第30話 東の地を目指して
あれから数日が経ちました。
コルン王国は少しずつではありますが、落ち着きを取り戻しつつあります。
ゲルドの起こした反乱で、ロデオ様を始め多くの方々が亡くなりました。
デミアントの女王様は、そんなコルン王国を憂い、多くの兵を貸し与えてくださりました。
魔物であるはずのデミアント達は、町の
すっかり人気者になったデミアントの兵達は、今日も町の子供達にじゃれつかれながら町の平穏を守っています。
私は土の精霊を探す旅に出る事にしました。
王様にも既に許可は取ってあります。
ゲルドは言いました。私は、過去に人間に仇為した一族なのだと。
正直なところそんな話、自分でも信じられません。
確かにこの指輪は母から譲り受けたもので、私は精霊達を使役する力を持っていました。
でも、私の知る限り、母はただの人間なのです。
十年間一緒に過ごしてきましたが、いつも優しかった母は普通の人間と特に変わったところは無かったはずです。
そして、私も前世が別世界の働きアリだったということを除けば、あの日までは、普通の人間の子として母に育てられてきたはずです。
私は……人間。
これ以上は考えていても仕方ありませんね。
デミアントの女王様から、土の精霊はエカルド地方にいると聞きました。
そこへ行けば、ゲルドの言っていたその一族についても、何か手掛かりがあるのかもしれません。
◆◇◆◇
旅立ちの日がやってきました。
「それではシアさん、行ってきます」
「リズちゃん、あんたの畑はしっかりとこの馬鹿息子が守っておくから、いつでも帰っておいでよ」
「はい。ヒノさん、よろしくお願いします」
「ああ、リズちゃんも気を付けて。くれぐれも無理してはいけないよ」
シアさんとヒノさんに挨拶をして、私は町を囲む城門へと向かいます。
そこには既に、ディア様、そしてクルス様達の姿がありました。
お忙しい中、皆様来てくださったみたいです。
「リズ、本当に行ってしまうのね」
「はい。ですが、ディア様の危機にはすぐに駆け付けさせていただきますので、どうかご安心ください」
「ディア様のことなら心配しないで。お姉さん宮廷魔道士として雇われることになったから。どんな魔物が来ても、このあたしが全部やっつけてあげるわ。それに、レドさんもいるしね」
「まぁな。俺もそろそろ傭兵なんぞやめて落ち着こうと思っていた所だ。俺達の所属はアステア国だが、コルン王からはたっぷりと金は貰えるし、まぁ……これで良かったのかもな」
「メアリ様、レド様、よろしくお願いいたします。わがまま言ってすみません」
「いいってことよ」
「リズ、お前の為に用意した新しい弓と矢だ。きっと役に立つと思う。持って行ってくれ」
「ありがとうございます、リトル様。大切に使わせていただきます」
皆様に挨拶を済ませ、いよいよエカルド地方へ向けて旅に出ます。
ロデオ様は、治安が良くない所だとおっしゃっていました。
ディア様とメアリ様から私一人で向かうことだけは反対されてしまいましたので、途中にある町のギルドで冒険者の方を雇おうと思います。
実は王様から、今回の旅の資金として結構いただいているのです。
なので、冒険者の方を雇っても、しばらく資金に困る事も無いでしょう。
「クルス様もお見送りありがとうございます。騎士団のお仕事……大変だと思いますけど頑張ってくださいね」
あの時、クルス様は私に付いてきて下さるとおっしゃっていました。
でも、ロデオ様も亡くなッてしまった今、アステア騎士団は副長であるクルス様がまとめなくてはなりません。
そんな時にまで、私のわがままに付き合っていただくわけにもいきませんし、残念ではありますが私は一人で旅立つことにしました。
「リズさん、その……」
「どうかされましたか?」
「僕……騎士団辞めてきました!」
「そう……って、ええっ!?」
クルス様は、今、何とおっしゃったのですか!?
騎士団を辞めた……と聞こえたような気がするのですけど!?
わ、私の気のせいですよね!?
