第31話 スライムが現れました
クルス様と二人で、平穏を取り戻したエスカロ高原から東を目指します。
行き掛けに女王様にもご挨拶をと思っていたのですが、兵隊アリ達の身振り手振りによると女王様は産卵の準備に入られてしまったようです。
兵以外の働きアリ達も忙しそうに走り回っていましたので、今回の謁見は諦め、また後日寄らせていただくことにしました。
高原を抜けて、その先に広がる平原を東へ進みます。
クルス様の話では、この平原を抜けた先には村があるとのことです。
エカルド地方は、さらにその先へ抜けたところだそうですので、必然的に私達の最初の目標はその村ということになります。
「リズさん、ずっと歩いていますけど疲れませんか?」
「はい、大丈夫です。歩くことには馴れていますから」
私の前世は働きアリです。
あの頃の私は、ずっと餌を求めて歩き回っていました。
人間に生まれ変わって足は二本になってしまいましたけど、歩くことが大好きな私にはこのくらいのことは何でもありません。
「しかし、エカルドへの道のりはまだまだ遠いな……そうだ、次に立ち寄る村で馬を買いましょう!」
「馬ですか?」
馬に乗れば、確かに移動は楽になりますね。
ですが、私は馬に乗ったことがありません。
馬車に乗るのとは違い、馬に直接乗るというのは訓練が必要だと聞いたことがあります。
「クルス様、私は馬の乗り方を知りません。大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫です! リズさんは僕の前に乗ってただ掴まっていてくださればいいんです。手綱は僕が握りますから」
「それではクルス様に迷惑ではありませんか?」
「迷惑どころか、むしろ大歓迎というか……いや、なんでも……そういえば、リズさんに話があります」
クルス様が真剣な顔で見つめてきます。
私に話って、一体なんでしょう?
「ずっと思っていたのですが、その……僕に“様”を付けるのやめにしませんか?」
「そんな、恐れ多いです!」
「僕はもう騎士ではありません。今はただの冒険者ですし、そのように読んでもらうような立場でもありません」
私は別に、クルス様が騎士だからそう呼んでいたのではありません。
魔物に立ち向かうその姿や、何度も助けていただいたことからも、尊敬を込めてそう呼ばせていただいているのです。
「できればその……“クルス”と、呼び捨てでも構いません!」
「私が構います!」
呼び捨てだなんて、そんな……とんでもないことです!
ふと見ると、クルス様の顔が真っ赤です。
旅立つ時もそうでしたけど……私のせいでご迷惑をお掛けしていますし、もしかして何か怒らせてしまったのでしょうか!?
「あの、どうしても……そうしなくてはいけませんか?」
「できればでいいんです! あと、僕もその、“リズ”と呼んでもいいかな?……なんて」
「私のことは、どう呼んでいただいても構いません。ですが、私にはクルス様を呼び捨てだなんて、そんなこと……とてもできません!」
「そう……ですか……」
なぜかクルス様は落ち込んでしまいました。先を歩くその背中が、明らかに項垂れてしまっています。
私はいったいどうしたら良かったのでしょうか。どうしたら、クルス様に許していただけるのでしょうか。
こんな時、メアリ様がいてくれたら相談に乗っていただけるのに……。
「あの……呼び捨てで無くていいので、せめて、クルス様というのはやめてください……」
「わ、わかりました。クルスさ……ん。これでよろしいでしょうか?」
するとなぜか、クルス様は喜んでくださりました。
よくわかりませんが、機嫌を直していただけたようです。
私達は時折、この地に出現する魔物と戦いながら進みます。
途中、アントイーターなどの強力な魔物にも遭遇しました。
リトル様にいただいた弓と、クルス様のおかげで、さほど苦労することも無く撃退することができました。
クルス様はやはりお強いお方です。現れた魔物達を次々とその剣で倒していきます。
しばらく平原を進むと、大きな森が見えてきました。
薄暗い森の入口が、前方に口を開けているのが見えます。
