十六、花になれない少女

 カイヤが眉を潜める。僕の手元、くしゃくしゃの手紙を見つめたまま手を出そうともしないカイヤの様子に次第に苛ついてきて、僕は結局カイヤの胸に手紙を叩きつけた。くしゃくしゃの手紙がもっとくしゃくしゃになった。僕が手を離して、手紙がカイヤの胸を滑り落ちる間際で、カイヤはやっとそれを手に取った。

「手紙……? アズから? なんで……」

 カイヤは心底奇妙といった様子で呟いて、手紙を広げた。眉間には、皺が寄せられたままで、僕はカイヤのその表情を見ていられなくなって、目を逸らしてしまった。壁にかけた時計の針の音が、チクタク、チクタクと煩い。外を流れる下水の音まで、ごうごうと耳に籠って聞こえる気がする。

 長い、長い時間が経った。いくらなんでも長すぎると思った。僕は視線を床に移しながら、もぞもぞと足を組みかえた。僕の出した衣擦れの音が、きっかけになったんだろうか、それはわからない。わからないけど、僕がそうしてしびれを切らした頃、笑い声がくつくつと遠くから聞こえた。僕ははっとして顔を上げた。音が遠くから聞こえたような気がしたのは、カイヤが声を堪えて笑っていたからだ。

 肩を震わせて、笑っている。くぐもった音で。僕は目を見開かないではいられなかった。しまった、と思った。僕は、カイヤの表情を見ておくべきだった。カイヤが一体、どうして笑ったのか、あの手紙を読んで何を感じたのか、それを知る機会を僕は、一生失った。

 カイヤは、手紙越しに僕の視線に気づいて、僕ににい、と笑った。その時のカイヤの感情を知りたいなら、僕はカイヤから直接言葉で聞かなきゃいけない。でも僕は、カイヤの明るい青の目を見て瞬時に理解した。こいつ、言うつもりがないって。

「な、んで、笑ってんの」

「いや、だって、おっかしくて」

「何が……その内容のどこに、笑う要素が……」

 僕は内心酷く戸惑っていた。カイヤは尚も、不敵な笑みを浮かべている。

「ああ、お前、これ読んだんだな? 別にいいけど」

 カイヤは手紙をひらひらと降って、肩を下ろす様に深く息を吐いた。その瞬間だけ、カイヤの顔から笑みが消えた。

「なんか、色々しっくりきただけ」

 カイヤは、今度は口元だけ笑って見せた。

「何が? ねえ、お前、アズと昔会ったことあるの? それに書いてあること、どういうことだよ。全然わからない。わからなくて……気味悪いんだけど」

「で、だから俺に見せたわけ? アズには? アズにはこれ、見せた?」

 カイヤは目だけを上げて僕を見た。僕は素直に首を横に振った。

「まだ」

「そうか」

「聞いてない。聞いても、アズは答えてくれない気がした。アズがなんだか、すごく混乱しそうだなって。僕だってこれ読んで、わけもわからないのにすごく頭の中がごちゃごちゃなったんだ。だから、先に少しは話通じるだろうお前に聞こうかなって」

「……そっか」

 カイヤは僕の向かいの椅子を引いて、崩れるように座り込んだ。手紙を広げて、テーブルの上で腕を伸ばす。カイヤはもう一度手紙の字を目で追っていた。そうして、「はは」と空笑いをした。僕は眉根を寄せた。

「何だよ」

「待って。まだ、確証がない。俺のことは分かったけど、他のことがわかってなさすぎる……なあ、ユーク。アズが王宮からかっぱらってきた本があったじゃんか」

「ああ……うん」

 胸がちくりと痛んだ。アズがしっかりと握っていた二冊の本。臙脂色の表紙の、『歩けない女の子の物語』。それから、題名のない古びた群青色の表紙の本。アズはあれを頑なに手放さなかったから、追われる身になってしまった。忘れるわけがない。僕は、僕のせいでアズが罪人になっちゃったとか、そんな偽善を口では言いながら、心の中ではアズが追われる直接の原因はあの二冊の本だからと言い訳していた。僕だけが悪いんじゃないって。そうやってあの時、自分を蝕みそうだった罪悪感から勝手に逃れたのだ。そして、今の今まで思い出そうともしなかった。……思い出したら、この苦い気持ちをまた噛みつぶさなきゃいけないから。

