Meeting again
枕に埋めた顔をゆっくりと上げた。ぼんやりとしたはっきりとしない瞳で部屋にあるデジタル時計を確認する。
12月 22日 9時 32分
私という短い絵巻が終わってから2週間が過ぎた。
あの後、私はすでに私が運び出された後の葬儀場で目が覚めた。自分が焼かれるところなんかもちろん見たくないし、急いで私の部屋まで戻り、閉じこもった。ここがせめて私の部屋じゃなくなる時までここで過ごそうとすぐに決心できたからだ 。しかしながら両親はなかなかこの部屋に入ろうとはしなかった。当然といえば当然かもしれない。私は一人っ子だったから2人に他の子供なんていない。自分らの先に我が子が逝ってしまう悲しみはきっと私の想像を絶する、途方もないものだ。私といえば大して親孝行もできぬまま死んでしまった親不孝者、こんなんになってしまってはどうしようも出来ない。たまに意を決したのか母が部屋に入ろうと扉をあけるも、すぐに泣き崩れて出て行ってしまう。だから結果として私の部屋は生前と寸分たがわぬ状態のまま綺麗に保存してあり、そして恐ろしいほど静かだった。
私は今日までベッドで倒れこみ、音から遠い世界で夢を見るようにあの日を脳内で再生していた。改めて考えてみると幽霊というのは思っていた以上に次から次へと未練が出てくるものだ。昨日辺りから本当に壊れてしまいそうで深く考えるのを極力避けるようになって、そして今に至るわけだ。
家に誰もいないのを慎重に確認し、そっと勝手口から外へ出た。瞬間に冬の冷たい空気が私を通り過ぎて家の中に風を送り込んだ。外の世界は憎たらしいほど晴れていて私には少し眩しかった。
外の世界に出てみる。
それは私にとって大きな決断だ。あの部屋でじっとしていてもどんどん腐っていくだけ。ならば今残っている人たちのためになりたいというの結論が出た。まずは私が死んだ世界を認めることが大事なのかもしれない。だからとりあえず両親は家にいないという理由と、湊の様子が心配という理由で彼の家に行ってみることにした。立ち直ってくれているといいが、もしまた琴さんのときの様 に潰れそうなら何とかしてやりたい、そういうつもりだ。
「…でも、今の私に何ができるのかな?」
本心をため息と一緒に吐き出してしまった。
結局、私はこの身体でできることを何 一つとして知らない。人に触れなれないし、声を届けることも姿を見せることも出来ない。不思議と物には触れるようだが、そんな私が出てきたところでまだどうしようもない現実を突きつけられて折れてしまうのではないか。
正直なところすごく怖い。
でも、諦めて逃げるのも嫌だった。それにもう一つ本心を言うとここまで来たらもうヤケクソだということだ 。実際自分はもう死んでいてこれ以上折れてもこれから困ることなんてない、自分に言い聞かせるように私は考える。
そんなことを脳内で復唱しながら湊の家の門の前に立った。どこの一軒家にでもありそうな背が小さい黒色の門。この門を前にしてここまで緊張と不安がこみ上げてくるのは初めての経験だった。いや、これまでにもあったが、それとは全くの別なものに感じた。
ただの門とわかっているのにこれがたった今も私のことを睨みつけているようにしか見えなかった。
「・・・でも自分で決めたことだし、行かなきゃ」
何とか決心して門の取っ手に手を掛けようとした瞬間。
「か、香乃?」
不意の聞きなれた声、これから聞こうとしていた声に私の心臓が口から出てきそうだった。声の主が誰かなんて見なくてもわかる。
「・・・みなと?」
搾り出した声は震えていた。
だって彼には私の姿が見えるわけない。
「・・・本当に香乃か?」
振り返ると彼も驚きと歓喜の感情が瞳から口から零れていた。
すぐにわかる、彼には私が見えているんだ。
「湊ぉ!!」
思わず無我夢中で彼の胸に飛びついた。強く抱きついた。でも、そんな私の身体はあっさりとすり抜けて彼の腕を通過した。
「うわっと!?」
「きゃ!」
私はバランスを失いかけて腕を前でぶんぶんと振った。彼も必死に私を受け止めようとするも、私の身体は虚しく彼を透き通り、呆気なく地面に衝突した。
どてっ
