気付いた時に



 私の住んでいるアパートのにある、きちんと整列されたポスト。自分の部屋番号が書かれているポストは挿入口からもチラシが溢れかえっていて、さすがにこれでは可哀想だと感じつつもずっとそれを放置したままだったから、私はそれをしょうがなく開けた。入っているのはどうせチラシ、私が目を通さなくてはいけないものなんてないのは分かっているはずなのに、取り出したそのチラシの山に一通り目を通してしまうのは、たぶん、どこかで淡い期待を抱いているからなのかもしれない。

 もしかしたら、自分宛の手紙なんかが入っているんじゃないか。チラシとかDMなんかじゃない、私だけに宛てられた手紙が。どんな?とか、なんの?とか、そんな事はどうだっていい。とにかく、私宛に書かれているもの。


 だから、そのチラシの山を両手で抱えて部屋に戻る。テーブルの上で広げると、本当に山になって、自分でもその量に驚いてしまう。何の行動を起こさなくても、情報は随分と勝手に舞い込んでくる。生きているってそういう事なのかもしれない。なんて感傷に浸りながら、一つずつその山を崩していく。


 あった。白い封筒に入った手紙。表には私の名前、裏を見返すと、そこには以前付き合っていた人の名前が書いてあった。

「結婚したんだ……」

私の口から言葉が洩れる。そしてもうほとんど思い出す事のなかった、その彼の顔を久しぶりに思い描いてみたりした。

「俺、結婚とか考えてないんだよ、だからごめん」

そう言って私と別れた彼。もうずっと前の話だから、そりゃ心境の変化だってある。それは私だって理解出来るし、理解しなくてはいけない年齢にもなっている。


 だから、今更別にどうという訳ではないけれど。そんな別れ方をした私に結婚式の招待状を送ってくる心境は理解できない。嫌に思うではないけれど、理解はできないのだ。

 チラシの山の中に含まれていた私宛の手紙は、ただそれ一つだった。私はもう一度その元彼の招待状を手に取って、じっくりと眺めていた。もういい大人だから、こんな事で心を乱す事も嫌だし、あえて不参加にしてしまうのも、意識しているようで気が引ける。だけど、行けるはずもない、とも思っている。別れた理由が理由だから。

 それに、そういった部分は、彼が考慮して招待状を出すべきではないとも思う。

「あ……」

書かれた式の日付は今日だった。

「なんだ、今日か」

私は、ふっと笑い声をもらした。そして、この手紙がずっとあのポストの中で、チラシに埋もれながら息を潜めていた事を考えると、また少し笑えた。

「ありがとう」

 それはほんの少しの間だけでも楽しませてくれた、この手紙への小さな感謝だった。


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