾つなんだ?」
「女性に年齢を聞く時は、自分から言うものよ」
「……僕は二十歳だ」
「ふーん。あたしは二十一歳、君よりも年上なわけだ~」
チキータさんは、クルス様をからかって遊んでいるみたいです。
クルス様は、顔を真っ赤にして怒っています。
「私は十五です」
「そっかー、リズちゃんまだ肌がつやつやねー。……ねたましい……」
「や、やめてくださいー」
チキータさんが、私のほっぺたをプニプニしてきます。
プニプニされるのは嫌なのでやめてほしいですー。
「でさ、クエストはどうする?」
「「結構です」」
クルス様と声が被ってしまいました。
チキータさんが、うすら笑いを浮かべています。
「せっかく収入の良いクエストがあったのになー。残念だ」
「それよりも僕達は、土の精霊の情報を集めるためにここへ来たんだ。別にクエストを受けたくて来たわけじゃない」
「土の……精霊?」
その言葉を聞いて、チキータさんの動きがピタッと止まりました。
「チキータさん、何かご存じなんですか?」
「……あんた達……死にたいの?」
さっきまでとは変わって、チキータさんが急に怒ったように言いました。
ため息をついて困ったように額に手を当てた後、ギルドから出て私達を手招きしています。
クルス様と私は、チキータさんの所へ向かいました。
◆◇◆◇
「何で急に怒るんだ?」
「あんた達が、無駄に命を散らそうとしてるからよ」
一体どういうことなんでしょうか。
「この町から出て北の方に鉱山があるんだけど、最近まではそこで豊富な資源が取れてたんだよ」
「鉱山? 地図でいうと……この場所か」
クルス様の持つ地図を覗き込むと、町からは離れていますが大きな山にバツ印が書いてあります。
「ある日、そこに赤髪の魔人が現れてね。鉱夫達が……その魔人に殺されるって言う事件があったんだ。あんた達は知らない……よね」
「赤髪の魔人? なんだそれは」
「やたらと強力な魔法を使ってくる奴でね……。そいつはどうやら、鉱山に眠るっていう土の精霊を呼び醒ます為にやってきたらしいんだよ」
「ということは、その鉱山に土の精霊がいるのか!」
意外な所から土の精霊の情報を聞くことができました。
女王様が言っていたのは、この鉱山のことだったのですね。
「土の精霊が本当にいるのかはわからない。そんなのは、みんな知らずにそこで働いていたからね。だけど、そこに安易に行こうとするんじゃないよ。というか、絶対行くな」
「魔人っていうのがいるからか?」
「……そうだよ。あいつには……誰も勝てない。あれはまるで、過去に滅んだという“メディマム族”そのものだ……」
メディマム族? その魔人の種族の名前でしょうか。
苦しそうに言葉を吐いたチキータさんのその瞳には涙が滲んで見えました。
「あたしの大事な彼氏も……そこの鉱山で働いていたんだよ」
唇を噛み、震えるチキータさん……先程までとは別人のように見えます。
彼女が私達に怒鳴ったのは、本当に心配してのことだったようです。
大切な人を失う辛さは、私達もつい最近味わったばかりです。
「あたしはあいつを許さない……だから、ギルドに依頼をかけたんだ。上級以上の冒険者なら、きっとあの人の仇を取ってくれる!」
「メディマム族の討伐、ですか?」
チキータさんは黙って頷きました。
彼女が依頼したというクエストは、上級以上のクエストになる為、掲示板には出されていなかったようです。
初級冒険者のクルス様と私では、受領することすらできません。
「あたしだけじゃない、ギルドにはそいつのせいで家族を失ったり職を失った人達だっている。土の精霊の話なんかしたら、みんな嫌でもあいつのことを思い出してしまう……」
クルス様と私は、チキータさんに何も言うことができませんでした。
「……悪かったね、怒鳴っちゃって。土の精霊なんて本当にいるのかもわかんないんだし、若い命を粗末にするんじゃないよ、君達!」
チキータさんは頬を掻きながら私達に軽く謝罪をすると、最初に出会った時のような態度に戻り、ギルドへと戻って行きました。
チキータさんは、ギルドに依頼を受けに行っていただけでは無かったようです。
きっと、上級以上の冒険者が現れるのをあそこで待っていたんです。
彼女の大切な人の命を奪った仇を取ってくれる、そんな強者が現れるのをずっと……。
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