「ギルドに登録し、僕は冒険者となったのです。約束通り、エカルド地方に向けて一緒に参りましょう!」
「え? あ……はいっ!?」
ど、どういうことなの!?
えっと……クルス様は騎士を辞めて冒険者になられたのですか!?
それで騎士団は大丈夫なんですか!?
「クルスがね……ふふっ、どうしてもリズに付いて行きたいっていうのよ」
ディア様が笑いながらそうおっしゃると、クルス様は顔を真っ赤にしてディア様に小声で何かおっしゃっています。
なんだかよくわからないけど……クルス様、怒ってらっしゃる……?
「と、ともかく、リズさんを一人でそんな危険な所へ行かせるわけにはいきませんので! 別に何もやましい気持ちとかはありませんからね!」
「あ、はい……」
私としましても、クルス様が付いてきて下さるなら、これほど心強い事はありません。
でも……。
「クルス様、残された騎士団の方々は大丈夫なのですか?」
「そのことなら、アステア誇る騎士団には僕を除いても優秀な人材が沢山いますので大丈夫ですよ。新しい団長と副長も決まりましたし、心配は要らないでしょう」
クルス様は、何のことでも無いようにそうおっしゃりました。
既に引き継ぎも完了しているとのことですし、それでしたら、せっかくの申し出をお断りする理由はありませんね。
「あの……クルス様、よろしくお願いいたします!」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
私とクルス様はディア様達に見送られ、城門を出ました。
ここから、エカルド地方までの旅が始まります。遠く東の地にいるという土の精霊。
そこを目指し、私達は進んで行きます。
────────
────
──
はるか北にある極寒の地。
そこで、ある強大な闇が産声を上げようとしていた。
「もうすぐだ……もうすぐ我らが王が復活される!」
多くの魔族、魔物達がひれ伏す中、祭壇の前に立つその男は呟いた。
ここは、はるか昔とある国が栄えていた場所だった。
既に魔物達に滅ぼされたこの地には、もう人間は存在していない。
ただ一人の人間を除いては────。
「アリエス様、申し上げます。ゲルドがコルン攻略に失敗したようです。魔力の反応が完全に途絶えました」
大きな翼の生えた魔族は、祭壇の前に立つ男にそう伝えた。
「ふむ……あやつの復讐心を利用し、コルン王国を落とせればと思っていたが仕方あるまい」
「アリエス様。もしよろしければ、次は私めが参りましょうか」
「いや、あの地で一番の支配力を誇ったアステアはもう無いのだ。失敗したのは、あの男が無能だっただけのこと」
「しかし、弱っている今がチャンスでは?」
「魔族無勢が、私に意見を申すか」
「……いえ。失礼いたしました」
アリエスは不敵な笑みを浮かべると、ひれ伏す魔物達へ向き直った。
その手には、禍々しい歪な形をした宝玉が握られている。
「魔物共よ! 間もなく我らが王、チェムルタース様がお目覚めになる! 王へ生贄を捧げるのだ!」
アリエスの演説に、魔物達が沸き立つ。
アリエスの傍に立つ魔族達も喝采を上げる。
「もうじき、我らの闇の世界が訪れる……ディアよ、その時が来れば、お前は特別に闇の世界の王となった私の妃として迎え入れてやろう」
アリエスは、厭らしい笑みを浮かべながら呟いた。
その手に持つ宝玉は、闇色に鈍く光り、怪しい鳴動を繰り返していた。
「アリエス様、私に指示をいただいても宜しいでしょうか」
アリエスの前に跪き、魔族の男が言った。
「では、お前は東の地へ向かうがいい。そこには土の精霊が封じられているという。そいつを従え我が下へと連れてくるのだ」
「畏まりました。必ずや成し遂げて見せましょう」
魔族の男はアリエスへ一礼し、祭壇を後にした。
これにより、リズ達と魔族の男は東の地で出会うことになる。
まだコルンを旅立ったばかりのリズ達は、この先で待ち受ける運命など知る由も無かった。
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