愛したがために 1/3 「愛」

 深夜のベッドで私は突然に目を覚ました。

 彼の腕に抱かれたその中で「愛ってなんだろう?」と、ふいに私はそんな事を考える。

 私にとって愛は、優しく包み込む泡のような存在でありながら、鋭利な刃物のようにも感じられる。求めれば求める程人を傷つけて、それに自分さえも傷つけてしまうようなもの。



 君が僕の前を歩いていて、途端に振り向いたその顔がまるで輝いているように見えたのはその後ろに夕日があったからだろうか。君のそんな笑顔を見ながら僕は「愛ってなんだろう?」という思いを、ただ無意識の中で抱いていた。

 僕は誰かを愛している時が、一番孤独だ。誰かを嫌ったり、誰かを蔑んだりする時よりも、誰かを好いているという気持ちを持った時が、世界の誰よりも寂しい気持ちになるんだ。


     *


 僕は溺れた。

 堕(お)ちた。という感覚もないまま、いつの間にか息もままならないくらいに溺れてしまっていて、そして今でも、その苦しい空間を抜け出せずに溺れ続けている。

 「栞(しおり)」というとても大きな湖の中で、僕は微かな息を紡ぎながら、そこから出る事ができない。逃げ出してしまおうと思えば、そう難しい事ではないのかもしれない。だけど、そんな自由が僕にあるなんて思えなかった。それは栞に原因があるのではなく、僕の心の中にある大きな枷が原因なのだと思う。”好き”という気持ちの枷は、僕をその大きな湖の中で強い力を持ったまま、僕を底に追いやったままだ。

 僕は、栞に聞いた。もしその答えを見つけたら、ここで溺れている理由に少しでも近づく事ができるような気がして。

「どうして僕なんだろう?」

栞は俯いて、その答えを慎重に選んでいるように見える。その答えが僕にとって、あまり良いものでなかったとしても、僕はおそらく納得したに違いない。

「分からない......。でも、......理由なんか必要なの?」

栞は僕の顔を見ながら言った。僕はその、答えの定まらない答えを求めていた事を恥じた。そう、たしかに理由なんていらないのかもしれない。僕が栞を好きでいて、栞が僕を好きでいてくれている、ただそれだけでよかったんだ。

 僕だって、そんな理由なんて不必要だと思っている。それでも僕は、そこに何かしらの理由を求めて聞いてしまったんだ。

 だって、栞はこんなに僕の近くにいて、体温だって感じる事ができるのに僕は自然と涙を流しているんだ。ただお互いが好きでいるという気持ちのそれだけでいいはずなのに、僕はなぜこんなにも苦しく、そして吐く息さえも濁って見えてしまう。

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