一つの推理 - 3

《三月末のビーチサイド候補》


モンテローザに改名したリーマン・R・ドミネイト候補がSan Francisco市長選挙戦で健闘し始めると、ビーチサイド候補は苛立ちを公然と表明し、なりふり構わなくなってきていた。


しかし、ビーチサイド候補は以前からの言動が大きく変わったわけではない。

変わったのは、San Francisco市長選に再出馬した、という事実だけである。


ビーチサイド候補は、この再出馬を公然と咎めるわけにはいかない。

なぜなら、石油王であるショート候補の前例があったためだ。


リーマン・R・ドミネイト候補の問題を追及することが、自分自身の首を絞めることにつながるのであった。



そして、3月末ビーチサイド候補は公約を完成させる。

この公約の完成ブーストにより支持率が上向きになるかと思いきや、もうその頃には有権者の興味は支持率1位のフラワービレッジ候補に移っていた。


しかし、それに対して反応を返したのがペニー・グーテナハト候補である。

それが、沸点の低いビーチサイド候補をさらに怒らせた。


そして、リーマン・R・ドミネイト候補のビッチサイドへの改名で怒りは頂点に達する。


こいつらも、モンデリーズのように、また消えればよい、と。

ビーチサイド候補は、モンデリーズ候補の一連の殺人事件に選挙管理委員会が関わっていることを推測していた。

選挙管理委員会に不満をぶちまけると、次の日には屍体が増えるからだ。


そして、選挙管理委員会が見ているはずの支持者集会で次のような発言をする。


「私を非難するのは構わないが、他の人の迷惑を考えろ」


そして選挙管理委員会に不満の連絡をする。

あいつらを消せ、と。



《殺害動機の消失と犯行予告声明》


リーマン・R・ドミネイト候補による一連のビーチサイド候補への煽りは、ただ狂犬が噛み付いているというわけではなかった。

この一見頭のおかしい一連のの煽りは、モンデリーズ連続殺人事件の真相解明のために仕掛けた罠であった。


リーマン・R・ドミネイト候補が以前殺害未遂を受けた際にきっかけがあったのだろう。

リーマン・R・ドミネイト候補は、モンデリーズ連続殺人事件は、ビーチサイド候補と選挙管理委員会によるものであると疑っていたのだった。



ビーチサイド候補を煽りに煽って、自身への殺害の動機を作り出した上で、その日のうちにSan Francisco市長選の出馬を取り下げた。

この瞬間、リーマン・R・ドミネイト候補はSan Francisco市長選の候補者でなくなり、ビーチサイド候補を守るために消す必要性がなくなってしまったのだ。


その際に、選挙管理委員会がどう動くかをリーマン・R・ドミネイト候補は監視していたのだった。



当然、選挙管理委員会はこれ以上ビーチサイド候補を苛立たせるわけにはいかない。

全ては選挙の"成功"のため。

きちんと行動していることを、ビーチサイド候補に見せなければならないのだ。


そして、翌日。

今まで無言で殺害を続けてきた犯人が、誰かを殺す前に犯行予告声明を出すという、極めて不可解な事件が勃発するのだった。



《最初の犯行予告声明について》


最初の犯行予告声明は誰を狙ったものだったのだろうか。

「卑猥な公約や頭のおかしい改名をSan Francisco市長選で繰り返すな。公約の主張を頻繁に変更したり、改名を頻繁にしている奴らは皆殺しだ」


卑猥な、というのはペニー・グーテナハト候補を、

頭のおかしい改名、というのはリーマン・R・ドミネイト候補ことモンテローザもしくはビッチサイド候補のことであろう。


公約の主張を頻繁に変更したり、改名を頻繁にしているというのも、リーマン・R・ドミネイト候補に当てはまる。


一方で、目下問題となっていた『モンデリーズ』や「美しい」については一切触れられていない。

『モンデリーズ』や「美しい」に絡めれば、ペニー・グーテナハト候補、リーマン・R・ドミネイト候補、さらにはチェリーロゴス候補すら一掃できるのにである。


チェリーロゴス候補がターゲットから外れた理由の一つに、ビーチサイド候補の支持率を上回っていなかった、ということが挙げられる。

