第29話 ロデオ

 ロデオは、幼い頃からずっと私の護衛として仕えてくれていた。


 彼は、当時アステア国騎士団の副長を勤めていた。

 そこそこの貴族の出だった彼は、そんなことは全く思わせないような気さくな人柄で、周りからの人望も厚かった。


 私が外に出る時は、どこへ行く時でも嫌な顔一つせず、いつも一緒に付いてきてくれた。

 それが私にとってはとても嬉しかった。

 私は最初、彼に兄のような感情を抱いていた。

 歳を重ねるごとにそれは、次第に別の感情へと変わっていった。

 そんな時、私がロデオと結婚すると言うと、彼は困った顔をして窘めてくれたっけ。

 冗談で言ったわけでは無かったんだけど……。


 あの日、政務で出掛けた帰り、ロデオは慣れない仕事で疲れた私に『花畑でも見に行きませんか?』と、町外れの丘へ立ち寄ってくれた。

 そこで出会ったのが、まだ幼かったリズとマリー。

 彼女達と過ごした時間は、友達というものと遊んだことのなかった私にとってとても楽しく貴重な時間だった。

 リズはとても優しい子で、マリーはとても人懐っこい子だった。

 彼女達と一緒に遊ぶ私を、時間を気にしながらも微笑ましそうに見ていた貴方。


 その後、ロデオは騎士団の中でも頭角を現していき、ついに最年少で騎士団長に就任した。

 私はそんな彼にプレゼントを贈った。

 大事な彼を守ってくれるようにと、フォス神の加護の宿ったお守りを手渡した。

 彼がそれをずっと肌身離さず持っていてくれたのを、私は知っていた。

 時に危険な場所へと赴くロデオ……お願い、神様、彼をどんな危険からも守ってください。

 私は、ロデオが無事に帰ってくることを祈り続けるばかりだった。


 アステア国が陥落した日、彼は騎士団長として周辺に発生したモンスター討伐に騎士達を従え出掛けていた。

 しかし、それはアリエスの企てた陽動で、騎士団が留守なことを見計らい、アステア国に対して反旗を翻したのだ。

 護衛に付いていた兵達はあっという間に殺され、私の目の前で大好きだった両親も殺された。

 迫るアリエスとアリエスの率いる魔物達。

 私はずっとロデオに助けを求め続けた。でも、その時、彼は傍には居なかった。

 アリエスの厭らしい顔が近付き、私はやがて意識を失った。



 次に目が覚めた時には、私の傍にロデオが居てくれた。

 アステア国の陥落、周辺の町の壊滅、両親を始めとした沢山の国民達の死。

 様々な悲しいできごとが、一気に私に降りかかってきた。

 彼は、私に『大丈夫です。私がずっと傍にいます』と言ってくれた。

 震える私を、彼はずっとその胸に抱いていてくれた。



 コルンへ向かう道中、彼はずっと私を守り続けてくれた。

 リズも私より幼かったのに、私を守るためにと俄然と魔物に向かっていく。

 私はいつも、守られてばかりだった。

 その姿を見て、私もいつかは彼らと一緒に戦えるようになりたい……そう思った。



 途中に立ち寄った町で、私達は宿に泊まった。

 リズは魔物との戦いで疲れたのか、ベッドに入るとすぐに眠ってしまった。

 この子はしっかりしているように見えるけど、まだまだ幼い子供だ。

 親しい人達も両親も亡くしてしまい、本当は辛く無いわけなんてないのに……リズはそんなそぶりを見せることは無かった。

 そっとリズの髪を撫で、私は宿の外へと出た。


 ロデオは見張りを続けていた。

 彼は、いつまでも私の護衛でいてくれる。

 ロデオは私を見つけると、心配そうに駆け寄ってきた。

 そんな彼を見て私は嬉しくなり、つい抱きついてしまった。

 彼は困ったような顔で頬を赤らめ、私を突き放した。

 私はとっくに自分の気持ちに気付いていた。

 彼は私を護衛対象の、良くて妹のようにしか見ていないかも知れない。

 そんな恐怖心に似た感情が私を襲った。

 だから、私は彼にこう言ったんだ。


『幼い頃からずっと……私は、男性として貴方を尊敬し愛しております』

『そんなこと言って……私をからかうのは止してください』

『ロデオ……私は本気です』


 真剣な目でロデオを見つめていると、彼はこう言った。


『私はいつでもあなたの傍にいますよ』


 そう言って、私の頭を撫でた。

 結局いつも、ロデオはこうやって私を子供扱いするのだ。


 そう思っていると私の腰にロデオの腕が回され、彼の顔がだんだんと近付いてきた。

 私は戸惑いながらも目を閉じた。

 星空の下、私達はそっと初めての口づけを交わした。