「いてて・・・」
「大丈夫か?」
彼がかなり慌てた態度で数歩下がった。まあ、すり抜けた状態の私と重なっていたんだ。人間同士がこういうふうに重なっているのはものすごく奇妙だ。私だってさすがにこれは引くくらい驚く。
「・・・どうなってんだ?」
ゆっくりと起き上がる私を見ながら彼が首を傾げた。私もハァとちょっとした疲労のため息をついて「実は私、今幽霊なの」と、彼に打ち明けた。
「幽霊?」
当然彼は目を丸くした。
「うん」
その意味を納得してしまったのか、私が頷くとほぼ同時に彼の表情が曇ったような気がした。
「とにかくさ、合いたかった・・・香乃」
彼は静かに雫を落した。それは私もだよ、そう言おうとしてついつい泣き崩れてしまった。
空にはとてもとても遠い青色の海原に純白のわた飴が流れていく綺麗な晴れの日だった。日の光に慣れてきたのか、さっきまでギンギンと目にしみるように憎たらしいそれは私の心を和やかにしてくれた。川の冷水も透き通るような音色で演出してくれている。道には人影も物音もなく、穏やかな静寂に包み込まれていた。
彼はこの一週間、ずっと寝込んでいたそうだ。あの日、彼が泣いていたあの日からつい昨日まで気を失っていたという。「私のせいでごめんね」、そう言うと彼は「お 前が謝ることじゃねぇよ」と視線を落した。
変わって私が死んでからどうしていたかを説明すると彼は何も言わずに肩にそっと手を回した。もちろん触れることはできないけれど彼はそうしてくれた。彼が昔 、泣いていたよく私にしてくれたことだ。あの事件以来、彼とまったく話したことがなかったからそんなこととっくに忘れていた。今でも変わらずにそうしてくれる彼に少しだけ昔のような親近感を覚えた。だから私も寄りかかるように彼にそっと近づいた。
そしてこれが一番大事なところだが、どうして彼には私が見えるのということ。 訊いてみたところ彼自身もどうしてなのかわかってないらしい。少しだけ違和感を覚えたが、結果としてはいい事だからそれ以上は考えないようにした。
「それにしても湊が一応元気でよかったよ」
「なんでだ?」
彼は不思議そうな声で私は見る。
「だって湊は変なところで責任感じちゃうところあるから、もっとどんよりしてると思ってた。いきなり俺のせいだとか言って謝られたらどうしようか不安だったからね」
そう言うと彼は一瞬厳しく顔を引き締めたがすぐに困ったように緩めた。そして肩にあった手を私の頭に持ってきて「わざわざ俺の心配なんかするなよ」と言って撫でるように動かした。
実のところ、彼が謝るのが一番怖かった。だから会話をなるべく切らないように して隙を与えないで私は口を動かし続けていた。
きっと今の彼はどうしても謝罪したいんだろう。表情がの変化があまりない彼でもしっかりと顔に書いてあった。でも、今謝られるとまた泣いてしまいそうで、彼に向かって自分の死に対する憎しみを吐き出しそうで嫌だった。心が壊れかけていた私には今こうして話しているだけでも嬉しくて煌いていた。それと同時に後悔が喉をゆっくりと上ってくるのを感じた。
「・・・香乃」
さすがに会話が途切れてしまい、あせり始めて頃に彼が口を開いた。
「何かな?」
「明日もこうして会えないか?」
彼の言葉に少しだけ驚いた。彼のほうからそう言ってくれるとは思ってもみなかったのである。
「・・・うん」
私は彼の言葉にYESと返事をした。
「ありがと、湊」
彼と別れて家に戻る。見ると車が家の駐車場に捨てるように止めてあった。お父さんの薄い空色のスターレットだ。そういえばお父さんが車にうるさいのを思い出した。そのお父さんが自分の愛車をこんな粗雑に扱うなんて考えられなかった。矢で心臓を貫かれるような痛みが胸を襲う。
音のないように家の玄関を通り過ぎ、狭い家の裏口への道に足を忍ばせる。そこからキッチンとリビングが一望できる窓があるからだ。そして見る限り両親はリビングにいるようだった。扉の前に人がいないと確認し終えると急いで玄関に戻り、ゆっくりと扉を開いた。私の幽霊がいるなんて2人に知られるのはあまり気が進まない。第一私の姿は生きた人には見れないんだ。だから幽霊の存在を知ったとして私とはわからない。何も解決してないのにいきなり霊能力者とかに消されちゃうのは御免だ。
