じゃあね、なんて

【理佳のターン】


 部屋のベッドに座り込んだ……まだ、胸の鼓動がおさまらない。

 突然、電話がかかってきた時思わず目を見開いてしまった。


 くっそぉ、修君め。以外にも女心を心得ているんじゃないか?

 なんにせよ、支度をしなければ。まだ、何にも準備していないので時間は一四時にしたが、そんなに時間があるわけでもない。


 その時、


「里佳ー! 真奈ちゃん来たわよー」


 とお母さんが一階から叫ぶ。

 げっ……遊びに来るんならメールしろっての!


「すぐに行くからちょっと待たせてて」


 さっき洋服全部出して、並べてしまっている。

 慌てて服をしまおうとした時、


「……何してんの?」


 真奈が並べられた洋服を見て聞いてきた。


「な、なんで許可なく入ってくるのよ!?」


「あんたが私の家に来て許可なんて待ってた試しあるの?」


 とぐうの音も出ない反論を食らった。


「ちょっと……一四時から予定があって」


 はぁ、また根ほり葉ほり聞かれるのだろうか。


「……わかった。私も手伝うわ。さぁ、さっさと準備して」


「な、何も聞かないの?」


 私が同じ立場だったら、とにかく全部聞き出して、待ち合わせ場所までついて行って、遠くから観察して、帰りに感想を言ってのけるのに。


「あんた、そういうの苦手でしょ。苦手だから、すぐに楽な方に行く。だから、何も言わない。聞かない。さっ、準備して」


 普段では、決してしない真剣な顔で親友が私を応援してくれている。少しだけ、この親友の気遣いに感動してしまったのは秘密だ。


                ・・・


「ど……どーかな?」


 オシャレ自体は嫌いじゃないし、外へ出ていくときは基本するが、他人に意見を求めたことなどなかった。


「うん。可愛い。悔しいぐらいにね」


「……あの、エイプリルフールじゃん今日」


「こんな意味ない嘘ついてどーすんのよ、あんたじゃあるまいし。綺麗。可愛い。さあ、行った行った」


 ですよね、すいません。


「ありがとうね、真奈」


「……頑張りなさいよ」


 そう言って、真奈は寝転んで我が家のようにくつろぎだした。


                  ・・・


 一三時三〇分。少し、早く着きすぎてしまった。

 さすがに、修君はまだ――いるのよね、うん。

 どうしようか……早く着きすぎちゃったら、なんか私気合入ってるみたい? 


 すかさず、携帯を取り出して、『ごめんなさい、少し……遅れるかも』とメールを入れてみる。エイプリルフールだ、これぐらいの嘘、問題はないだろう。


       ♪ ♪ ♪


『全然いいよー。俺もギリギリになりそうだから』と返信が来た。

 こんな……なんだって、私はあまのじゃくなんだろう。こうやって、困らせて……彼の気遣いに、優しさに、こんなに凄く嬉しいなんて。


         ・・・


 一四時一〇分。そろそろ、いいか。

 少し足が震えているのを感じながら、歩き出す。


「遅れてごめんなさい」


 正面に立つや否や、いろいろな意味で謝った。


「い、いや、全然。今来たところだから」


「……そう。あの……話って?」


 そう尋ねた途端、『しまった』と思った。少し動揺してるのだろうか、いきなり本題へ行こうとするなんて、ちょっと嫌な感じじゃないか。


 ずっと、話、したかったのに。


「うん……その……実は……」


 修君から伝わってくる緊張感で、普通の話じゃないことはわかった。これは……もしかして……また、この前みたいに?


「は、はい」


 シチュエーションも同じ。場所は前のバス停から少し離れているが、だいたい同じ。思わず、心臓の鼓動が跳ね上がる。

 もし……また、『好き』って言われたら……私は……


「……その――」


「う、うん……」


「ワーキングホリデー……」


 ……ワーキングホリデー?


