第33話 これまでのお礼をあなたに
旦那さんは、クルス様の背中でスヤスヤと寝息を立てています。
しばらく歩くと、あの馬小屋が見えてきました。
すると、小屋の前に立っていた奥さんが私達に気が付いて駆け寄ってきました。
「あんた……無事で良かった……」
奥さんは旦那さんに抱き、私達にしきりにお礼を言いました。
それにしても、陸地であるこの場所になぜあのような魔物が現れたのでしょうか。
それに、生贄って一体……?
ともかく、旦那さんが無事でなによりですね。
気が付けば、夜も更けてきています。
奥さんに別れを告げ、とりあえず私達は宿屋へと戻ることにしました。
◆◇◆◇
「し、失礼します……」
「普通に入ってきていいですよ、リズさん」
そうは言っても、やはり高貴な方とお部屋をご一緒するのは緊張してしまいます。
以前、ディア様と同じ部屋に泊まったときは、私も子供だったからそこまで緊張はしなかったけど……。
「何を読んでいらっしゃるのです?」
「ああ、ええと……馬を買ったとして、どのルートを通るのが最適かなと考えていまして……」
クルス様はベッドに寝そべり地図を眺めていました。
真剣な顔つきが、まるでお父さんみたい……って、私ったら何を考えてるの。
そういえば……私は袋から、枯れて造花のようになった冠を取り出しました。
幼い頃、私の初めての友達……マリーが、私にプレゼントしてくれた冠です。
「リズさん、それは一体何ですか?」
「私の……大切な宝物です」
マリーと、ディア様と、高原のお花畑での大切な思い出。
あの頃に戻ることができたら、どれほど幸せなのでしょう。
マリーも……そして、ディア様の傍らにいたロデオ様も……。
私は冠を胸にそっと寄せました。
「馬小屋のお子さん、可愛らしかったですね」
「温かそうな家庭でしたし、マリーさんも幸せでしょうね」
「なんていうか……うん、旦那さんを助けることができて良かった」
「そうですね……」
クルス様は地図を閉じて、ベッドから起き上がりました。
「僕もお湯を浴びてきます。リズさんは先に寝てくれていて構いませんよ」
「いえ、そんな……起きてますよ、ちゃんと」
クルス様は湯浴びに出て行かれました。
ベッドの上には地図が置かれたままです。
クルス様を真似て地図を見てみますが、どこがどこだかさっぱりです。
私ったら、地図もまともに見れないのに、一人で行こうとしていたんだ……。
今更ながら、クルス様が付いてきて下さって、本当に良かったと思います。
これまでも、クルス様には助けられてばかりです。
アントライオンと戦った時、クルス様が助けてくださらなければ、私は前世と同じくあの悪魔にやられていたかも知れません。
巨大なアントイーターとの戦いの時でも、クルス様が私を助けて受け止めてくださらなかったらきっと大怪我をしていたことでしょう。
今回の旅にも付いて来て下さると……騎士も辞められてしまい……そうまでしていただいているのに、私はクルス様に何も恩をお返しすることができていません。
クルス様……優しい人……。
……なんでしょう……クルス様のことを考えていたら、何だか体が温かくなってきました。
湯あたりでもしてしまったのでしょうか? すぐに上がったはずなのに……。
地図は折り畳んで、ベッドの上に戻しておきましょう。
窓を開けて、風に当たるとひんやりとして気持ちが良いです。
「リズさん、起きていたんですか?」
クルス様が戻ってきました。
さっぱりとしたご様子で、何だかいつもと違うような印象を受けます。
「……どうかしました?」
気が付くと、私はクルス様をぼーっと見ていました。
「な、何でもないです! 明日も早いですし、そろそろ寝ましょうか」
急いでベッドに戻ろうとして、自分の足に躓いてしまいました。
「危ない、リズさん!」
クルス様に支えていただいたおかげで、転ばずに済みました。
……なんで?
心臓が……すごくドキドキします。
きっと、転びそうになったからなのだろうけど……でも、胸のドキドキはちっとも収まろうとしません。
どうしちゃったんだろう、私……。
「仲の良さそうな夫婦でしたね」
私をベッドに座らせると、クルス様は、ふとそんなことを呟きました。
奥さんは旦那さんが助かったことを、涙を流して喜んでいました。
夫婦愛って本当に素敵だと思います。
そんな仲の良いご夫婦に、可愛らしいお子さん。
きっとあのご家族は、幸せなんだろうなって思います。
人間は、女王様も一般人も関係無く、家族を作り子供を育みます。
アリだった頃は、卵を産めるのは女王様のみで、私達・働きアリには卵を産むような機能は備わっていませんでした。
人間に生まれ変わった私も、いつか子供を産み、夫と家庭を築くときが来るのでしょうか。
母が私を産んだように、私もいつか……。
「クルス様、今まで私を助けてくださりまして、本当にありがとうございました……」
改めてクルス様にお礼を言いました。
この方には、感謝をしてもしきれません。
「当然の事をしているだけですよ。というより、僕や騎士達の方がリズさんに助けてもらっていたような気がするんですけど……」
「クルス様に助けていただかなかったら、私はここには居ませんでした」
「大袈裟ですよそんな……」
しばらく沈黙が流れました。
私の心臓の音だけが、ずっと頭の中に響きます。
「これからもずっと、あなたを守らせて下さい。……僕では頼りないかもしれないけれど」
「そんなことは無いです……頼りにしてます、クルス様」
その晩、私は温かい気持ちのまま眠ることができました。
こんなに安心した気持ちで眠ることができたのは、いつ以来でしょうか。
翌日、目を覚ますと、クルス様は既に旅の準備を進めていました。
「おはようございます、クルス様。寝過ぎてしまったようです、ごめんなさい」
「いいんですよ。リズさん気持ち良さそうに寝ていましたし。準備ができたら、馬小屋へ行きましょうか。 あと……また、“様”に戻ってますよ」
私は急いで準備を進めました。
髪の毛は櫛で整えて後ろに縛りました。
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