第27話 復讐者(1)

 ヒノさんの怪しいクエスト騒動から一夜明け、騎士団や自警団の方々もフードの男の捜索に入りました。

 クエストの話を持ちかけられた冒険者はヒノさん以外にもいたようで、その方々の証言から、その怪しい男は城門付近をうろついていたという情報が得られたそうです。


「なんせ昨日のことだからな。既に犯人はどこか遠くに行っているのかもしれん……」


 ロデオ様も、なかなかそれ以上の有益な情報が得られないそうです。

 とはいえ、今回の犯人の目的が国家転覆だとしたらほっておくわけにもいきません。

 私もできる限り情報を集め、自警団の人達との犯人探しに協力することにしました。


 あちこちを回り話を聞きましたが、どこもたいした情報は得られませんでした。

 すると、武器屋の前でご主人と話していたレド様を見つけました。


「レド様、何かわかりましたか?」

「いや、全然だ。リズの方はどうだ?」

「私の方もさっぱりです」


 フードを被っただけの人でしたらこの町に何人もいますが、誰も彼もこれといって怪しい感じのする人達ではありませんでした。

 やはり、フードの男はこの町にはもういないのでしょうか。

 ここで逃げられてしまうと、いつまた別の手で、この国を襲ってくるのかわかりません。



「お、レドさんにリズちゃんじゃない! おひさー!」

「おひさって……メアリ様!?」


 ギルドに入ると、掲示板の前で熱心にクエストを見ているメアリ様と再会しました。

 他所の町でのクエストを終え、こちらに何か報酬の高いクエストが無いかと見に来られたそうです。


「なんだか町の中が騒がしいみたいだけど、何かあったの?」

「ああ……ちょっと厄介な事件が起こっちまってな」


 レド様は、フードの男のクエストのことから昨晩の出来事までを、メアリ様に全て話しました。


「つまり……何者かがその祠の石を盗んで、わざわざ呪いを掛けて、そのヒノっておっさんに渡したわけね」

「そうなんですよ。でも、犯人と思われるフードの男が見つからなくて困ってるんです」

「なるほどねぇ……」


 メアリ様は、ニヤッと笑いました。


「その呪いが掛かった石は、リズちゃんとレドさんが破壊しちゃったんでしょ? だったら、呪いを掛けた術者はただでは済んでいないはずだよ。身近に突然、体調が悪くなった人とか居たりしない?」


 メアリ様の話によると、呪術というものは失敗をするとその術者に返って行くものなのだそうです。

 なるほど……さすがメアリ様です。

 もし犯人がまだこの町の中に残っていれば、そこから何かわかるかもしれません。


「リズ、このことをロデオと自警団の連中に伝えに行くぞ!」

「はい!」

「がんばってねー!」


 メアリ様と別れ、私達は自警団の詰所へと向かいました。


 詰所にたどり着くと、そこにはちょうどロデオ様達も来ていました。

 私とレド様は早速、メアリ様に聞いたことを話すことにしました。


「そうか……なるほどな。そういうことなら、もしかしたら犯人がわかったかもしれん」

「本当ですか!?」

「昨晩、突然体調を崩した者がいるんだよ。これは……王にも話をしておく必要がありそうだな……」


 王様にも? 一体どういうこと……?

 ロデオ様とクルス様は、騎士団の方々を引き連れ王宮へ向かいました。

 私とレド様も一緒に王宮へと向かいます。


◆◇◆◇


「ロデオよ、例の事件のことはわしも聞き及んでおる。犯人がわかったというのは本当か?」

「今の段階では、その者が犯人の可能性が高いという話です。ただ、それが正解だった場合、この国にとって今後のことにもいろいろ影響してくると思います」

「ふむ……わかった。覚悟しておこう」

「有事に備え、警備の強化もお願いします」


 ロデオ様は王様にそれだけ伝えると、次は王宮にある医務室へと向かいました。

 ここは、体調が悪くなった方々が来るところだそうです。

 簡易的な治療などもここで行われますので、時期によっては利用者も少なくありません。


「クルス、レド、リズ。歩きながらでいい、聞いてくれ。もし私の予感が的中した場合、何らかの形で抵抗があるかもしれん」


 ロデオ様の表情は真剣です。この場で戦闘になるということでしょうか?