ペニー・グーテナハト候補やリーマン・R・ドミネイト候補と比べて、チェリーロゴス候補はターゲットとしては優先度が低い。


犯行予告声明で「美しい」という公約を犯行動機にしなかったのは、チェリーロゴス候補は消す必要がなかったから、というわけである。

それに、もし「美しい」という公約を犯行動機にしてしまうと、ターゲットの数は膨れ上がってしまう。

すでに全米全土で、公約に「美しい」を取り入れることは日常茶飯事になっていたのだ。



このようにペニー・グーテナハト候補とリーマン・R・ドミネイト候補を狙い撃ちにした犯行予告声明は、うまく機能するように思えた。

しかし、この犯行予告声明には問題があった。


エクスタシー・ワンレスト候補の存在である。



《最初の犯行予告声明を取り下げた理由》


卑猥な、という文章で有権者が想像するのは、ペニー・グーテナハト候補だけではなかった。

サンディエゴオールドタウン市長選のエクスタシー・ワンレスト候補である。

卑猥な、という一点にかけては他の追随を許さない公約であった。


圧倒的な支持率を誇るエクスタシー・ワンレスト候補を巻き添えにして殺すわけにはいかなった。

選挙管理委員会はどうにか、エクスタシー・ワンレスト候補を除外し、ペニー・グーテナハト候補とリーマン・R・ドミネイト候補を狙い撃ちにする犯人の”動機”

を作らなければならなかった。


しかし直ちに犯行予告声明を取り下げて、新しい犯行予告声明の"原文"を作り出さなければいけない状況下では、よい”動機”を作ることは不可能に近かった。


そもそも今回の犯行予告声明は、一種のビーチサイド候補への機嫌取りにすぎない。

ビーチサイド候補の怒りの矛先は、ペニー・グーテナハト候補よりもリーマン・R・ドミネイト候補の方に向いていた。


よって、選挙管理委員会は新しい犯行予告声明の"原文"で、リーマン・R・ドミネイト候補だけに狙いを定めることにする。



《二度目の犯行予告声明の原文》


犯行予告声明の原文は、主にリーマン・R・ドミネイト候補の一連の行動を問題視する原文となった。

つまり「公約をパクったり揶揄ったりする行為」だけを咎めて、卑猥な公約についてはとり下げたのだ。

「揶揄る」というのはビッチサイドへの改名に他ならず、リーマン・R・ドミネイト候補だけが狙い撃ちにされていることがよくわかるだろう。


そして、原文の中でさらに「公約をパクる」という文を加えることによって、『モンデリーズ』や「美しい」に関連した全ての候補者へ警告することにも成功している。

ビーチサイド候補への機嫌取りの犯行予告声明としては十分なものであった。



しかし、リーマン・R・ドミネイト候補の一連の行動の中で、もっとも問題となる行為について頑なに触れていない様子がわかるだろうか。


そう。

リーマン・R・ドミネイト候補の一連の行動は『選挙の出馬先を変える』という行為から始まっていたのにもかかわらず、一切その件には触れていないのだ。


なぜならそれを咎めることは、ビーチサイド候補に関連した石油王ショート候補に繋がってしまうからである。



《リーマン・R・ドミネイト候補の元に届いた怪文章》


時を前後して、リーマン・R・ドミネイト候補の元に届いた怪文章がある。

これも当然、選挙管理委員会の仕業であるだろうが、ここには「別の候補者の名前や公約を模倣する行為」について書いてある。


この文章をそのまま読むと、大多数の人が想起するのは『モンデリーズ』をもじった『モンテローザ』への改名であるが、実はそうではない。


『ビッチサイド』への改名だけを指しているのだ。

ビーチサイド候補を揶揄するときだけ、こんな怪文章が1日も経たず送られてくるのだ。

これこそが、今回の選挙が如何に闇の深いものかを示す証拠なのではないか。


『モンテローザ』への改名が含まれていないとなぜ断言できるかというと、私にはある確信があるからだ。

『モンデリーズ』への改名の先駆けである5人の『モンデリーズ』たちとモンデリーズJr.の元にはこんな怪文章は届いていない、という。


なぜなら、私は——



編集注:文章はここで途切れています

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