「とは言ったものの、私のせいでどんよりしてるのは目に見えてるよね・・・」
今、私が2人の力になれるなら出来る限りなりたい。ろくに親孝行もせず親よりも先に死んでしまうという親不孝までしてしまった。だからなんとかしたいと考える私がいる。でもここで幽霊がこの家にいるということになればどうなる? それに2人を変に怖がられるのもどうだろう?そう言い訳する私もいるわけだ 。
それでも、やはり向き合わなければいけない。
「・・・はあ、私ってやっぱ弱いな」
自分の脚がどうしても階段を上がろうとしている。身体は正直だと言わざる得ないということか。
結局親の様子を確認することもなく自分の部屋に戻ることにした。
カチッ・・・カチッ・・・
時計の針が頭の中にジワジワと鈍い痛みを与える。また今日もこうして常闇の時間まで泣いている。昼間だって外に出ることなく。
カチッ・・・カチッ・・・
やっぱりこうも静かだと秒針というのは相当こたえる。無意味とわかっていて一応時刻を確認するとまだ11時と10分くらいだ。
ウチの精神はこうしていることで思っていた以上に磨り減っていた。
気づいたのはつい今朝のことだ。常にどの景色とも焦点が合わなかったウチの目がたまたま洗面台の鏡に焦点があったのだ。
………あれ、これ誰?
心の底からそう思った。
自分の目の前にあるものが鏡だと理解するのにかなりの 時間を労した。目の前の女の子は、目はまるでパンダのように周りが黒くなり、 頬に少しずつニキビが出来ていて、全体的に痩せこけて不気味とさえ思った。これが本当に自分なのかと驚きはしたがショックを受けることも嘆くことも取り乱すこともしなかった。むしろ納得がいった。あれから一睡もしていないし、口に物を入れたのも昨日水を飲んだくらいだ。記憶自体が曖昧だったが食事なんて摂った覚えがない。摂ろうにも水くらいしか喉を通らないんだから仕方ないよ。
もう一度時計を見る。11時17分。
でも、外へ出るときっともっと傷口を抉られる。だからこうしてただゆっくりと削られていくことしかできなかった。
「香乃・・・」
虚空の暗闇の中で今亡き親友の名を呼ぶ。別に返事が来るなんて思っていない。 でも期待はしたかった。あと一回だけでもいいから彼女の声が聞きたかった。どう しても面と向かって謝りたかった。
彼女はもういない。
川原の風はきっと冷たくてこの時期だと相当寒いのだろう。どれくらいかというと人影が一つもないくらい。たまたまかもしれないけど。
それにしても幽霊というのは最後に着ていた服装から変えられないらしい。というのは今着ている高校の制服を 脱ぐことも上から着込むこともできない。否、実際には脱いだり着たりすることは出来る。出来たとしても服はこの世にあるモノだからそれだけが浮いて他の人に見られたら大変なことになりそうだ。
言葉が出てこなくて、私はとりあえずため息を吐き出した 。
私は昨日の約束通りに川原に来ていた。
家を10時くらいに出てきたからそろそろ約束の11時になる頃だと思う。彼を待つにつき、さっきからこうして川の流れをずっと眺めているわけだけど、不思議となかなか飽きない。そして不思議と何かを考えさせる。考え事にはちょうどいいスポットかもしれない。
「・・・・」
ーーー明日もこうして会えないか?
昨日の彼の言葉が頭の中で再生される。確かに彼と会うのは私も望んでたことだ 。だけど、彼と会って私はどうしたいんだろう。自分でもよくわからない。
「わかんないよぅ・・・」
虚空の中に呟いた。
わからなくなんてないよ、私はきっと残った人たちの力になりたいんじゃない、幽霊であることを否定して逃げたいだけ。
「・・・違う」
違わない、だってならなんで昨日、私は親から逃げたの?もういない自分を確かにしてしまうのが怖いんでしょ?
「違う」
湊なら私が見える、そこにいるとわかってくれる。彼は私が唯一存在を確かめられるモノだもんね。彼と話してるときは幽霊ってことだって忘れられると思ったんだよね?