 僕はごくりと喉を鳴らした。

「あれ、どこあるっけ」

 カイヤは目を細めて笑った。その顔に、僕は少しだけぞっとした。カイヤが何を考えているのか、わからなかったからかもしれない。

「しら、ない……アズが持ってるんじゃないの」

「いや、違うはずだ。アズはニーナの家に行くとき、杖以外は手ぶらだった。お前だって覚えてるだろ? アズはここに戻ってくること前提で、本をこの場所に置いて行ったはずだ。問題は、それがどこにあるか、だろ」

「……知らないよ」

「そう、俺達は知らない。そして多分、アズも今は、それのこと忘れてしまってると思う。今まで、あの一緒に逃げた日から一度だって、あの本の話、俺達の中で出たかよ? いや、出てないな。アズもすっかり忘れてたんだ。だから多分、どこかに置き去りにして――」

 カイヤは呟きながら、立ち上がった。椅子の足が床と擦れてキイキイと嫌な音がした。

「それを、誰かがしまった。タイトル、覚えてっか? あの本の」

「タイトル? タイトルって何」

 僕は眉間に皺を寄せた。カイヤは壁の鏡台に近づいて、引き出しを開け閉めした。

「あー……」

 カイヤは三個目の引き出しを絞めながら目を泳がせた。引き出しは、キイイ、と嫌な音を立てた。

「そう、題名。本の題名」

「一つは覚えてない。てか、書いてなかったはずだよ。もう一つは覚えてるけど……『歩けない女の子の物語』」

「そう、それだ」

 カイヤは鏡台に手をついたまま振り返って、にっと笑った。ランプの灯りが翳って、カイヤの顔半分を灰色に染めた。

「もろ、ニーナじゃん」

「それは……僕もそうは思ったけど。てか、アズも言ってたし」

「そう、それだよ。じゃあ、あれを読んでみないと」

「は?」

 僕も椅子から立ち上がって、カイヤを追いかけた。カイヤはためらいなくスフェンの部屋のドアを開けた。ドアの隙間から、黒い髪をぱらぱらと白いシーツの上で広げて崩れるように眠るアズの姿が見えた。萎れかけの花みたいだと、ふと僕はそんなことを思った。

 カイヤは、スフェンの部屋の箪笥や机、棚と言う棚を開けては閉める。ひとしきりあさって、あっさりと戻ってきた。後ろ手にドアを閉めたカイヤの視線は、今度は別の部屋のドアに注がれていた。……アメジの部屋だ。

「スフェンかと思ったけど、違えみたいだな」

「ねえ、ちょっと」

 カイヤはためらいなくドアの取っ手に手をかけた。

「カイヤ!」

 僕は思わず叫んだ。なんだかたまらなかった。一応女の子の、しかもさっきいなくなっちゃったばかりの女の子の部屋を漁ろうってのかって。なんなんだよって。そう、思ってしまって。

 カイヤは目を丸くして、僕を表情のない顔でじっと見た。

「……ごめん」

 カイヤは苦しげに顔を歪めた。

「でも、隠されたものならなおさら見つけないと。アズのためだ。……俺達の、未来のためだ」

「だから、なんなんだよ、わけわかんないだろ……おい、赤髪!」

 カイヤは僕の怒鳴り声も無視して、ドアを開けた。

 真っ暗な部屋。扉の隙間から潜りこんだら、少しだけ甘い香りがした。それを甘いと感じた自分に、僕は自分でぎょっとした。寝台はきちんと整えられている。整頓された部屋。造花の壁飾り。開けっ放しのクローゼット。その仄暗い奥にかけられた小さな洋服たち。どきりとした。もう、アメジはいないってことを、僕は今になってようやく実感した。心臓がどくどくと煩く鼓動する。信じられない。信じられない。どうして、僕達、そんな子の部屋に無断で立ち入ってるんだろう。棚を漁って――

