ブラジル
【修のターン】
里佳ちゃんにワーキングホリデー行きを全力で嫌がられた時、今までの努力が我ながら全て気持ち悪くなり、全力でブラジルまで逃亡したい衝動に駆られた。
それでも、何とか想いを伝えたい……僕は、危険じゃないよ、と伝えたい。君には感謝の気持ちだけだと伝えたいと、ゲロ吐きそうなのを堪えてありったけの想いを伝えた。
そして……早々とその場を離れたが、もうそれ以上歩く力は残ってなかった。里佳ちゃんの見えないところで、倒れてこのまま朽ち果ててやろうと思った。
近所の子どもが集まってきて、ツンツン棒でツンツンされ続けること三○分、
「ゔえええええええええっ……ゔえええええええええっ」と嗚咽が聞こえた。
泣きたいのは、こっちだ。と言うよりすでに涙が涸れ果てて何も出ない状態なのに……誰だ泣いてんのは。どんなくだらぬ理由で泣いてるんだ!
一言、言ってやりたい。無性に一言、俺の状況を説明して「あなたは俺よりも、不幸なんですか!?」と諭してやりたい衝動に駆られた。
立ち上がって、子供たちを散らして、泣き声する方に向かうと、
そこには、泣きじゃくっている里佳ちゃんがいた。
な、なんで里佳ちゃんが……
と、とにかく。近くへ寄って声をかけた。どうやらかなり混乱しているらしく、口々に訳のわからないことを話し出し、ずっと泣いていた。それから、落ち着くまで、俺はずっと背中をさすってオロオロするしかなかった。
やっと、泣き止んで少し落ち着いた里佳ちゃんを前に、色々泣いている原因を考えた。
そして、一つの結論に、辿り着いた。
「ごめん、アレは本当に気持ち悪かったよね? 嘘だから。安心して」
「……アレって?」
「君と一緒の学校……フェリス学園に行くってやつ。いくら、エイプリルフールと言えど冗談が過ぎました。本当にごめんなさい」
深々と謝った。そりゃあ、そうだろう。女の子だもん。こんなヤバイ奴が付いて行くとなったら、怖いに決まっている。そもそも、海外渡航のこの不安な時期に。
詫びたい。今まで俺が生きてきた人生を詫びたい。
「ち、違うの。あの時取り乱したのは……実はオーストラリアには、ワーキングホリデーには行かなくなったの」
「……えっ?」
「その……話すと色々長いような……短いような……感じ……なんだけど、嘘ついちゃって、本当にごめんなさい」
深々と謝る里佳ちゃん。
て、天使や。大天使ミカエルや……
「そう、わかった。でも理由なんて、言わなくていいからね」
「……えっ!?」
「いろいろあるさ……今回、俺もさワーキングホリデー行く時にいろいろあったんだ」
きっと、親の反対とか、学業のこととか、いろいろあったに違いない。
「えっと……」
「でも……俺も、実は……言ってなかったことが、あるんだ。ただ、信じて欲しいのは……悪気があった訳でも、困らせるつもりも……なかったんだけど」
声が……震えてきた。どうやら、今の状態では嫌われていないことはわかる。そして、俺が実はオーストラリアに行くことを言ってしまえば、どうなるかも。
……でも、彼女が勇気を出して自分の嘘を告白してくれたのに、俺だけ……格好つけて……騙し続けることは……
「実は……俺はーー」
「言わなくていいよ」
「……えっ?」
「言わなくて、いい。私、知ってるもの。あなたが私につく嘘は……優しい嘘。私のためについてくれる嘘だから」
里佳ちゃんはニコッと笑ってそう言ってくれた。
もう、それだけで、全てが報われた気がした。
俺、本当に君を好きになって、よかった。
「ありがとう、里佳ちゃん。じゃあ、俺行くから」
そう言って、背中を向けて歩き出そうとした。
その時、
「……ねぇ、修君」
と里佳ちゃんが呼び止めた。
「どうしたの?」
「あの……私ね……私、嫌な子なの。すぐに嘘つくし、軽口叩くし、友達困らせるの大好きだし」
「……うん?」
なにが、言いたいのだろうか。
「それに、移り気なの。バレエ以外は本当に何も続かなかったし、本当にコロコロ変わって」
「……」
「だから、少し……時間が欲しいの。一年……ぐらい。この気持ちが、一年間変わらなくて、もし……あなたが私のことを嫌になってなかったら……もし……」
「里佳ちゃん……それって……」
あまりのことに……頭が追いつかない。
「メール……待ってる。ブラジルの話、待ってるから。じゃあ、私……じゃあね」
そう言い残して里佳ちゃんは、走って去って行った。
・・・
う………うおおおおおおおおおおおおおおっ!
「ブラジルのみなさーーーーん! 聞きましたかーーーーーーー! ブラジルのみなさーーーーん! ブラジルのみなさーーーーん! 聞きましたかーーーーーーー! ブラジルのみなさーーーーん! ブラジルのみなさーーーーん! ブラジルのみなさーーーーん! ブラジルのみなさーーーーん!」
・・・
最寄りの派出所にて。
「で、何をブラジルのみなさんに伝えたかったの?」
「いや……その……」
「あっいいや。とりあえず、住所と電話番号教えてね。リオデジャネイロとか言わないでね」
「……はい。愛知県瀬戸市〇〇、電話番号は0561……」
「ふんふん……いい? 嘘ついてもすぐにバレるんだからね……ちょっと今、電話かけるから。
ああ、もしもし、橋場さんのお宅ですか? こちら、瀬戸市派出所ですが、お宅のお子さんが駅前の地面で『ブラジルのみなさん、聞こえますか?』って叫んでたので補導したんですわ……はい、はい……
ねぇ、『うちには息子はいない』ってお父さんらしき人が言ってるけど」
おいーーーー! おい父親ーーーーー!
「妹がいるんです。母親でもいいんですけど」
「……ええ、妹さんいます? ええ、変わって欲しいんですって。すいませんね……妹さん? お兄さんがねぇ駅前で『ブラジルのみなさん、聞こえますか?』って叫んで補導したんですけど、修さんはあなたのお兄さんで間違いない……そうですか、ありがとうございます。すいませんね、変な電話掛けちゃって」
交番の人は、電話をきった。
嫌な予感がした……壮絶に嫌な予感が……
「さっ、話そっか。なんで嘘ついたのか? エイプリルフールとか、警察には通用しないからね」
いーーーーやーーーーーーー!
初めて、留置所に、泊まった。
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