「違う!」
「香乃」
不意に彼の声がした。
「大丈夫か?」
「・・・大丈夫だよ」
彼から目を逸らした。罪悪感でとても彼のことを見れなかった。
「・・・大丈夫じゃないだろ、これ使えるか?」
彼がポケットからハンカチを取り出した。すぐにどうして私がハンカチを渡されるのかわからなかった。それが表情に出ていたのか「涙拭けよ」と、優しく言った 。そうか、私泣いてたんだ。
「あ、ありがと」
今時の男子は基本ハンカチにティッシュなんて持ち合わせていないものだが、こういうものをしっかり持っているのも彼らしい。ほんの少しホッとする。でも、溢れ切れんばかりの負の感情はそれを大きく上回った。
「ねぇ・・・湊」
「ん?」
彼はまだ心配そうに答える。
「私、もうわからないんだよ」
「・・・香乃」
「何で私、ここでこんな事してるの?」
「・・・・」
彼は私の問いに黙ったままだった。
「言葉は届かないし、誰かの温もりも感じられない。そんなの寂しすぎるよ。 ねぇ、教えて、私は何で死んじゃったの?」
言葉の途中から熱が篭もってきて震えていることに気づいたものの、すでに言葉 を止める術はなかった。
「だって私何も悪いことなんてしてないよ!ただ湊に笑って生きて欲しいって願っただけなのに、何で死ななきゃいけないの!?それとも、私みたいな凡愚な女の子は神様にお願いするのだって許されないって言うの!?そんなの、理不尽じゃない。許せないじゃない…!」
私の言葉は川の流れる音が一つ一つを綺麗に流していった。やがて、静寂が辺りを支配し、その場の緊張を何倍も重くした。
「ねぇ・・・私、どうしたら、いいの・・・?」
そしてすがるように彼を見据えた。でも彼は目を逸らさなかった。
「香乃」
それどころか彼はゆっくりと私に近づいてきた。よく見ると彼の瞳は潤みきって いた。きっとごめんなとか俺が悪かったとかで泣きながら謝られると私はすぐに確信した。
「まだ、諦めるのは早いぞ」
「え?」
「お前でも、いやお前にしかできないことがあると思うんだ。一緒に探そう、少なくとも今の俺にはお前の声は聞こえている」
彼はその泣きそうな顔と反して力強い言葉を私に手渡した。さすがに少し驚いた。それでも彼の表情には苦痛が見て取れた。
ああ、そっか。
湊は私のことを思ってこうして元気付けようとしてくれてるんだ。今ここで彼が私の予想通りに謝罪すれば沈黙した重い空気と途方もなくどうしようもない絶望感が襲ってくるだけだ。それを理解したうえでの行為なんだ。この川原で今度は私が元気付けられる、のか。少しだけ可笑しい気がした。
「ごめんね」
私なりに笑顔を作った。
「そうだよね、まだ諦めちゃダメだよね。これからもお願いね」
私はそう言ってその顔で笑ってみせた。私は所詮この世にいない人なんだ。だからこそ湊に気をあまり使わせちゃいけない。だってこれから私の分まで歩んでくれるのはきっと湊だから。
なんて決めつけるのも、少し勝手な話だよね…。
それからまた昨日みたいに話し合った。なんと今日は彼の手作り弁当持参だった 。一応食べるみたいなことはできたから私も一緒に食べさせてもらった。どういう原理か、味らしきものはちゃんとした。優しい味がした。
そして、とにかく私は明るく振舞った。昨日よりもがんばったかも知れない。でも、途中からは本当に楽しかった。というのは彼のほうが昨日に比べて明るくなったようだったからだ。たくさん話しかけてくれた。もしかしたら無理してるのかもしれない、けれど私には本当に楽しんでいるように見えた。皮肉にも、さっき否定したのに自分が幽霊であることを忘れられた。これなら、いっそこのままでもいいと少しだけ思ってしまった。
やっぱり私は弱いな。
気がついたら夕日が見える時間だった。こうして川原から見る夕日は何だか現実離れしていて漫画にでも出てきそうだった。彼に向かって自分の思いの丈をぶつけたのは反省している。だって彼だってすでに大切な人を失っているんだ。それなのに自分だけ好き勝手なことを言ったのは褒められることじゃない。でも後悔もしていない。それこそ彼には悪いけど、彼のお蔭で少しだけスッキリした。
