第28話 復讐者(2)

 辺りには、既に息絶えた兵士様達の姿が……。

 その中には、アステア国の騎士様達の姿もありました。


 倒れている人達の中に、生存者はいません。

 凄惨に広がる光景を目にしながら、私達は男が向かったであろうコルン王の下へ走りました。

 これ以上被害を出さない為にも……私達は急がなくてはなりません。


「リズ、昨晩戦ったばかりだが大丈夫か?」


 レド様が心配そうに私を見て言いました。

 まだ魔力は完全には回復していなさそうですけど、そんなこと言ってられません。


「大丈夫です、レド様!」


 謁見の間の前に辿り着きました。既に息を引き取った王の護衛達が倒れています。

 中からは、あの男の異様な魔力が漂ってきました。


 扉を開けると、目の前には戦い倒れた騎士達、そして、男に腹部を貫かれ喘ぐコルン王の姿が……男の姿はより一層変質し、まるで悪魔のような姿へと変貌していました。


「ゲルド! 貴様ァーー!!」

『ほう……貴様ら、私の魔法を打ち破ったというのか』


 男は私達に気付くと、腕に刺さったコルン王を薙ぐように放り投げました。


「コルン王!!」


 ロデオ様がコルン王を受け止めました。

 腹部から大量の血を流し、既にそのお顔には生気がありません。


『少し遅かったようだな。この通り、私は一族の復讐を成し遂げた所だ』

「【カペルキュモス】! コルン王の命を救ってください!!」


 間に合わないかもしれない……でも……!

