第16話 悪魔再び
早いもので、私も十五歳になりました。
孤児院を出て、一人で生活するようになってもう二年です。
今日は、畑仕事をしています。
やはり土いじりは落ち着きますね。
前世がアリだった私にとって、こうして畑を耕したり、収穫した野菜を運ぶこのお仕事は天職だったみたいです。
「リズさん、ここに居られたんですね」
倉庫へ向けて荷車を押していると、クルス様がやってきました。
「クルス様、おはようございます。見てくださいよ、このジャガイモ。立派に育ちましたよ」
「確かに立派ですね……って、そうじゃなくて。ロデオさんがリズさんを呼んでいます」
「ロデオ様が……私を?」
私を呼んでいるって……一体何の用事なのでしょう?
とりあえず、この野菜は倉庫に運んじゃいましょう。
◆◇◆◇
クルス様に連れられて、王宮の方へと向かいました。
コルン王国の王宮へ入るのは初めてですので、少し緊張してしまいます。
「リズさん、本当にこの数年でお綺麗になりましたね」
「ありがとうございます、クルス様。お世辞でも嬉しいです」
クルス様は、いつもこんな感じで私をからかってきます。
会うたびにこうして褒めてくださるので、なんだか少し恥ずかしいです。
階段を上がり、会議室に通されると、そこには騎士団の方々が大勢並んでいました。
「ロデオ様、お久しぶりです」
円卓の前で、ロデオ様と五年振りの再会をしました。
「リズか!? 見違えたな……もうすっかり大人だ」
「ありがとうございます、ロデオ様。ところで、私にご用件があるとお聞きしましたが」
「ああ、それなんだが……これを見てもらえるか?」
ロデオ様は円卓上に、この地域の周辺の地図を広げました。
「ここのコルン北にある丘陵なんだが、アントライオンが出現したとの報告があってな」
「アントライオンですか? なぜこんな山岳地帯に……」
「どうやらここにあるエスカロ高原に、奴らの主食になるデミアントが棲息しているらしい」
「デミアント?」
「ああ、リズさん、デミアントというのは……」
クルス様の説明によると、デミアントというのはアリ型の魔物だそうです。
アントライオンだけでなく、デミアントも人間に害を為す魔物ということで、ギルドでも討伐対象となっているみたいです。
そういえば、ギルドの掲示板で何度か討伐の依頼を見たような気がします。
この世界にも、前世の私と同じような大きさのアリは存在しています。
デミアントは普通のアリとは違い大型で、集団で人を襲ったりするそうです。
今回騎士団に下された任務は、丘陵のアントライオン及びデミアントを討伐し、交易の安全を確保することだとか。
「リズも知っての通り、アントライオンには我々騎士の剣は通りにくい。そこで国中の魔道士にも声を掛けたんだが、なかなか人数が集まらなくてな……それでリズにも手伝ってもらおうと声を掛けさせてもらったというわけだ」
「そうでしたか……」
正直なところ、前世がアリの私には……魔物とはいえ、アリの討伐を幣助するというのはちょっと気が進みません。
「メアリにも声を掛けておいた。リズが来ると言ったら、それはもう喜んでいたよ」
「あの……まだお手伝いするとは言っていませんよ?」
デミアントの相手は騎士団の方々が受け持つそうですけど、アリが剣で斬られたりするところはあまり見たくないのが私の本音です。
「アントライオン相手だからと精霊魔法を使う必要は無い。その為に少数とはいえ魔道士達にも声を掛けたんだ。むしろ、あれは絶対に使わないでくれ」
「え……? でしたら、なぜ私を?」
「リズが魔法を習得済みということは聞き及んでいるよ」
「そうでしたか……。でも、私は……」
私がロデオ様に返事を言い淀んでいると、後ろから懐かしい声が響いてきました。
「リズちゃ~~~~ん!!」
メアリ様です。
それはもう、ものすごい勢いで抱き付かれてしまいました。
私が挨拶をする暇もありません。
「メ、メアリ様、お久しぶりです……」
「リズちゃんってば、すっかり大きくなっちゃって! あたしのことはお姉様と呼んでもいいのよ!?」
「そ、それはちょっと……メアリ様に失礼かと……」
ひたすら頬ずりを受けて苦しんでいる私を見かねて、ロデオ様がなんとか力尽くでメアリ様を引き剥がしてくださりました。
こんなに焦ったのは、岩の魔物と戦ったとき以来のことです。
まだ少し、心臓がドキドキしています。
「リズちゃん、久しぶりに一緒に戦えるね! お姉さんもうリズちゃんに会えるのが楽しみでさ!」
「あの、私まだ、今回の討伐に参加するとは……」
「あれからあたし、更に魔法の修練を積んでね! パワーアップしたメアリ様の魔法を見せてあげるから!」
「ですから……その、ですね……?」
……駄目です。
メアリ様のマシンガントークがずっと続きます。
チラッとロデオ様を見ました。
あきれた顔で私達を見ているだけで助けてくれません。
じゃあ、クルス様は?
クルス様ならきっと助けてくださると思っていたのに、プイッと目を反らされてしまいました。
皆さん、薄情です……。
「リズちゃん、ずっと会いたかったんだから!」
「あ、えっと……私もですよ……」
「本当に!? やっぱり、あたしとリズちゃんは運命の糸で縛られてるのね!」
「えっと、いま私は物理的にメアリ様に縛られている感じです……」
お願い……誰か、助けて……。
◇◆◇◆
ようやくメアリ様から解放され、先程の話に戻ります。
先程要約された感じで簡単に話を聞きましたが、主な目的は、コルン王国と他国の交易に使われているエスカロ高原の安全を確保すること。
ロデオ様としては、お世話になっているコルン王へ忠義を示す為にも、この依頼を断る事はできなかったそうです。
確かに、コルン王国には私達アステアの避難民を助けていただきました。
そうなると、私もこの討伐をお手伝いするしか選択肢は無さそうですね。
「……わかりました、私もお手伝いさせていただきます。でも、アントライオンの相手でしたら、メアリ様だけでも充分ではありませんか?」
「それがな……行商達の話によると、複数体目撃されているんだよ」
あれ以来、あの悪魔に対する恐怖を払拭したつもりではいますが、複数体ともなると、さすがにちょっと……。
意気揚々と作戦説明を始めたロデオ様を尻目に、私は今回のお手伝いを受けてしまった事を、いろいろな意味で後悔しました。
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