 カイヤは無言で棚という棚の引き出しを開け閉めした。しばらくして、最後の引きだしを静かに閉めて、カイヤはそのまましばらく佇んでいた。影に染まったその後ろ姿を見ていると、なんだかぞっとした。カイヤはゆったりとした動作で、今度は部屋の端へ向かった。アメジのベッドの傍で、屈む。

「おい、何やって――」

「あと、ここだけ見てない」

「もうやめろよ!」

「やめない」

 カイヤの語調が強くて、僕は出かかった言葉を飲みこんだ。カイヤは、ベッドの下にある引き出しの取っ手を掴んで、勢いよく開けた。カタン、コトン、と中で固いものがぶつかる音がした。カイヤは深く深く息を吐いた。下がったカイヤの肩越しに、僕も恐る恐るのぞきこんだ。中には、何も入っていなかった――二冊の、ぼろぼろの本以外には。

「アメジ、お前……」

 カイヤは虚ろな声で呟いた。言葉の終わりは、僕にはもう聞き取れなかった。カイヤは本を二冊腕に抱え、今度は引き出しをそっと閉めた。呆然と立ち尽くしていたら、カイヤに腕を引かれた。僕はその腕を振り払った。カイヤが先に部屋を出て、アメジの部屋のドアを今度は僕が閉めた。かちゃり、と音はするのに、金具がきちんとかみ合わない。何度押しても、また僅かに動いて開く。僕は唇を噛んで、思い切り勢いをつけて閉めた。ドアはようやく閉まった。

 そんなに力はいれていないはずなのに、金属の取っ手の冷たさが掌に残って、まるでしびれたみたいに痛い。僕は唇を一層強く噛んだ。血の味がした。

「おい、こっち来いって」

 カイヤが気怠そうな声で言った。振り返ると、カイヤはまたさっきと同じ場所に腰かけていた。僕もカイヤを睨んだまま同じ場所――カイヤの向かいの席に座った。

 カイヤはぱらぱらと、気の無いようなそぶりで臙脂色の本の頁をめくっていた。少し経って、カイヤは僕の目の前にそれをどん、と置いた。僕は煤けた表紙と女の子の刺繍を見て、顔を上げてカイヤを睨んだ。カイヤは冷めた目で僕を見返した。

「読めよ」

「なんで」

「必要だからだよ」

「なんでお前に僕の必要を決められなきゃいけないんだよ」

「いいから、」

 カイヤはテーブルの上で、ゆるく拳を握った。

「読めって。読まなきゃだめだ。後悔する」

「読んだら後悔しない保証でもあんの?」

 僕は尖った声で言った。カイヤは目を伏せた。

「いや……読んでも後悔する、多分。俺は、した。現在進行形で、後悔してる」

 カイヤはまた息を吐いた。今度は細く。

「でも、元はと言えばお前がこの紙切れを見せてきたからだ。お前が俺に後悔させた。じゃあお前も後悔する義務があるだろ」

「は? 何それ。義務なんかないよ。読む必要なかったのに読んだのはあんただろ。僕は、押し付けたけど強制してない」

「はは」

「何」

 カイヤに、鼻で嗤われた。腹の中がかっと熱くなった。

「そういうの、屁理屈って言うんだぞ。筋が通ってねえなあ。自分でわかってんじゃねえか。俺の言うことに心揺らいでんじゃねえか。しっかりしろよ」

 カイヤは、また鼻を鳴らした。それが腹が立って憎らしくさえあって、僕は半ば自棄で、臙脂色の本を手に取った。カイヤは、群青色の本の方を開いて素知らぬ顔だった。それもまた、すごく腹が立った。

 けれど、その中に書かれていたことを読んだ途端、カイヤに対する苛立ちはあっけなく消えた。


『これは、むかしむかしのおはなし』


 僕は思わず顔を上げた。カイヤも、僕を見ていた。その澄んだ青い目には、悲しみも憐れみも、狂気さえ浮かんでいない。何も。ランプの灯りを帯びて、ちゃんと輝いて見える、けれど何の感情も持たない、静かな目。

「はは、お前、捨てられた子供みたいな顔してっぞ」

 カイヤの笑い声は、弱々しかった。カイヤの笑い顔は、アズとどこか似ていた。気持ちをごまかして、押し隠すときの、くせ。

 僕は、本の文字に視線を滑らせた。


『これは、むかしむかしのおはなし。


 あるところに、ひとりの画家がいました。画家はたくさんの花の絵をかきました。


 あるところに、ひとりのおんなのこがいました。おんなのこは、画家の絵をみて、こわいなあとおもいました。画家はその花を、あいしていなかったからです。


 おんなのこは、せっかくきれいな絵の具をつかっているのに、ともったいなくおもいました。画家は、おんなのこのことばにおもうところがあったのか、やさしい絵をかくようになりました。むらさきいろの、花ばたけの絵です。おんなのこは、そのお花がいっとうすきでした。


 あるひのことです。画家はいいました。きみをかいてもいいかい?


 おんなのこはうれしいとおもいました。けれど画家は、それからとてもとてもくるしみました。画家は、女の子の絵をのぞむようにかけませんでした。かくことができませんでした。


「だって、ぼくがかくと、みんな死んじゃうんだ」


 おんなのこは、かなしみました。いつか、じぶんが画家の絵をこわいといったことが、かれのこころをふかくふかくきずつけていたのかもしれません。そんなことはない、あなたのこころはやさしいよ、あなたのいろはやさしいんだよ。ごめんね、きづかなくてごめんなさい。そういいたくて、たまりませんでした。


 おんなのこはきづいたのです。画家は花をあいしていなかったのではなく、あいせなかったのだと。ただ、画家は花のあいしかたがわからなかっただけなのだということ。おんなのこと出会って、花をあいしてくれるようになったこと。だからかれのむらさきいろの花の絵は、やさしいけしきだったということ。


 じぶんをやさしくかいてくれようと、くるしんだ画家を、どうしてせめられるでしょう。


 おんなのこは、むねがいっぱいでした。しんでもいいから、わたしをかいて、とつたえようとおもいました。それがわたしのしあわせなの。



 ……けれど、画家は絵の具をすべてぶちまけて、ぐちゃぐちゃのまっくろけ。まっくろくろの世界のなかにしずんで、おぼれてしまいました。


 おんなのこはかれのはだがくろいっしょくになるまえに、じぶんも絵の具のなかにとびこみました。


 まって。まって。いかないで。あなたのいない世界はきっとこわい。いかないで。


 めがさめたとき、女の子の足はまっくろでした。まるですみのようでした。めのまえには、画家がすやすやとやわらかなねいきをたてていました。おんなのこはあたりをみまわしました。そこははなにみちあふれたせかい。うつくしい色彩の、うつくしいばしょでした。画家のおようふくはまっしろなまま。けれど、おんなのこのあしだけがまっくろくろ。こげたすみのようです。


 おはなのだれかがいいました。あしをつっこむからだよ。そのひとのこころのいっとうやわらかいところに、きみは土足でふみこんだんだ。


 おはなのだれかもいいました。そのうえおいかけてきたからだよ。まっくろくろにあしをつっこむからさ。だからきみのあしはまっくろくろけ。もうあるけないね。ざんねんだね。


 おんなのこは、それでもかまわないとおもいました。


 あるけなくても、このきれいなせかいで画家がやすらかにねむれるのなら。


 おんなのこは、うごかないあしでからだをうごかして、画家をそっとだきしめました。


 花にあふれたこのせかいに、おんなのこのやさしいこもりうたがひびきます。


 いつか画家がめをさましたら、おしえてあげましょう。おんなのこは、あなたの色が好きなのよ。そうなのよって。それは、画家とのおわかれのことばだけれど。そうだとおんなのこは、しっているけれど』


「これ……これ、どういう、こと?」

 僕は震える声を零した。わけがわからない。いみもわからない。けれどこれが、この物語が酷く歪で、悲しい物語だということだけは分かる。画家、という言葉が僕を深くえぐった。プレナが、絵を描く人だったからかもしれない。ニーナが、足の悪い女の子だからかもしれない。

 はなにみちあふれたせかい――

「それって、ねえ、この、花に満ち溢れた世界って――」

 カイヤは、僕の言葉に笑みを深めた。

「お前が思う通りでいいんじゃねえの」

 カイヤは、すんとした声で言った。

「それより、これ、見てみ。こっちの方がもっと笑えるぞ」

「え? 笑えるって……」

 僕は、カイヤから手渡された群青色の本を開いた。カイヤは、また『歩けない女の子の物語』の頁を、ぺらぺらとめくった。

 僕は一枚目からゆっくりと指でめくった。そこには、よくわからない人の顔のような何かが殴り書きで書いてある。頁をめくるごとにそれは精巧さを増して、やがて一人の女の人の顔になった。目がキラキラと輝く、黒髪と黒目の女の人だ。どことなく、誰かに似てるような、と僕は思って、ひゅう、と細く息を吸った。

 勝気そうな目元、薄い眉。小さな口元。

 顔の骨格は違うし、花の形も違う。けれど、よく似ている。キラキラと艶めく黒髪も、黒目も。僕は反射的に振り返った。スフェンの部屋の扉に、ランプの橙色の灯りが映って揺れている。

 わけもわからないのに、急に怖くなった。

 朝顔、百合、霞草、桜草、魚、桜、薔薇、釣鐘草、蝶。

 その後も、色んな絵が続いて行く。ほとんどが花の絵ばかりだ。どれも本物みたいに、いや、本物以上に鮮やかだ。僕には絵心なんてないけれど、プレナの絵なんか比べ物にならないくらい、その花の絵は上手かった。まるで、花の一つ一つが命を持っているみたい――

 いつのまにか、僕は夢中で頁をめくっていた。やがて、分厚い本の半分まで頁をめくった頃。

 僕の目の前に、鮮やかな赤が広がった。

 僕は絶句した。顔を上げる。カイヤは本から目を離して、ゆるゆると視線を上げ、僕と目を合わせた。空色の瞳は、まるで水に溶ける絵の具を広げたみたいに透き通った輝きを放っている。嘘だろ。どういうことだよ。

 体中が震えた。怖いのか、感動してるのか、自分でも何に震えているのかよくわからない。ただ僕は、しまった、しまった、と頭の中で壊れた時計みたいに繰り返していた。踏み込むべきじゃなかった。読ませるべきじゃなかった。足を踏み入れるべきじゃなかった。立ち入るべきじゃ――


『おはなのだれかがいいました。あしをつっこむからだよ。そのひとのこころのいっとうやわらかいところに、きみは土足でふみこんだんだ。


 おはなのだれかもいいました。そのうえおいかけてきたからだよ。まっくろくろにあしをつっこむからさ。だからきみのあしはまっくろくろけ。もうあるけないね。ざんねんだね』


 見開きで広がる二つの絵。右の頁に広がるのは、透き通るような青い花。僕の花の紋――勿忘草の、群生だ。

 そして左の頁一杯に広がっていたのは、目の前にいるカイヤそのものの姿だった。影を帯びた赤い髪の、透き通った空色の、幸せそうに笑った、まるで生きているかのような、冷えた肖像。

「俺達な、」

 カイヤは、僅かに唇を開いて、すう、と息を吸った。

「絵なんだよ。俺も、お前も。【俺】の友達が描いた、ただの絵なんだ」


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