 私は首飾りに手を当て、カペルキュモスを呼びだしました。


『優しき主よ、貴女の望みを叶えましょう』


 カペルキュモスの光の膜が、腹部から血を流し続けるコルン王を包み込みます。

 私の魔力が一気に減って行くのがわかりました。

 まだ間に合う──カペルキュモスはそう踏んだのでしょう。

 希望が消えたわけではありません。


『邪魔をするな小娘!』


 悪魔と化した男は、私に向けて鋭く腕を伸ばしてきました。


「させるか!」


 クルス様の剣が、男の腕を薙ぎ払いました。


『いいだろう。貴様ら纏めてここで排除してくれる』


 男は両腕を私達に向け、何やら念じ始めました。

 そうはさせまいと、ロデオ様は剣を構え男に向かって走り出しました。


「これ以上、お前の好きにはさせん!!」


 ロデオ様の持つ剣は、男に向けて頭上から真っ直ぐに振り下ろされました。

 でも次の瞬間、大きな金属音が響き、ロデオ様の持つ剣は音を立てて折れてしまいました。

 王を貫いていた腕は、ミスリルよりも固いようです。


『貴様から死にたいようだな。いいだろう……我が魔力を受けてみよ!!』


 男の腕からは、闇色の波動が一直線に放出されました。

 闇の波動に貫かれ、ロデオ様は血を吐きながらその場に倒れました。


「ロデオ様!!」

「ロデオさん!!」


 クルス様と私が駆け寄ろうとすると、ロデオ様は手でそれを制止しました。


「く……るな……!!」


 そんなことを言われても、ロデオ様は大量に血を流しています。

 すぐに中等クラスの回復魔法を掛けなくては、このままではロデオ様は──。


『まだ息があるのか貴様。しぶとい奴だ』


 悪魔はそう言いながらロデオ様の腹部を何度も踏みつけました。

 ロデオ様は苦痛に耐えながら、男を睨み続けました。


「やめて! やめてください!! ロデオ様が死んじゃう!!」

「ゲルド! 貴様ぁ!」


 すぐにでも駆けつけたいのに、ロデオ様の瞳は私達に来るなと言い続けています。

 なぜ……すぐにでも助けなくては、このままではロデオ様の命が危ないというのに……。

 ロデオ様は渾身の力で、蹴りつける悪魔の足を掴みました。


『貴様! どこにそんな力が……!? ええい、離せ! 離さぬか!!』

「メアリ……お、お前、ずっと魔力を………溜めていたよな…………」


 メアリ様は杖を構え、じっと悪魔を見据えていました。

 杖へと流れる膨大な魔力が、チリチリとこちらにも伝わってきます。


 悪魔へと杖を向けたその目からは、大粒の涙が溢れ出しました。


「そ、それで、いい……俺ごと、この悪魔を倒せ……!!」

『離せ! この死に損ないが!』


 悪魔は腕でロデオ様の首を刺しました。


 次の瞬間、ロデオ様の首が宙を舞い──。

 それでもその腕は、悪魔を離すことはありませんでした。


 あまりのことに、私はこの目の前で起きた出来事が、本当は夢なんじゃないかと錯覚しました。

 もう、あの強く優しいロデオ様は……私達に語り掛けてくれない……。


「【イグニション・デオインフェルノ】!!」


 巨大な火球がメアリ様の杖から発せられました。

 やっとの思いでロデオ様の手を振りほどき、その場を逃れようとしていた悪魔でしたが、メアリ様の魔法の方が一手早かったようです。


『グァアアアアッ!!』


 豪火球が直撃し燃え盛る中、悪魔の叫び声が響き渡りました。

 メアリ様は杖を構えたまま詠唱を続け、魔力を放ち続けます。


『こんなところで……こんなところで、終わってたまるか! 私は新たな王として、この地に君臨するのだ!!』


 悪魔が叫んだその瞬間、体中から闇の魔力が発せられました。

 その魔力は、メアリ様の高等魔法であろう魔法をかき消そうとしているようです。


「うぐ……ああぁぁーーっ!!」


 メアリ様は負けじと魔力を放ちます。

 魔力が注がれるたびに炎は膨張し、消されまいと燃え盛りました。


『ふっ……くっくっく!惜しかったな!どうやら私の勝ちのようだ!』


 悪魔の闇の魔力が、徐々にメアリ様の炎を押し返し始めました。


「ロデオさんだって頑張ったんだ……! あたしが……あたしが、ここで負けるわけにはいかないんだ!!」

「くらえぇええええ!!」


 とっさに駆け出したクルス様が、悪魔の脇から深々と剣を刺し貫きました。


『ガァァアアアアッ……カハッ! き……貴様ァ!!』

「ロデオの弔い合戦だ……この野郎っ!!」


 レド様は跳び上がり、悪魔の脳天へと斧を振り下ろしました。


『グァアアッ!! こ、この虫けらどもめぇええ!!』


 斧を受け止め、体勢を崩す悪魔。

 そして、再びメアリ様の炎が押し返し始めます。


『調子に乗るなよ!!』


 悪魔から放たれた闇の魔力が、クルス様とレド様を弾き飛ばしました。


「【エプリクス】!! あの悪魔を倒して!!」


 指輪が光り、火の精霊が悪魔へ向けて突進しました。


『精霊使いめ! 邪魔をするなぁ!!』


 悪魔から放たれた闇の波動が、私の肩を貫きました。

 肩に焼けるような激痛が走ります……でも!


「リズちゃん!?」


 こんな痛みで挫けていられません!

 あの方は……ロデオ様は、もっと痛かったはずです!


 エプリクス……私のことは構わず、その悪魔を焼き尽くしなさい!!


『主を傷付けた貴様の行い、万死に値するぞ』


 エプリクスは悪魔にしがみ付き、体中から炎を放出しました。

 メアリ様も更に魔力を集中します。


『こ、こんなところで……! こんなところで!!」


 悪魔の姿が、だんだんとゲルドと呼ばれた男に戻って行きます。

 もう男を炎から守るものはありません。


「もう少し……もう少しだったのだ!! 我が一族の悲願が……理想の世界が……!」


 何という執念……。

 信じられないことに、人間に戻ったはずの男は業火に焼かれながらもまだ倒れようとしません。


「くっくっく……冥土の土産に良いことを教えてやる……間もなく、世界は闇の恐怖に震えるであろう」


 半分朽ちたその体で、男はまだこちらを向いて話し続けます。

 その姿に、私は思わず恐怖を覚えました。


「精霊使いの娘よ、貴様は本来こちら側の人間だ! 何のことかわからぬか? 貴様の一族はその精霊の力で人類に仇為し、魔族と共に闇の世界を歩んだ一族なのだ!」


 もう片方しか残っていないはずの目で、男はじっと私を睨んできます。

 ただの人間のはずなのに……恐怖から、私はエプリクスに更に魔力を注ぎました。


「その力は諸刃の剣だ! 人間共はその力を恐れ、敵として貴様を排除しようとするだろう!! それでも、貴様は……奴らを助けようなどと考えられるか!?」


 男は笑い声を上げながら身を焼かれて行きました。

 焼かれながらも、まだ何かを呟いています。


「地獄で……見ていて……やる……ぞ…………」


 エプリクスとメアリ様の魔法が男を焼き尽くし、跡形もなく消し去りました。


 私の魔力も尽きる寸前のようです。

 エプリクスは、光となって指輪に戻ってきました。


 執念でしょうか……男の最期の言葉は、はっきりとこの耳に残りました。


「コルン王は……ご無事ですか!?」


 カペルキュモスは微笑んで、光となり首飾りへと戻りました。

 即座にレド様が王に駆け寄ります。

 胸の音を聞くと、安堵の表情で親指を立てました。

 良かった……無事だったようです。

 ホッとした途端、私の意識は薄らいで行きました。


 遠くでメアリ様の叫び声が聞こえます。

 心配掛けてごめんなさい……でも、お願いです。

 どうか少しだけ眠らせてください。


 ロデオ様……私はあなたを救うことができませんでした。

 ごめんなさい……ごめんなさい……。

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