第14話 水を司るもの

「エプリクス、あの岩の魔物達を攻撃してください!」

『御意!』


 エプリクスは、こちらへ迫ってくる魔物達に向かって炎を浴びせました。

 魔物達は炎に押され、ジリジリと外へと後退して行きます。


 エプリクスの炎は、この建物にも引火しました。

 私も早くここを離れなければ危険です。


「うぅ……」


 リオンの手下達のうめき声が聞こえます。


「助けてくれ……死にたくないよ……」

「怖いよ……助けて……」


 彼らはもう満足に動けません。

 建物が燃えてしまえば、彼らも一緒に焼かれてしまいます。


「……死にたくない……」


 大怪我をした一人が、涙を流しながら言いました。


「……あなた達は……。もしも私が逆の立場だったら……助けてくれるというのですか!?」

「……痛いよぉ……」

「あなた達は勝手過ぎます! 悪い事ばかりしてきたのですから、こうやって天罰が下るんですよ!!」


 苦痛に喘ぐ声、絶望に咽び泣く声が聞こえます。

 こんな人達がどうなろうと……。


「……お母さぁん…………」


 その声を聞いた時、私は無意識に動いていました。


「……ありがとう……ありがとう……」


 思わずヒールを掛けていたのです。


「ずるいです! ……そんなの……そんなの! ずるいよ!!」


 悪人だったこの人達にも、お母さんがいる。

 心配してくれる人がいるんだ……。


 私は、手遅れになっていない人達にヒールを掛けて回りました。

 リオンにもヒールを掛けます。


「すまん……」

「ここはもう燃えてしまいます。あなたは動ける手下の人達を連れて、どこへでも行ってください」


 ヒールの力で動ける程度に回復したリオン。

 私は彼の顔を見ることなく、ただそう言いました。


『ぐぬぅ……!』


 岩の魔物を攻撃しているはずのエプクリスから発せられた苦しそうな声。

 振り向くと、そこには疲弊しているエプリクスの姿が目に飛び込んできました。


「エプリクス、どうしたの!?」

『こやつら、炎だけでは倒せぬ……』


 大きな岩の魔物は、エプリクスの炎を受けても表面が多少黒くなるだけで大したダメージを負っていないようです。

 無機質のそれは、まるで私達を嘲笑うように頭をぐるぐると回しています。

 岩の魔物達は炎を受けながらもゆっくりと歩を進め、こちらへと向かってきました。


 エプリクスの火力が弱まっていきます。

 きっと、私が弱気になっているせいです。

 どれだけ炎を浴びせても岩の魔物は後退こそすれ、その体にダメージを受けている様子はありません。


 魔物の中の一体の体が小刻みに震え始めました。

 なんだか嫌な予感が走ります。

 次の瞬間、魔物の前に幾つもの魔法陣が出現し、詠唱のような声が響きました。


「魔法!?」


 魔物から大小の岩の弾丸が一斉に飛んできました。


『主よ! 我が後ろに隠れるのだ!』


 エプリクスが私の前に大きく手を広げて立ちはだかります。

 彼はその体で、私に飛んで来る弾丸を受け止めてくれました。


「ありがとう、エプリクス!」

『あやつだけ、他の魔物とは違うようだな……』


 魔法を使った魔物は、姿かたちは他の魔物と同じように見えますが、体から怪しい光が放出されています。


「ぐぁああっ!!」

「……えっ!?」


 周りを見渡すと、リオン盗賊団は先程の弾丸を受け、息も絶え絶えになっていました。

 リオンも右腕がおかしな方向に曲がり、苦しそうな顔をしながらその腕を押さえています。


「リオン!」

「くっ……お前は火の精霊も使役できるようだし、一人なら逃げられるだろ……。俺達はもういい……お前一人だけでも逃げろ」


 私は何も言わずヒールを彼に掛けました。

 折れてしまった腕を治すには、中等以上の回復魔法が必要です。

 私の初等魔法ヒールでは、彼の怪我を治すことができません。


「ごめんなさい……私では痛みを軽減するのが精一杯です」

「このお人好しが!! 俺達は……お前の大事な指輪を奪った上、お前を売ろうとしたんだぞ!」

「例え、盗賊団でも……生きている人達を助けられないのは……私の目の前で誰かが死ぬのは、もう嫌なんです……」


 リオンは私の頭の上に左手を置き、グシャグシャと乱暴に撫でました。


「な、何をするんですか!?」

「もっと早く、お前みたいな奴に会っていたら……俺達は盗賊なんかならずに済んだのかもな」


 リオンは倒れている手下から斧を拾い、左手に構えました。


「うぉぉぉおおおおお!!」