「に、行きたいって言ってたよね? あの時」


「……はい」


 確か……そーだったかなぁ……あっ、そうだ。とっさに、留美のこと言ったんだっけ?


「もし……もしだけど。俺がさぁ。一緒の学校に……フェリス学園に一緒に行くって言ったら……」








 ……いやああああああああああああっ!


「う……嘘よね! エイプリルフールだもん、嘘よね! 嘘嘘! 嘘ーーー!」


 思わず、修君の胸倉をつかんで迫った。

 まさか、そのためにバイトしてたの!? バカなの!? 知ってたけど、バカなの!? バカ――――――――――!


「……うん、嘘」


「本当!? 本当に嘘? 絶対? 一〇〇〇パーセント嘘!?」


 これ、嘘じゃなかったらヤバいんですけど!? 申し訳なさ過ぎて、私、もうヤバいんですけど!


「あっははは……嘘に決まってるじゃん。今日は、エイプリルフールだよ? 冗談だよ。冗談。さすがに、そんな真似するわけないじゃん。女の子追うためにワーキングホリデーって……」


「そ、そうよねぇ。さすがにあり得ないわよね。ホッとした。フーッ……あっ、ごめんなさい」


 無意識に胸倉をつかんでいたことに気づいて、慌てて離した。


「……オーストラリアは嘘。でも、ワーキングホリデーは、本当……なんだ」


「えっ……」


 途端に、思考が止まった。

 ワーキングホリデーに……修君も……行くん……だ。


「ブラジル……地球の反対側。ずっと行きたいと……思ってたんだ」


「……」


「もう、多分、一年ぐらいは会えないから……一目だけでも、顔が見れたらって」


「……」


 私は……今、どんな表情をしているのだろうか。きっと、醜い顔をしている。精一杯私に想いを伝えてくれる人に……必死で涙を出さないように、感情に波風を立てないように……能面のような顔をしているのだろう。


「これで……君と会うのも、最後。ずっと、言いたいことがあったんだ……ありがとう……って伝えたかったんだ」


「……ええっ?」


 言葉にも、ならない言葉が私から飛び出した。もう、頭の中がこんがらがって、訳がわからない。

 最後って……もう、会えないってこと? ありがとうって……なんで……


「こんな俺の告白に、君は『ありがとう』って言ってくれた。本当に、嬉しかったんだ。君を好きになってよかった。心から……そう思う」


「……」


「それだけなんだ……うん。じゃあ、もう俺、行くから」


「……」


「……うん……じゃあね」


 彼はそう言い残して背中をみせる。

 ああ……行ってしまう。


「……ね、……て」


 彼には、もう聞こえない。

 もっと、声を出さないと……


「……ぁね、なんて」


 駄目だ……こんな時でも、私は……

 でも……でも……!


「じゃあね……なんて!」


 やっと声が出た。でも、もう、彼はいない……


「……ヒック……ヒック……」


 途端に嗚咽が出て、地面に水滴が垂れた。

 もう……手遅れなんだ……

 足に力が抜けて、地べたに座り込んだ。もう、彼はいない……涙を我慢する必要なんて……ないんだ。


「……う゛ええええええええ、う゛ええええええ」


 声にならない声が、あたり一面に木霊する。涙であたりは、何も見えない。


                ・・・


「……里佳ちゃん?」


 優しい声が響いた。今、一番聞きたかった声が。

 涙を拭うと、そこには修君が、いた。


「……ヒック……なんで……いるの?」


「泣いている声が……したから……でも……どうして……」


「……ひどい」


「えっ?」


「……ヒック……じゃあね、なんて。あんまりよ。じゃあねなんて!」


「えっ、だって……」


「あんまりよ……じゃあね、なんて……」


 もう、訳がわからずに口々にいろいろ吐いていた。

 修君はどうしていいかわからずに、ずっと、私の背中をさすってくれていた。


 彼の手は、凄く、温かかった。





 




 




 


 

 

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