第22話 囚われのリズ

 ここは謁見の間──。

 アステア騎士団長ロデオは、コルン王への直訴に訪れていた。


「いつまでリズを閉じ込めておく気ですか!」

「静まれ! 王の御前であるぞ!」


 エスカロ高原の魔物を無事討伐し、凱旋した騎士団達。

 しかし、その報告を受けたコルン王は、精霊魔法を操るリズ危険視し直属の騎士団へ拘束を命じた。

 それから二日過ぎたが、リズが解放される様子は無い。

 この対応に納得のいかなかったロデオは、コルン王に直訴する動きに出たのである。


「ロデオよ。あの娘は精霊を使役すると聞く。魔物も危険ではあるが、精霊魔法を使う者も我が国にとって脅威となりうる存在だ」

「リズは心優しい娘です! そのような事があろうはずもありません!」


 ロデオはコルン王国へ来てからというもの、リズに精霊魔法を使うことを禁じていた。

 それは、このような事態を想定してのことだった。


 アステア国での戦いの際、リズの精霊魔法を目の当たりにした当初は、ロデオもその力を危惧していた。

 だがそれ以上に、自身やディアに対し献身的なリズを見てその考えは捨て去ることにしたのだった。


「あの娘はメディマム族では無いのか?」

「メディマム族……?」


 まだ勇者と魔王が存在した時代、この世界には精霊魔法を操るメディマム族と呼ばれる一族が存在したという。

 各国に伝わる文献によると、その一族は人でありながら魔族へくみし人類への反逆を行ったと記録されている。


 既にお伽噺となりつつあるような、はるか昔の話である。

 アステア国騎士団長を務めているとはいえ、ロデオがこのことを知らないのも無理は無かった。


「兵からの報告によると、その特徴は見当たらないとのことだが……」

「特徴……? それは一体……」

「メディマム族の髪の色は、総じて赤髪だったという。あの娘の髪色は赤くは無い……そういうことだ」

「リズは、ただの町娘です。精霊魔法が使えるのだって、たまたまあの宝石にその力が宿っていただけのことで……」

「ならば、あの娘に精霊を呼びだす方法を聞けば、誰もが精霊魔法を操れる……お前はそう言うのだな?」

「……」


 実はロデオは、高原での戦いのあと、魔道士に精霊の召喚を試させている。

 アントライオンに勝利したとはいえ、こちらの軍勢の中には怪我人も多くいた。

 そこで、魔力に余裕のあった魔道士達に、水の精霊を呼び出させ治療にあたらせようとしていたのだ。

 しかし……いくらカペルキュモスの名を呼ぼうとも、魔道士達が魔力を込めようとも、その宝石から水の精霊が姿を現すことは遂に無かった。


「あの娘がメディマム族かどうか、それはまだわからぬ。だが、精霊魔法の使い手を野放しにしたまま国を危険に晒すようなことは、一国を束ねる王としてはできぬのだ」

「リズを解放しなくては、せっかくまとまっていたデミアントとの和平も無くなります」

「魔物との和平など笑止。あやつらも全て焼き払ってしまえば良い」


 そう冷たく言い放ったのは、コルン王の側近であるゲルドと言う男。


 ロデオはこの男に一抹の不信感を抱いていた。

 アステアが陥落する以前、まだ健在だったアステア王と共にコルン王の下へ訪れた時にはいなかった男。


 ここ数年で側近として台頭してきたであろうゲルドは、アステアが陥落し救援を求めた際にも、アステア国への支援を渋っていた。

 この時は、コルン王がアステア王の古くからの友人であったこともあり、独断でディアやアステアの難民を保護するよう取り決めてくれたのだ。


「王よ、デミアント討伐の許可をお出しください」

「ううむ……」

「そのようなことはおやめ下さい! あの者達は、魔物とはいえ善良な者達です!」

「貴様、王へ意見を申すというか!」


 ゲルドはロデオの発言を遮るように叫んだ。


「騎士や魔道士達も、あのデミアント達が善良な魔物であったことは実際に見ている! 我々はデミアントの女王に救われました! リズの精霊魔法にしても、我々を守るために使役したものです!」