 リオンは叫び声を上げて、魔物に突撃して行きました。


 彼の手にした斧は粉々に砕け散り、魔物は拳を振り落としました。

 その攻撃は、満足に回復していなかった彼を吹き飛ばしました。


「リオン!?」


 急いでリオンに駆け寄りましたが、もう彼は痙攣するだけでまともに動けそうもありません。

 かろうじて、その瞳だけが私を見つめてきます。

 小さく口が動き、“逃げろ”と聞こえました。


「そんな……そんな……」


 リオンだけじゃない……盗賊団は皆瀕死でした。

 もう……ここにいる誰も、私のヒールでは救えません……。


『主よ、一度撤退するのだ。その者の意思を無駄にしないためにも』

「嫌です……! 嫌です!!」


 無駄かもしれない……でも、私は彼にヒールを掛けます!

 間に合って……お願い! 間に合って!


『主よ……お前は優し過ぎるのだ』


 光る岩の魔物を中心にして、魔物達が次々と迫ってきます。

 エプリクスは私の前に立ち、迎撃では無く防御の体勢に入りました。

 ごめんなさい、エプリクス……あなただって魔物攻撃を受けて痛くないわけは無いのに……。

 あなたにばかり負担を掛けてしまってごめんなさい……。

 もし次に岩の弾丸が来たら、リオン達は……。


 私にもっと力があれば、誰も苦しませずに済みました。

 ゼラの町の人達だって、救うことができたはずです。

 私にもっと、人を助けられる力があれば────────!

 


『心優しき者よ────貴女の真意は受け取りました』


 誰かの声がします。

 透き通るように響く女性の声です。


『この声……水の精霊か!?』


 エプリクスは何かに気付いたように叫びました。

 私の目の前には、いつの間にか透き通るような青色の宝石の付いた首飾りが浮かんでいました。


『私と【盟約】をするのです。さすれば、ここの者達を救い魔物を退けると約束しましょう』


 【盟約】────?

 エプリクスと同じように?


『さぁ、私を手に取り【盟約】を────────』

「わかりました……あなたと盟約します! だから、どうかここにいる皆さんを助けてください!」


 私はその首飾りを握りました。


『心優しき者よ、貴女に忠誠を誓いましょう。心に念じ、私の名前を呼ぶのです。私の名は────────』


「────【カペルキュモス】」



 首飾りから眩しい光が溢れ、私の体から魔力が吸い取られていきます。

 やがて光は収束し、穏やかな表情の綺麗な女性の姿を象りました。


 これが、水の精霊……。


『心優しき主よ、まずはこの者達を癒します』


 カペルキュモスは腕を天へ掲げました。

 指先から細かい粒子となった水が発せられ、この建物の全体へと広がっていきます。

 それは、燃え広がっていた延焼を消し、リオン達の傷を癒やしていきました。


「う……あれ?」

「確か、俺は魔物に……」


 次々と怪我をしていたはずの盗賊団達が起き上がります。


『さて、次はその魔物ですね』


 カペルキュモスは、そのしなやかな指先を岩の魔物に向けました。

 圧縮された水が、魔物に向けて放たれます。

 水は光る岩の魔物に突き刺さり、あれほど頑丈だった体を貫きました。


 カペルキュモスが指を斜めに下ろすと、魔物の体はそのまま斜めに切り裂かれ、力無く崩れ落ちていきました。


『水の力を侮らないことです』


 残った魔物達は、光る魔物が動かなくなるのを見ると一斉にこちらへ突進し始めました。


『さて、火の精霊。少し協力していただいてもよろしいかしら?』

『水の精霊よ。お前と協力するのはしゃくだが、主の為とあらば仕方あるまい』


 エプリクスは突進してくる岩の魔物達に炎を浴びせました。

 魔物達は炎を受け、じりじりと後退して行きます。


『わかっているようですね。では、次は私の番です』


 カペルキュモスのかざした手のひらから大量の水が放たれました。

 その水を受けた魔物達の体には、次々とヒビが入って行きます。


『さあ、貴方達も自然へお還りなさい』


 カペルキュモスが力を強めると、魔物達は粉々に砕け散りました。


『魔物は滅んだ。我々は石の中へ戻るとしよう』

『心優しき主よ、またお会いしましょう』


 二体の精霊は再び光となり、私の持つ宝石の中へと消えて行きました。


「これが精霊の力……」


 怪我が治り、いつの間にか立ち上がっていたリオンがぽつりと呟きました。

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