第32話 テティス村の怪異

 ここはテティスの村というそうです。

 町ほどの大きさはありませんが、あちこちに露店なども出て賑わいを見せています。


 村に着いたクルス様と私は、まずは宿屋を探しました。

 片隅に営む小さな宿屋。クルス様がそこへ入っていき、私も後に続きました。


「今夜はここに泊まりましょうか」

「はい、クルスさ……ん!」


 宿屋に入ると、木造の建物はどこか懐かしい感じがしました。

 カウンターには、この村独自の民芸品もたくさん置いてあります。


「二部屋空いてますか?」

「うちは小さな宿屋だからねえ。申し訳無いけど、今は一部屋しか空いていないんだよ」


 宿屋のご主人は、申し訳なさそうに言いました。

 クルス様が困ったように私を見てきます。

 クルス様も今夜はお疲れでしょうし、お一人でゆったりとお休みしたいのでしょうね。


「クルス……さんは、宿屋でお休みください。私は野宿でも大丈夫ですので」

「だ、駄目です! 駄目に決まってるでしょ、そんなの!」


 クルス様が頭を抱えています。

 また何か、私はクルス様を困らせるような事を言ってしまったのでしょうか。


「あんた達、若い二人なんだし、一緒の部屋でもいいんじゃないのかい?」

「ぼ、僕がよくてもリズさんが、その……」

「私が一緒では、クルスさんのご迷惑になりませんか?」

「迷惑だなんて! そんな……じゃあご主人、その部屋でお願いします!」


 クルス様は、手続きを済ませ宿屋のご主人から鍵を受け取りました。

 本当に、ご一緒してしまっていいの?

 迷惑ではないでしょうか……?