まだ大事なことは何も解決していないけれど、それでもきっと一番初めの一歩を今日踏み込めたと思う。多くの学校では一年に一、二度は心理学の人やカウンセラーの先生が講義をしてくれるだろうが、彼らの言うとおり、悩み事は誰かに話すといいのかもしれない。
・・・自分勝手だな、私。
話は10分ほど前から途切れていて、2人で静かに川と夕日とを眺めていた。夕日はさらに輝きを増し、紙と筆を持ってこれば一句書けそうな景色だ。これほどの絶景がこんな近所にあるなんて気がつかなかった。
私は徐にそっと彼の夕日に当てられて朱色に染まる彼の顔を覗き見た。今までと変わらず、彼の顔からは一切の表情が零れていなかったが、それでもかなり柔らかくなったかもしれない。それがとても微笑ましくて思わず、 私はクスッと笑ってしまった。
「な、なんだよ」
「ううん、何にもないよ」
そう言って再び夕日に目を向けた。こうしているとついついこんなことを思ってしまう。
このままでもいいかなって。
もちろんいいわけなどない。私が憑いたままじゃ彼は一生幸せなれない。私のせいで生きている人々のこれからが閉ざされてしまうのはやっぱり嫌だ。でも、今は、彼とこうしていたかった。
過去をやり直せるならやり直したい。もちろんそんなことができないのはわかっているし、きっと私は過去をやり直せても千明を見捨てることなんてできない。なら、こ うして静かにささやかな幸せを糧にして存在するのも悪くないと思った。
わかっているのに、綺麗で聖なる夕日は私には少し痛かっ た。
そうして、私の頭の中は同じことを永遠と繰り返していた。
「そろそろ、行くか?」
彼の優しい声が徐にこの時間の終わりは告げる。本当はもっとこうしていたかったけど私は彼に「うん」と、頷いた。
「もう真っ暗だな」
「大袈裟だよ、まだそれなりに明るいよ」
そう言いながら湊を見上げる。でもこっちの視線に気づいていないのか、彼は正面を向いたままだった。
歩き馴れた暗い小道を私たちはゆっくりと下っていた。もう日はもうほとんど沈んでいて、夜の帳が落ち切るのに数分もかからないことだろう。やっぱり幽霊でも 冬は寒いものだ。制服のスカートから出る足が夜風にさらされてかなり堪える。さっきも彼が心配してコートを貸そうとしてくれたが、私の姿は彼にしか見えてない 。他から見ればコートだけが一人でに動いてるよう見えるというわけだ。だから断ってしまった。今思えば夜なんだし、人通りが少ない道だし、思っていたよりも寒いし、借りておけばよかったと後悔している。
まあ、過ぎたことだし気にしないでおこう。
「ねぇ、湊」
「なんだ」
「明日も会えないかな」
「やだ」
一瞬、凍りつく。
「おい、本気にすんなよ。冗談だ」
だったらせめてもっと冗談らしい表情をしてよ。とまではさすがに言えなかった。
「そんな酷い冗談やめてよ」
代わりに少し小さくなって言う。
とても平和で自分が死んだことなんて忘れられる、何度確認しても、私にとって小さい、数少ない幸せの時間だった。
そのときだった。
家まであと5分くらいの住宅が並ぶ道路まで着ていた。
そこで見たものが信じられなかった。
肩まで伸びたボサボサな髪に、ヨレヨレの長袖のTシャツ、青白く痩せこけた顔、どう見ても全くの別人だが、私が彼女の、親友の顔を間違えるはずがなかった。
咄嗟に焦りが生まれた。
「湊!あの娘呼び止めて!」
「はっ?」
不意の要求に彼も戸惑いの声を漏らすがそんなこと言っている場合じゃない。
「お願い、あの娘千明なの!早く!」
「おう」
そして私と湊でほぼ同時に走り出した。
「待って、千明!」
「おい、君月!」
正直なことを言うとただの人違いで終わって欲しかった。私のただの思い過ごしで終わって欲しかった。しかし、現実は甘くないと私は再度思い知らされてしまっ た。振り返った少女はまさしく、君月千明その人だった。
「・・・・・えっ、香乃?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます