第23話 和平会談

 現在コルン王国では、デミアントとの和平会談の為の最後の準備が進められています。


「デミアントは一体何を食べるのだ? 人間が食べるような物で良いのだろうか」

「私も魔物へ料理を作ったことなどありませんからなぁ」


 ロデオ様は料理長と一緒に、デミアントの女王様達へ振舞う料理に付いて話し合っているようです。

 私がアリだった頃は、よく昆虫など生き物の死骸が好まれていました。

 落下した果実もよく運んでいた覚えがあります。

 意外なところでは、人間の落としたスナック菓子の破片も好評でした。

 そう考えると、こちらの世界のアリであるデミアントも結構雑食なのではないでしょうか?


「リズ……ロデオから聞いたわ。大変だったようね」

「ディア様!」


 本日の和平会談にはディア様もご出席されます。

 コルン王国・アステア国のトップの方々が集まり、デミアントとの共存に向けてこれからのことを話し合われるそうです。


「それにしても、リズが牢に入れられていたと聞いた時は驚いたわ。ロデオもクルスも、そんなこと全然私には言わないんだもの……」

「こうして無事に出していただけましたし、もう終わったことです」

「うーん……リズはこの件に関してもっと怒ってもいいと思うわ」



 しばらくして私達は城下町の門へ向かいました。

 エスカロ高原からはるばるやって来るデミアントの女王様を出迎えるためです。

 城門から平原を眺めていると、お供に兵隊のデミアントを引き連れた女王様が姿を現しました。


『リズ、お久し振りです。お元気でしたか?』

「はい、女王様」


 相変わらず女王様はお綺麗です。

 今日は、念入りにグルーミングもされてきたようで、高原で会った時よりももっとずっと輝いて見えます。

 ディア様も女王様に挨拶をしています。


「あなたがデミアントの女王……なんて言うか、魔物なのに気品がありますね」

『ディア様こそ、とてもお綺麗でございます』


 お二人ともすぐに打ち解けたようです。

 デミアントの兵隊達も、騎士団の方々と楽しそうに接しています。

 兵隊達は女王様のように会話はできませんが、触覚でうまくその感情を伝えているみたいです。


『今日はメアリさんはいらっしゃらないのですか?』

「メアリ様は元々冒険者の方ですので、今頃は別の街で何かクエストをされているのではないでしょうか」

『そうですか……。あの方にもお世話になりましたので、是非ご挨拶をしたかったのですが』


 女王様は少し残念そうにしていました。

 実際メアリ様は、アントライオン討伐の後、すぐに別の依頼があると去って行ってしまいました。

 なんでも、お金を貯めてどうしても買いたい物があるそうで。

 メアリ様は一体何をお買いになりたいのでしょうか?


「では王宮へご案内します」


 コルンの騎士団に案内され、女王様率いるデミアント達は王宮へと向かいました。

 城下町では、事前に知らされていたとはいえ実物のデミアントを見て驚く人々も見受けられました。


 子供達は少し怖がりながらも、デミアントの兵隊にお菓子や昆虫の死骸を渡していました。

 喜んだデミアントは、子供達に触覚でありがとうと伝えていました。

 デミアントの取ったコミュニケーションに、子供達は大喜びです。

 町の人々が彼らに対する警戒心を解くのに、それほど時間は掛かりませんでした。


◆◇◆◇


 デミアントの女王様を見たコルン王は、魔物であっても気品と威厳のあるそのお姿に大層関心を持たれていました。

 会談はお互いの共存と領土のお話などを中心に進んでいきました。


 コルン王は、女王様にこれまで通りに高原に住んでいただいて、もしアントライオンやアントイーターなどの強力な敵が現れた場合は協力を惜しまないと約束をしました。

 それに対し女王様は、高原の周辺を通る人間に対して、危険が及ばないように兵隊の護衛を付けることを約束してくださりました。

 人間と魔物だって共存できる────この事は、コルン王国だけに留まらず他国へも大きな波紋を呼ぶだろうとコルン王はおっしゃっていました。


『ディア様、先程少しお話に出ていた件ですが』

「何でしょうか、女王様?」

『ディア様は、アステア国の再興を目指されていると聞きました。そこで提案なのですが、それを私達デミアントにもお手伝いさせていただけないでしょうか?』


 女王様から出された提案は、アステア国復興の為にデミアントの働きアリを派遣し、建物の修繕や建築を手伝わせるという内容でした。


「女王様、本当に良いのですか? アステアは現在国としての力も無く、そちらへ献上できるものは何も無いのですが……」

『構いませんよ。リズ達のお陰で、今の私達があるようなものです。ただ、実際に手伝えるのはもう少し先の事になります。私も、その……女王として子を増やさないといけませんので』