「ではリズさん……その、行きましょうか」

「はい、クルスさん」


 宿の二階が今夜泊まるお部屋になります。

 既に二部屋埋まっていますので、クルス様と私の泊まるお部屋は真ん中のお部屋です。

 荷物を置き、窓から外を眺めました。

 そこから見える星空はキラキラと輝いていて綺麗です。


「じゃ、じゃあ、リズさん。外に食事にでも行きましょうか」

「はい、クルスさん」


 宿屋を出ると、向かいに料亭があります。

 クルス様はステーキとスープを、私は魚介のパスタとサラダを頼みました。

 魚介のパスタは、この地域で獲れる海産物が使われているそうです。

 海はこの村をずっと北へ行った所にあります。

 行商から直接仕入れているので新鮮だと、店主の方が自慢げにおっしゃっていました。

 どんな料理が出てくるのでしょうね。楽しみです。


 そうしていると、クルス様の前に、厚切りのステーキとスープが置かれました。

 ジュウジュウ音を立てて、美味しそうに焼き上がっています。


「ではリズさん、お先に失礼します」

「あ、はい」


 クルス様がステーキを食べ始めた頃、私の前にも魚介のパスタとサラダがやってきました。

 パスタには地域特産の二枚貝が飾られて、とても美味しそうです。


「それでは私も失礼しますね」

「ええ、遠慮なくどうぞ」


 口に含むと、海の香りがいっぱいに広がりました。

 素材の味が活かされていて、本当に美味しいです。

 使われているオイルも、アステアやコルンのものとは違う植物由来のもののようで、とてもあっさりしています。


「美味しいですか? リズさん」

「ええ、とっても!」


 クルス様は、もう食べ終わってしまったようです。

 よっぽどお腹が空いていたのでしょうか。

 私も早く食べ終わらないと……。


「リズさん、そんなに急いで食べなくても大丈夫ですよ」

「ゆっくりでごめんなさい……」


 クルス様をお待たせしていることを申し訳無く思いながら、私も食事を終えました。


◆◇◆◇


 料亭を出た私達は、村の中を散策していました。


「今日のうちに、馬も確保しておきましょうか」

「そうですね」


 クルス様と私は料理屋を出て、馬を扱っているところを探します。

 村のすみに馬小屋が見えました。


「すみませーん」

「は~い」


 クルス様が声を掛けると、小屋の奥から小さな子供を抱えた女性が出てきました。


「馬を買いたいのですが」

「ごめんなさいね。主人がまだ帰ってこなくて、私一人じゃどうしていいのかもわからないし……」


 どうやらこの方は奥さんで、旦那さんが経営をしていらっしゃるようです。

 胸に抱かれたお子さんが、私のことをじーっと見ています。

 可愛らしいので私も見ていると、指で私の頬を突いてきました。


「こら、マリー。お姉ちゃんに迷惑でしょ」

「え……? この子、マリーとおっしゃるんですか?」


 思わずその名前に反応してしまいました。

 マリー……私が人間に転生して、初めてできた友達の名前……。


「リズさん、どうしましょうか」

「あ、はい……えっと、どうしましょう……」


 マリーという名前に、つい思いにふけてしまっていました。


「あんた達、冒険者かい?」

「ええ、まぁ……」

「旦那がこれだけ遅くなるのは初めてのことなんで、ちょっと心配なんだよ。もし良ければ、旦那の様子を見てきてもらえたら助かるんだけど……どうだい?」


 奥さんがおっしゃるには、旦那さんは牧場の方へ牛達の様子を見に出掛けているそうです。

 いつもは何があっても夕飯までには戻って来られる旦那さんが、今日に限ってまだ帰って来ない。

 それで奥さんは心配をされているようです。


「何だか、妙な胸騒ぎがするんだよ。でも、私は子供を抱えて見に行くことも出来ないし……」

「クルスさん、様子を見に行ってみましょう」

「ええ。奥さん、詳しい場所を教えてください」

「いいのかい? 悪いね、お礼は出すからさ」


 奥さんに、牧場のある場所を聞きました。

 この村から離れた場所に牧場はあるみたいです。


◇◆◇◆


 教えてもらった場所、小高い丘の上に牧場はありました。

 明かりが灯っています。旦那さんは、まだここにいらっしゃるようです。


「妙だ……」

「どうしました? クルスさん」

「動物達の声も聞こえないし、静か過ぎる気がするんです。夜だからなのかもしれないけど……」


 風に運ばれて変な臭いが流れてきました。

 これは牧畜の臭いではありません。この鉄のような臭いは…………!?


「リズさん、急ぎましょう!」

「はい!」


 念のため、回復魔法を詠唱しながら走ります。

 牧場には多くの牛達が横たわっています。

 寝ているのではなく、死んでしまっているようです。

 体に無数の穴が見られます。


「これは一体!?」

「クルスさん! あそこ! 魔物です!」


 数体の魔物が、牧場内を飛び交っています。

 今までに見たことの無い魔物です。

 長い爪と、棘のようなものが体中に見えます。


「あれは!?」


 クルス様の叫んだ方を見ると、人が倒れているのが見えました。


「大丈夫ですか!?」


 この男性は、おそらく馬小屋の旦那さんです。

 体中に無数に穴が開いていますが、致命傷は避けたようでまだ息があります。

 良かった……間に合いました!


「【デオヒーリング】」


 回復魔法を掛けると、旦那さんの傷が塞がっていきました。

 顔色も良くなってきたので、きっとこれで大丈夫でしょう。


「これは、一体何の魔物なんだ!?」


 暗闇の中飛び跳ねているその魔物達は、体長はそんなに大きくは無く、私よりも少し小さいくらいです。


「キシャアアアア!!」


 魔物の中の一匹が私達に襲い掛かってきました。


「そこか!」


 クルス様が剣を横に振ります。

 その剣が魔物を捉え、地べたへと落ちました。


「こいつは……マーマン!?」


 全身に棘のような角のようなものが生えた魔物が、そこへ横たわっていました。

 手や足に水掻きのようなものが見えます。


「普段は水辺に棲んでいる魔物です。なぜこんなところに……」

「クルスさん! また来ます!」


 無数のマーマンが飛びかかってきます。

 私は矢を乱れ射ち、数体のマーマンを仕留めました。

 残ったマーマンは、クルス様が斬り捨てていきます。


「これで、全部でしょうか?」

「たぶん……」


 倒したマーマンのうち一体が僅かに動いています。

 小さく何か呟いているのが聞こえました。


「イケ……ニ……エ…………」

「何だこいつは、気味が悪い……!」


 クルス様はマーマンの頭に剣を刺し、魔物は声も無く絶命しました。


「生……贄? クルスさん、生贄とは何のことでしょう?」

「わかりません。とりあえずご主人を連れて奥さんの所へ戻りましょう」


 クルス様は、旦那さんを背負いました。

 動物達は助けられませんでしたが、旦那さんを無事救うことができて良かったです。

 私達が、もう少し来るのが遅れていたらと思うと……ゾッとしますね。


 この村は、確かに海からはそれほど遠くはありません。

 ただ、こんな陸地になぜ大量にマーマンが現れたのか。

 生贄とはどういう意味なのか。

 あまりに不明なことが多いまま、この奇妙な事件は終わりを迎えました。

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