「村はこの先にあるはずです。僕が先頭で進みますので、リズさんは後に付いてきてください」
「わかりました、クルスさ……ん?」
もうじき日が暮れようとしています。
日が落ちる前にこの森を抜けなくては……夜の森は危険だと聞きますもんね。
◆◇◆◇
森の中に入ると、様々な生き物の鳴き声が聞こえてきました。
この鳴き声の中の幾つかは、魔物の鳴き声だったりするのでしょうか。
私は弓を構え、クルス様も剣を構えながら先を進みます。
森の中ではコボルトも現れました。
襲い掛かってきたコボルトを弓で迎え討ち、クルス様も剣で薙ぎ払います。
森の中に入ってからは、それほど強い魔物の出現はありません。
平原で遭遇した魔物の方が強かったくらいです。
いざという時は魔法や精霊達の力が必要かと思っていましたが、この調子でしたら大丈夫そうですね。
倒れた魔物からギルドで換金できそうな部位は回収し、それを袋へ詰めておきます。
村にギルドは無いそうですので、その先に町があればそこで換金しましょう。
「この調子なら日が暮れるまでには出られそうですね、リズさん」
「そうですね。クルスさ……んのおかげです」
そろそろ森の出口が見えてきてもいい頃でしょうか。
木々の隙間から見える陽もだいぶ落ちてきました。
「リズさん、少し暗くなってきましたし足元に気を付けてくださいね。もう少しで森を抜けるはずです」
「はい、クルス様……さん」
足元に注意しながら進みます。
急な斜面などもありますので、踏み外さないように気を付けなくてはいけません。
すると、私の足に何かが触れたような感触がしました。
「えっ……キャア!?」
急に何かに足をグイッと引っ張られ、私は転倒してしまいました。
「リズさん!!」
後ろを見ると、何やらぶよぶよの塊が、触手のようなものを伸ばして私を引っ張っています。
「な……何なんですか、これは!?」
「おそらくスライムです! すぐに助けますから!」
スライム!?
その不定形の魔物は、縦横無尽に伸び縮みを繰り返し私をどんどん引き摺っていきます。
懐からナイフを取り出し、触手のようなものを切ろうとしましたが、そのぶよぶよの物体はナイフくらいでは簡単に弾いてしまいました。
「魔物め! リズさんを離せ!!」
クルス様の剣が、私の足を掴んでいた触手を切り離しました。
「ありがとうございます、クルス様!」
「こいつは危険な魔物です。リズさんは離れていてください」
そう言って、クルス様が私の前に出ました。
剣を構えたクルス様は、スライムとの間合いを計り、じりじりと距離を詰めていきます。
スライムも、クルス様を警戒しながら少しずつ前へ出てきます。
魔物が這った場所から、微かに煙が上がっています。
そこには、まるで地面を溶かしたような跡が残されていました。
「クルス様! お一人では危険です!」
「大丈夫です! 安心して見ていてください!」
こう着状態が続く中、スライムの方が先に痺れを切らせて跳びかかってきました。
クルス様はそれをしゃがんでかわすと、スライムの体を振り下ろすように真っ二つに切り裂きました。
「これでどうだ!」
二つに裂かれたスライムは再び融合し、クルス様に襲い掛かろうとしました。
「何だと……!? しつこい奴め!」
「【フレイムゲイザー】」
私は、あらかじめ詠唱しておいた魔法を唱えました。
スライムの足元から炎が沸き上がり、その体を焼いていきます。
煙を上げながら、魔物は蒸発するように消えて行きました。
「クルス様、大丈夫ですか?」
「あ、うん……ありがとう、リズさん。あと、呼び方……戻っちゃってますよ……」
スライムを倒し先に進むと、ようやく森の出口が見えてきました。
前方に、村に灯る明かりが見えます。
クルス様のおかげで、ここまで無事に来ることができました。
私一人だったらどうなっていたことか。
それにしても、今日はいっぱい歩いたので、お腹もペコペコです。
今夜はとりあえず、この村でお世話になることにしましょう。
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