 女王様はそう言うと、少し照れたように手で顔を覆ってしまいました。

 お婿となる雄アリを迎え入れ、子をたくさん産むことも女王様の務めです。

 女王様ならきっと、元気な働きアリをたくさん産んでくださると思います。


 コルン王は、私を閉じ込めていたことを女王様に話してしまいました。

 それを聞いた女王様は、コルン王の、隠しごとをせず正直に自分の過ちを話した真摯な態度に納得され、それによって特に和平がこじれるようなことはありませんでした。


◆◇◆◇


 和平会談は無事に終了し、女王様とデミアント達も高原へ帰られるようです。

 デミアントの兵隊達は、町の子供達にすっかり懐かれてしまい困っています。


「帰っちゃやだー」

「次はいつ来てくれるのー?」


 兵隊の中の一匹ひとりが、町の子供を優しく抱きしめてあげました。

 デミアントの働きアリ、兵隊アリも私のいた世界のアリ達と同じく皆雌のアリ達です。

 きっと子供達に対して母性が目覚めたのですね。


「それでは女王様、くれぐれもお気を付けて」

『ディア様も、何か困ったことがあれば遠慮なく私達に頼って下さい』


 将来女王様となるディア様と、デミアントの女王様。

 お二人は同じ立場という事もあって、友人としても仲良くなられたようです。


『リズ、あなたに伝え忘れていたことがあります』

「なんでしょうか、女王様?」

『あなたの使役する精霊魔法に関することです』


 精霊魔法のこと……?

 それは一体なんなのでしょうか?


『旅の商人から、エスカロ高原を越えたはるか東にあるエカルド地方と言う場所に土の精霊がいるという話を聞きました』

「土の精霊……!?」

『きっと、あなたならその精霊とも心を通じ合わせることができると思います。もし機会があれば、一度訪ねてみるのも良いかもしれません』

「わかりました。貴重な情報をありがとうございます、女王様」


 土の精霊……エプリクスやカペルキュモスのような精霊が他にも存在するようです。

 エカルド地方という地域のことは詳しく知りませんが、ロデオ様なら何かわかるかもしれません。


『それでは、皆様どうかお元気で』


 女王様とデミアントの兵達は、日の沈み始めた高原へと帰って行きました。


◇◆◇◆


「エカルド地方なぁ……結構距離があるぞ、あそこは」

「そうなのですか。では、私一人で行くのは難しいでしょうか」

「駄目だ駄目。それにあの地方は、治安もあまりよく無いと聞いたことがある。精霊魔法を使えるとはいえ、そんな場所にリズ一人で行かせられるか」


 先程女王様に聞いた件をロデオ様に相談してみたのですが、見事に大反対されてしまいました。

 そんなに危険な地域なのでしょうか?


 よくよく考えてみれば、土の精霊と会ってどうするということもありません。

 せっかく女王様に教えていただいたので少し気にはなりますけど、無理して会いに行くこともないですね。


「でも土の精霊か……もし土地を豊かにする力でもあれば、国の再建にも役立つかもな」

「それでしたら、ぜひ精霊の力を借りたいところですね」

「いや、思い付きで言っただけなんだけどな……」


 ロデオ様がポリポリと頭を掻いていると、そこへクルス様がやってきました。


「リズさん、もしよろしければ、エカルドへ行く際には僕がお供をしましょうか?」

「いいんですか? クルス様」

「大丈夫ですよね? ロデオさん」


 ロデオ様はそう言われると、私達をじーっと訝しげな目で見ました。

 しばらく考えて溜め息をついた後、なんと許可を出していただけました。

 クルス様は腕の立つ騎士様です。私も何度も助けていただいています。

 この方に一緒に来ていただけるのでしたら、多少治安が悪いところでも安心ですね。


 とはいえ、クルス様もコルン王国でのお仕事などがありますのですぐに旅立てるわけではありません。

 急ぐこともありませんし、時期を見て行ってみようかと思います。

 とりあえず、当面の私の仕事は畑仕事ですね。

 お世話をできなかった期間もありましたので、その分を取り戻せるように、がんばって畑を耕そうと思います。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る