Blackout
デパートから出ると空はすでに黒くなっていた。数多の星が輝き、まん丸の満月 が煌く。綺麗な夜空の日だった。よく目を凝らすと真冬のオリオン座が顔を出している。星そのものに私は詳しくないけれどそれでもわかるほど綺麗な星空だ った。
「なんだか、星が綺麗だね」
私の後ろから千明が感嘆の声を上げる。そして雨宮もその声に反応して上を、寒空を見上げる。
「確かに綺麗だな」と、彼も楽しそうだった。こんなに心地よい夜なんていつぶりだろうか。彼がまだ昨日までみたいに潰れたままだったら、きっと今日ここでこんな出来事さえなかった。このまま上手くいって昔の明るい彼に戻ってくれたらいいのに。私は心からそう思った。
行きとは違い、帰りは3人で楽しく談笑しながら歩道を歩んだ。それでも彼は一 度も、クスリとも笑ったりしなかったが、それでも「楽しい」という感情が彼の声 、態度からにじみ出ている。それを見る度に私のほうが笑ってしまう。
「ーーークシュンッ!」
ベトッ
不意の思わぬくしゃみ、嫌な音がした。
「・・・は、はわわっ、ごめん、テッシュかぢてぇ!」
混乱状態に陥った私は思いっきり鼻声でそう言ってしまった。もちろん・・・。
「あはははは!!何やってんの!?香乃めっちゃ鼻水出てる!」
今更ながら私の現状の詳細説明をすると、鼻から粘着性の高い液体を噴射し、手がそれでベタベタとくもの巣を形成しているのだ。
「何やってんだよ、本当」
呆れながら湊がポケットからティッシュを取り出し、3枚ほど私に渡してくれる 。それを急いで鼻に当て、拭き取りる。
「あ、ありがとう・・・」
恥かしくて顔から火が出そうだった。
「まったくお茶目だな、この娘はー」
「そんな属性になりたくないよ」
私は顔を赤くしたまま千明の言葉に答える。実際にそんな属性になりたくないし 、大体そういうのは千明のほうが似合うと思う。私はそういう役回りじゃない。
そんな感じで千明にふてくされた態度を取り、また可愛いなどというからかいを受け、余計に私はムスッとした。
そんなとき、ふと道路を見た。今日はやけに交通量が多い。確かにこの時期は師走と呼ばれるだけあってみんなが帰る足を速めたくなるものだ。私はそう勝手に納得し、道路から意識を離した。
「ねぇねぇ」
千明の声に2人で振り返る。しかし彼女が話しかけていたのは湊だった。
「突然ですが、質問です」
「何だよ」
「私と香乃を動物で例えると何だと思いますか?」
「本当に突然だな」
相変わらず突拍子のないことを急に言い出す。千明に脈絡と言うものがないのは昔から。でも、確かに湊が私たちのことをどう見ているかがこれで大体はわかるん だ。少しだけ緊張してきた。
「そうだな・・・」
彼は顎に手を添えて考える。
「まず、君月は簡単なんだよ」
「なになに?」
彼は彼女の返答に間をいれず「犬」と答えた。
「なるほど、犬か」
そう言われた彼女自身、悪い気はしないみたいだ。君月千明と犬、似ているかもしれない。元気に跳ね回るところとか、楽しいことに興味津々で食いついてくるところとか、何よりもまず雰囲気がそんな感じな気がする。尻尾を振っている千明が容易に想像できるくらいだ。
「むむむ、犬か~」
だが、千明本人の脳内で犬と自分は合わなかったのか、急に難しい顔をした。とりあえず、千明は犬だ。
「あと、香乃は・・・」
ついに私の番となり、さらに鼓動が早まる。それはさっきのデパートで彼と話していた時と似ていたが、それとはまた別の興奮だった。しかし、どんなに解答を待 ってても、彼は口を開かない。そればかりか眉を顰め、口をへの字にして必死に考えている。自分が思っているよりも私を動物にするって難しいことなんだ・・・。
「・・・・う、うさぎ」
「・・・うさぎ、か」
彼が言葉を落す。内容を聞いて少しホッとした。可愛い動物だった。ここでゾウとかカバとか、さらにはゴリラなんて言葉が出て来ようものなら私は千明に笑われながらも猛ダッシュで家に直行する羽目になっていただろう。
「で、理由は?」
千明がさっきの犬というのをまだ気にしているのか、難しい表情のまま質問する 。
「何か1人で放っておくと孤独死しそう」
「おいっ」
思わず彼の頭に軽くチョップという名のツッコミを入れてしまった。
「あはは!それ香乃だ!香乃、うさぎにそっくり!!」
「うう~、また馬鹿にする」
