第15話 五年の月日が流れました

 もう魔物はいませんね。


 私はその場にしゃがみ込みました。

 ホッとしたら、一気に体の力が抜けてしまったみたいです。


「おい、大丈夫か?」

「大丈夫です。ちょっと疲れただけですから……」

「そうか……」


 リオンは私を心配そうに見ていましたが、口をギュッと閉じると手下の盗賊団達の方に振り返りました。


「野郎共、盗賊団は今日限りで解散する」


 リオンの言い放ったその言葉に反論する者はいませんでした。


「騙してすまなかった……」


 そう言ってきたのは、私を騙して酒場から連れ出したあの男の人です。

 うーん……お母さんの指輪も無事に戻ってきたことですし、許してあげましょうか。

 私は、手元のその大きすぎる指輪を眺めました。


「小娘……じゃないか、何て言うんだ……名前……」

「私はリズです」

「そうか。リズ……俺達なんかを助けてくれてありがとうな」

「本当は、あなた達なんか助けるつもりはなかったんです」


 また頭をグシャグシャと乱暴に撫でられました。

 髪の毛がくしゃくしゃになっちゃうのでやめてほしいです……もう。


 その時──辺りに枝葉を踏む音が響きました。

 その音は、こちらへとどんどん近付いてきます。


 もしかして、まだ魔物が……?

 私には、もうほとんど魔力が残っていません。

 リオンが私の前に出て身構えました。


「リズちゃん! 無事なの!?」

「メアリ様!」


 扉の先から現れたのは、レド様とメアリ様、そしてロデオ様をはじめとした騎士団の方々です。


「ギルドでリズちゃんが怪しい男に連れて行かれたって聞いて……ごめん……ごめんね、リズちゃん!」

「心配掛けてごめんなさい……メアリ様」


 メアリ様にギューっと抱きしめられてしまいました。

 なんだかお母さんにギュッとされてるみたいで安心します。


「リオン盗賊団だな」


 騎士様の一人が、リオンの前に立ちました。


「お前達を捕縛させてもらう」

「ああ……わかってるよ。抵抗はしない」


 リオン達盗賊団は、次々と縛られ連行されていきます。


「リオン……」

「リズ……俺達はきちんと罪を償ってくる。へへっ……最後に気付かせてくれてありがとうな」


 彼は悲しそうな顔をして笑うと、騎士様に引っ張られ連れられて行きました。


「ロデオ様……」

「リズ……彼らを裁くのはこの国の法だ。私達にできる事は何も無い」


 酷い目には遭いましたが、それでも私は、たぶん……彼らを結局最後まで憎むことはできなかったんだと思います。


 この後、彼らがどうなってしまうのかはわかりません。

 でも、最後に見たリオンの笑顔を思うと、私はなぜか悲しい気持ちになりました。


◆◇◆◇


 盗賊団のアジトを出た私は、レド様とメアリ様に連れられ宿屋へと向かいました。

 夜を迎えた城下町はすでに静まり返り、虫達の鳴く声が聞こえます。


 コルン王国の城下町にはあちこちに野菜の実る畑もあり、その景色はどこかゼラの町を思い出させました。


 もしも……もしも、町が襲撃されたあの時、カペルキュモスがいたら……ゼラの町の人々も助けられていたのでしょうか。

 ヒールでは救えなかった人々も、私のお母さんも……カペルキュモスだったら救えていたのでしょうか。

 ……こんなことを考えても仕方ありませんね。

 あれこれと考えても、もう私の両親も町の人々も……マリーも戻らないのですから……。


……

…………

………………


 あの襲撃から生き残ったアステア国の人々は、コルン王国へと移り住むことになりました。

 コルン王の計らいでディア様の保護も決まり、その見返りとして、ロデオ様を始めとしたアステア国の騎士団は、復興までの間コルン王国に仕えることになりました。

 ディア様は現在、身分を隠す為に表向きは修道女として修道院で過ごされています。


 水の精霊の力が宿った首飾りは、盟約をしてしまったとはいえ所有者がいればきちんとお返しするつもりでした。

 でも、これはリオン盗賊団が冒険者から仕入れた物で、盗品では無かったそうです。

 リオンからは、私に持っていて欲しいと言伝があったと騎士様にお聞きました。


 両親を亡くした子供達は孤児院へ集められました。

 私もその中の一人です。


 毎日マザーのお手伝いをしながら勉学に励み、時々訪れる魔道士様達に魔法を教わったりもしました。


 武器の使い方も覚えようと、リトル様に弓の使い方も本格的に習いました。

 最初はうまく弦が引けませんでしたが、リトル様の指導のおかげで私の弓の技術は少しずつ上達していきました。

 リトル様と一緒に狩りに出ては、獲れた獲物を修道院へと持ち帰ります。

 マザーも子供達も大喜びしてくれます。


 時々この孤児院を訪れてくださるクルス様の話によると、ロデオ様は相変わらず忙しいそうです。

 ディア様も修道院でがんばっていらっしゃるみたいですね。

 アステア国の王家の方としての特別扱いは受けず、なんと普通に修業されているそうです。

 私もがんばらなくちゃ……アステア国が復興したら、ディア様に仕えることが私の夢なのですから。


 畑仕事も覚えました。

 畑を耕すのってとても楽しいですね。

 できたての野菜は瑞々しくてとても美味しいです。

 私は筋がいいらしいですよ。

 ほめられると、素直に嬉しいです。

 農家の方々は、どなたも優しい方ばかりです。


 勉強もがんばります。

 もっと賢くなって、悪い人に騙されないようにしなくちゃいけません。

 文字の読み書きも覚えました。

 これでどんな本だって読めます。難しい魔導書だって読むことができます。

 中級の魔法に【デオ】の加護……。


 精霊達に頼ってばかりではいけません。

 私自身、もっと強くならないと……。




 そして、あっという間に五年の月日が流れていきました────────。

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