 甘く優しい口づけ……私の想いが初めて彼に届いた瞬間だった。



 コルン王国では、私は修道女として身を隠すことになった。

 ロデオは忙しい中、毎日のように修道院へと通ってくれた。


 修道院では私を特別扱いしないでほしいと言った。

 ここで真剣に修行をして、回復魔法を覚えたらロデオは私を褒めてくれるだろうか。

 コルンまでの道中、彼の横に立っていたリズやメアリを、本音を言えば羨ましいと思った。

 いつまでも守られるだけの私……こんなことでは彼に対等の立場とは言えない。

 私もいつか彼の横に立ち共に戦おう……そう思って辛い修行もがんばった。



 シスター達と町を回る時、リズの姿を見かけた。

 彼女はすっかり女性らしく成長していた。

 まだまだ幼い頃の面影はあるものの、私から見ても魅力的なその姿は眩しくもあった。


 ロデオがリズを連れて魔物討伐に出かけると聞いた時は心配もしたし、本音を言えば嫉妬もした。

 私も早く、彼にふさわしい女性になるんだ。

 彼の横に立っていても恥ずかしくないように、役立てるようになるんだ。

 そう思って、いつもより何倍も、私は修練に励んだ。


 デミアントという魔物との会談で、久しぶりにみんなに会った。

 リズは無実の罪で牢に入れられていたというのに、思いのほか元気だった。

 この子は……人を恨むということを知らないのだろうか。

 私に対してずっと笑顔を向けてくる彼女。

 私がどれだけあなたにヤキモキしていたかも知らないで……ううん、リズは私にとって、大切な妹のような存在だ。

 ともかく、この子が無事であったことに感謝を。

 あとは……この無垢な子に悪い虫がつかないように見張っていてあげなくてはね。


 会談に現れたデミアントの女王は、魔物のはずなのにその仕草は私なんかよりもよっぽど気品に溢れていた。

 ロデオもそんな彼女に一目置いているようだった。

 私は、この女王の仕草を食い入るように見ていた。

 いつか、アステア国を再興できたら、私は女王として国民の前に立つことになるんだ。

 その時に備えて、私は立ち居振る舞いも身に付けなくてはいけない。

 種族は違うけど、彼女を見て勉強しよう。

 そして、女王となった私の隣には、彼に立っていてほしい。

 そう思うと、心が熱くなった。


 デミアントの女王と話していたら、すっかり意気投合してしまった。

 なんと、デミアント達はアステアの再建を手伝ってくれるらしい。

 まさか魔物と、こんなに仲良く話す時が来るだなんて思ってもいなかった。



 その後、私は修行の甲斐もあって回復の初等魔法を覚えることができた。

 このまま中等の回復魔法も覚えれば、ロデオは私を頼ってくれるだろうか。

 そんな日が来るのが楽しみだ。

 先輩のシスターに教えを受けながら、私はさらに修行をがんばった。


◆◇◆◇


「ディア様、ロデオさんが……」


 ロデオの訃報を聞いた時は信じられなかった。

 嘘でしょ? 何かの間違いなんでしょ?


 クルスの顔は酷く困憊していた。

 もう、その表情だけでそれは信じがたい真実なんだと思い知らされた。

 手が震えた。足が震えた。

 体中が震えて、まるで心だけが宙に浮いてしまったかのような感覚だった。


 ロデオの遺体はとても酷い状態らしく、私は面会すら許されなかった。

 彼が持っていたとされる遺品が私に手渡された。

 あの日、私が贈ったお守り。

 祈りを欠かすことも無かったのに……このお守りが、彼を守ってくれることは無かったのだ。

 私はお守りを握りしめ、ただただ声を上げて泣いた。


 自分の無力さに泣いた。

 彼の傍に居られなかったことに泣いた。

 大切で大事な……かけがえの無い人を失ったことに泣いた。



 リズも大怪我を負ったという。

 それを聞き、気を取り直した私はリズの元へと急いだ。

 いつもの明るい彼女の表情はそこには無かった。

 肩には痛々しく包帯が巻かれて、酷く血が滲んでいた。


「ディア様……申し訳ありません……申し訳……ありません……」


 私は泣きやまないリズを抱きしめた。

 大事な人を……二人も失うところだったんだ。

 私はもう充分に涙を流した……リズが泣き止むまで、私はずっと彼女を抱き締めていた。


『いつでもあなたの傍に────』


 そう言った彼は……もう私の傍にはいない。

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