再度私は頬を膨らました。しかしハッと気がつき湊のほうを見た。もしかしたら今の会話で笑ってくれたかな?私的には面白い会話だったと思うが。
残念ながら期待はハズれていた。彼は楽しそうにしてはいたが、表情に出ていない。これは彼がニコッとするまでまだまだ時間が掛かりそうかな。
そんなくだらない会話をしながら私たちは自宅のほうへを歩いていく。そのやり取りに大満足でついつい笑顔になっていく。そして彼の楽しそうにしながらも変化のない顔を見て思うんだ。やっぱり、私は湊が大好きなんだと。さっきの告白、正直なことを言うと上手く言えなくてかなりショックだった。でも、これからの毎日がこんな風になると考えると、きっとチャンスはまだまだたくさんあるはずだ。さっきのだってよく考えればかなり突飛で、衝動的な告白をしようとしていた。次はそんなことのないように大いに反省したい。今日はこのまま楽しく帰って明日からまた作戦を立てて、頑張りたい。いや、頑張るんだ。
千明の笑い声に再度顔を綻ばせながら私は密かに決意するのだった。
そしてそれが私の生前の最後の決意となってしまった。
「おっ!」
千明が何か面白いものを見つけたかのように陽気な声を出した。何を見つけたのか気になって私も彼女の見ている方向に視線を向ける。そこには真っ白で小さな猫がいた。私たちの数メートル先の歩道で通行量の多い車道の隙を窺っているのだろうか、さっきから通り抜ける車に首を右往左往させている。
「道路を渡りたいのかな?」
千明の声音が私がたった今考え付いたことと同じ考えを私の耳まで運んだ。
「そうかもな」
彼が千明兼私の意見に同意する。あんなふうにキョロキョロされてはほとんどの人がそう考えるだろう。なかなか車が止まらないなと、視線を猫ではなく近くの信号機に向ける。すると信号機はちょうど青から私たちと平行して走る車を止めるために黄色へと変わったところだった。
「もうすぐ車止まるね」
そう言うと千明も信号機に注目した。赤になり、後ろから来たトラックがこちらを向いて信号で止まった。
「猫も大変だね、ウチらみたいな人間のせいでかなり住みにくいんじゃないのかな ?」
再びみんなで猫を見た。
それはよほど心配性なのか、車はもう信号機の前で止まり目の前は一台も走ってない。にもかかわらずまだキョロキョロしている。しばらくそのまま様子を見て、やっと車が来ないことを覚ると車道を横断し始めた。しかし、信号は思いの外早く信号は青になった。私はすぐに気づき、口に手を添えて大きな声を出した。
「おーい!猫ちゃーん危ないよー!」
そう呼びかけるも、猫に届くはずもなく、猫はゆっくりと歩いていく。
「聞こえなかったのかな?」
「まあいいんじゃないのか、猫ならいざという時に避けられるだろ」
そう言って湊は猫に興味をなくした。
「ちょっと、やばくない?」
千明の声に私ももう一度猫を見る。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・
青になった信号から大型トラックがまっすぐに走ってくる。猫も、運転手もお互いの存在に気づいていない。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………!
すでにお互いに目の前まで迫った。しかし、お互いまだ気づかない!
「え!嘘!?」と私が声を出しているときにはすでに、千明が目の前で走っていた 。猫に向かっての猛ダッシュだった。勢いよく一つ車線を越え、猫に手を伸ばした 。ようやく目の前の千明にも気づき、ブレーキをかけるもすぐには止まれない、でもこれならいける!千明の走る速さならこのまま猫を抱き上げて走り抜けられる!
私の予想通り、トラックが接触するよりも速く、千明は猫まで手が届き、拾い上 げた。
だがーーー
ガクッという効果音が聞こえてきそうなほど、彼女は自分の足が縺れ、バランスを崩した。
「千明ぃい!!」
無我夢中で私も飛び出す。
そして千明の背中目掛けて突進し、彼女を吹き飛ばした!
キィィィイイイイイイイイイイイイーーーーッ!!!
ばんっ
耳を裂くようなブレーキの轟音が鳴り響くと同時に、視界が、真っ黒に、なった・・・。
12月8日の夜のことだった。
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