 レド様とクルス様の表情も硬くなります。


「実は、そのことを考えてリズ達にも来てもらった。なるべく王宮内での戦闘は避けたいがやむをえん。怪我人が出た場合はリズには回復魔法を頼みたい」

「承知しました、ロデオ様」

「クルスとレドも気は抜くな。……では、行こう」


 ロデオ様は医務室の扉を開けました。


 その医務室の中には男性が一人。

 苦しそうな顔で私達を見てきます。


「ゲルド、お前に聞きたいことがあって来た」


 ロデオ様はその男に話し掛けました。

 男は苦しそうな顔をしながらも、ベッドに寄り掛かるようにして立ち上がりました。


「騎士である貴様が、私に何の用だ……」

「病み上がりのところ済まない。町で発生した事件について聞かせてもらおうと思ってやって来た。お前なら……何か知っているのではないか?」


 その言葉を聞いて、男の表情が強張るのがわかりました。

 ロデオ様は男から視線を逸らさず、でも、その表情は厳しいままです。

 男はロデオ様を見ていたその視線を外すと、私を睨みつけて言いました。


「精霊魔道士の娘よ……石を破壊したのは貴様か?」

「あの石の事を知っている……では、あなたは……!」


 男から発せられる魔力が重々しく変わっていきました。


「貴様が私の計画の邪魔になることはわかっていた。だから私はあらかじめ貴様を牢に閉じ込めておいたのだ。それを、よりによってあの無能な王は……」


 男が右手を上に掲げると、頭上にあの石に書かれていた模様が浮かびました。


「私はかつて、この地に住んでいた一族の末裔だ。王にうまく取り入り、すぐ傍でずっと復讐の機会を狙っていた」


 先程まで苦しんでいたはずの男の姿はもうありませんでした。

 闇色の魔力を発しながら、男の姿は見る見る変わっていきます。

 その姿は、あの不気味なたくさんの目玉こそ無いものの、昨晩ヒノさんに取り憑いた魔物の姿によく似ています。


「ある男が私に力を授けてくれたのだ。私はこの力をもって、必ず一族の復讐をすると誓った」

「斬り捨てろ!!」


 ロデオ様の掛け声で、クルス様とレド様が同時に動きました。

 しかし、剣も斧も、その変貌した男の体に弾かれてしまいました。


「────【デオフレイムアロー】!」


 私の放った燃え盛る矢も、男の手で簡単に払われてしまいました。


『この地を再び取り戻し、私は新たな王となるのだ!!』


 男は両手から私達に向け魔力を放出しました。

 赤黒い霧のようなものに包まれたかと思うと、急激に焼けつくような痛みが全身に襲ってきました。


『苦しかろう……この魔法は、神経に直接作用し、受けた者に堪え難い痛みを与えるのだ』

「き、貴様……」

『貴様らはしばらくそこで苦しんでいろ。用件が片付いたらじっくりと料理してやる』


 魔物と化した男は医務室を出て行きました。


「魔物!?」

「どこから侵入したんだ! ……うわーっ!!」


 部屋の外から兵士達の声が聞こえました。


「このままでは……あいつは王の下へと行ってしまう……!」

「ロデオ様……回復を……!【ラウンドヒール】」


 私は必死で回復魔法を詠唱しましたが、この焼ける痛みは消えていきません。

 このままでは、コルン王国もアステア国の二の舞になってしまう……。


「全身が痛く痺れて……満足に斧も持てねえ……いや、立ち上がることも無理だ……」

「リズさん……精霊を……」

「その必要は無いわ」


 その瞬間、優しい光が私達を包みました。 

 体から焼けつく痛みが消えていきます。

 この声の主は……。


「なんだか嫌な予感がして……来てよかったわ」

「メアリ……お前、いつの間に回復魔法を!?」

「これ、【ラウンドキュアヒール】っていう魔法なんだ。リズちゃん、お姉さん今度はちゃんと回復魔法覚えてきたよ」

「メアリ様……」


 メアリ様は、やはり凄いお方です。

 この短期間で、回復魔法まで習得されてしまうなんて……。


「メアリ様ー!」

「リズちゃん、悪いけど感激の抱擁は後でね」

「そうだな、ゲルドを追うぞ。事態は思った以上に悪化した。メアリも済まないが一緒に来てくれ」


 動けるようになった私達は、医務室を出て男を追いました。

 過去の因縁による悲しい連鎖はまだ断ち切れていなかったようです。

 この国を……アステア国のようにするわけにはいきません。

 あの男を、なんとしても止めなくては……!

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