「しかし……」

「王よ! リズと、その精霊魔法が無ければ、私もディア様もここにはいられなかったのです!」

「……ロデオよ……わかった。お前がそこまで言うのであれば、わしはリズという娘と会ってみようと思う」

「何をおっしゃいます! 王よ!?」


 コルン王の言葉に狼狽するゲルド。

 ロデオは他国の騎士団長とはいえ、その実力や功績からコルン王国でも一目置かれている。

 さしものコルン王も、そんなロデオの必死な訴えに何かを感じ取ったようだ。


「ありがとうございます!」

「礼には及ばぬ。全ては実際にその者と話してから決めることだ。デミアントとの和平に関しても、それから考えよう」


 リズとの面会は、すぐにでも行われるという。

 これで解放されるかどうかはまだわからない……が、少なくとも王が直接面会するというのであれば大きな前進であることは間違いない。

 アステアの件からずっと、リズがよくやってくれていたことをロデオは知っている。

 もちろん、本当に善良な心を持つものだということもわかっている。

 だからこそ、一刻も早く解放してやりたい……そういう気持ちがロデオにはあった。


 ロデオは再度王へ礼をし、謁見の間をあとにした。


◆◇◆◇


 私の手には手枷が付けられています。

 精霊の力が宿る指輪や首飾りも没収されてしまい、私は一人格子のついた窓から外を眺めていました。


 外は良い天気です。

 畑に水を撒かなければ、せっかく育ててきた野菜も枯れてしまいます。


 ずっとここにいるので正確な時間の感覚はわかりませんが、時間が経つと見張りの兵士が私に食事を持ってきてくれます。

 手枷は外せないので、置かれた食事は直接食べるしかありません。

 人間に生まれ変わってからは手を使うことが当たり前になっていましたので、これはなかなか不便です。

 私がアリだった頃は、こうして食べるのが当たり前だったのですけどね。


 ディア様は今頃どうされているのでしょうか。

 デミアントの女王様はお元気でしょうか。

 ロデオ様、メアリ様、レド様達はお元気でしょうか。

 寂しいです……この中には何もありません。


「王がお前とお会いになるそうだ」


 見張りの兵士が格子越しに言いました。

 いよいよ、私は処刑されるようです。


 精霊魔法に関しては、ロデオ様から使わないようにと忠告を受けていました。

 その忠告を破ったというわけではありませんが、許可を出す時のロデオ様の表情が渋っていたのを覚えています。

 でも……もし、あそこでロデオ様が許可を出さなかったとしても、私は精霊魔法を使っていたことでしょう。

 精霊達のおかげで、アントライオンを倒し、デミアントの女王様を救うこともできました。


 私がどうなろうと、後悔はありません。

 でも……最期に願いが叶うというなら、ディア様やロデオ様……お世話になった方々にお会いしたかった。

 今になって、少しだけ寂しいという気持ちが沸いてきました。


 しばらくすると、遠くから兵士達の声が聞こえました。

 きっと、コルン王が来られたのでしょう。

 じっと格子の外を見ていると、やがてこの場所には似つかわしくない方の姿が見えました。

 王様には護衛の騎士が数人ついています。


「お前が……リズか?」

「はい」


 王様に問いかけられ、私は素直に答えました。


「なるほど、ロデオが言う通りだな。優しい目をしている」


 王様は、じっと私を見つめてきました。


「お前に聞きたい事があるのだが……良いか? 時間は取らせぬ」

「私に答えられるようなことでしたら、なんなりと……」


 王様からいくつか質問をされます。

 精霊のこと、両親のこと、出生のこと、私が扱える魔法のこと。

 それについて、私は答えられる限りのことを隠さず答えました。


「ふむ……つまり、その精霊の指輪は母親から譲り受けたものだと」

「はい……首飾りの方はご存じでしょうか?」

「リオンという者が、お前に持っているようにと言っていた首飾りであるな。まさか精霊の力が宿っていようとは……」


 リオンは精霊のことに関しては話していなかったようです。

 もしかしたら、彼も私がこうならないように気遣ってくれていたのでしょうか。


「失礼ながら……発言をお許しください」

「申せ」

「リズさんがいなければ、我々は無事に帰って来られたかわかりません」


 王様の隣にいた騎士様です。何となく、その顔には見覚えがありました。

 この方は、高原で一緒にアントライオンと戦ってくださった騎士様です。


「あの時、精霊魔法が無ければ全滅もあり得ました……高原での戦いは、それほどの戦いだったのです。怪我を負った時も、彼女の回復魔法に助けられました」

「……ふむ」

「はっきり言いましょう。リズさんが、精霊魔法を使って国家を脅かすなどと……そのようなことはあり得ません!」

「……」

「恩人である彼女が、こうしてこのような場所で苦しむ姿を見るのは堪えらないことです……」


 騎士様の発言に、王様は頷くと牢の鍵が開けられました。


「リズよ、すまなかった。わしはこの国の恩人に対し、とんでもないことをしていたようだ」


 そして、鍵を渡された騎士様の手により、私を束縛していた手枷は外されました。


「お前はわしを恨むだろうな」

「いえ、そのようなことは……私達アステアの難民を受け入れていただいたことに関してましても感謝しております」

「このようなことで許されるとは思えぬが……」


 王様と騎士達は私に向け頭を下げてきました。


「私の様な者に頭を下げるなど、そのようなことはおやめ下さい」


 私が必死で止めると、コルン王はようやく頭を上げました。

 こうして王様との面会も終了し、私は二日ぶりに外へと出ました。


「リズ!」


 私を呼ぶ声がして振り向くと、ロデオ様とクルス様がそこにいました。

 たった二日程なのに、牢の中で過ごした私にとっては何日もお会いしなかったかのように思えます。


「ロデオ様、クルス様、ご心配お掛けいたしました」

「まぁ、無事出られて良かったよ」

「リズさん……大してお力になれず、申し訳ありませんでした。すぐにでも駆けつけたかったのですが……」

「いえ、そんな……心配していただいてありがとうございました」


 こうしてお二人と話していると、ようやくあの薄暗い空間から出て来られたのだと実感します。


「指輪と首飾りは、すぐにでもお前に返すとしよう。ロデオよ、デミアントとの和平も、そなたの言うように受けることにする」

「ありがとうございます!」


 ロデオ様は深々と頭を下げました。

 私に対する疑いも解け、デミアントとの和平も決まり、ようやく安堵の一時が訪れた……この時は、そう思っていました。


 しかし、そんな私達を見つめる怪しい姿が、そこにはあったのです。


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