テニスサークル
【理佳のターン】
週に二回のテニスサークル『フェアリー』は、部員数一○○人を誇る大所帯のサークルだ。高校まで女子校だった私と真奈は『いざ、大学デビュー』と意気込んで所属したが、彼女のストイックさが発動して今ではサークル一の練習コンビとして恐れられている。
「はぁ……はぁ……、ねぇ真奈。ちょっと休憩しよっ」
「まだまだぁ! あと、五○球っ!」
神様……私はもう死んでしまうかもしれません。
・・・
やっと真奈のシゴキが終わり、コートの外へ倒れこんだ。
「や゛っ゛ど、終わったぁ」
「まだまだ。一○分休憩したら次行くわよ!」
真奈は素振りしながら、答える。恐ろしい女である。
さりげなくサボって木陰で涼んでいた留美の元へ行き地面に座り込む。
「……はぁ、なんだってテニスってこんなに長いのかしら」
留美が大きくため息をついた。
「……サボってるからでしょ?」
容赦がない真奈のツッコミ。
留美は、英会話の参考書を読みながらポテトチップスを口に入れる。
「そーなんだけどー」
「はぁ……」
真奈が大きく頬杖をつく。それは、明らかに話を聞いてほしいサインだ。
「岳君とは? その後、何にもないの?」
そう尋ねると、これ見よがしに肩を落とす。
「……ない。どーしよー里佳。私、嫌われちゃったかなぁ?」
あの日から、一週間が経過している。結局、岳君に告白はされなかったらしい。不本意にも、私は告白されてしまったというのに……
「でも、メールはしてるんでしょう?」
「……うん。一日二〇回ぐらい」
お、多っ!
「ただののろけじゃない、この乙女空手女子っ!」
留美がイライラしながらツッコむ。
「まあまあ。僻まない僻まない」
あっ、ダージリンおいしいー。
「な、な、なんですって!? この私が僻んでるって言うの!」
「名探偵里佳がズバリ推理しましょう! 犬上君とうまくいかなかったもんだから。そうでしょう!」
ズバッと指さすと、智美はその指を嚙みちぎろうとした。瞬時に指を引っ込めなかったら指はなかっただろう。
「いい? タイプじゃなかったの! それだけよ。だいたい、私は春にワーキングホリデーに行くのよ? 付き合えるわけないでしょう、バーカ。バーカ」
忌々し気に否定する留美だが、当たらずも遠からずというところだろう。
きっと、留美は犬上君が気に入っていたのだ。でも、ワーキングホリデーがあるからあきらめたのだろう。
彼女にとっては、そっちの方が遥かに大事。でも、彼氏だって欲しいのは事実なはずだ。
「里佳、そういうあんたはどうなのよ? トレンディとはどんな感じなの」
「えっ……私?……ぷっ……ぷぷぷぷ」
思わず、あの時の光景がフラッシュバックされ笑いがこみあげてくる。
「な、なんなのよその反応。なんかあったわけ?」
智美はまたしてもイライラしながら聞いてきた。
「なんでもございやせーん」
あれから、特に彼からメールはない。だから、なんでもないというのは本当の話だ。
「なんか、修君。急にバイトやりまくってるらしいよ? 理由聞いても教えてくれないんだって岳君言ってた。あんた、まさか貢がせてないでしょうね?」
真奈は真剣にそんな心配をしている。
「あたしゃ犯罪者か! そんなことするわけないでしょう」
と、答えつつなんで修君はアルバイトをしているのだろうか。まあ、いろいろ理由はあるのだろうが、少なくとも私の要因ではないのだろう。
その時、
「ねぇ、来週バーベキューあるだけど来なーい?」
サークルの友達である千佳ちゃんが、ニコニコしながら声をかけてきた。
「あー、ごめーん。来週は、ちょっと予定が」
真奈が残念そうに謝る。
「彼氏とデートよ」
「こっこらっ! まだ、彼氏じゃないってば」
「まだ……ねぇ」
「ぶつわよ」
といった時にはすでにぶたれていた。
「ええっ、真奈ちゃん彼氏出来たの!?」
千佳ちゃんが、食いついてきた。
「いや、ちょっと。まだ、彼氏じゃないって」
「あの、硬派な真奈ちゃんがねぇ。みんなー、来て来て」
千佳ちゃんは、仲間を、呼んだ。
真奈が私の方を恨めしげに見るが、それを何気なくスルー。このまま、時が過ぎて昼になればもうコートに立たなくて済む。
恋話に花を咲かせている横で、バッグから携帯を取り出して眺める。
やっぱ……来てないかぁ。
アレから修君からメールは来ない。当然と言えば当然なのだろうが、アレだけ情熱的な告白をしてきた割にはと、自分を棚上げにして拍子抜けする。
結局、こんなもんなのかなぁ。
何も、直接断った訳じゃない。ワーキングホリデーに行くと嘘はついたが、『好き』と言ったからには海外渡航までメールのやり取りぐらいは。
……まあ、行かないんだけどね。
「そんなことより! あの里佳が携帯アドレスを教えた子がいるのよ!」
大声で、私のことを売った真奈の声が響く。ただ、アドレスを教えただけだったが、このサークルの男子には全員断ったので少し気まずい空気が流れた。
「なんだよ、俺たちには教えてくれなかったのに」
ムードメーカーの篠田君が口に出してくれた。おどけてそれを言ってくれる気遣いが嬉しい。
「ごめん、私、メール面倒な人だから。返信無視して気分悪くしちゃうと嫌だなって」
当たり障りのない言い訳をすると、
「あんたがちゃんと返信すればいいだけでしょ」
と留美がピシャリと言い放ち、周りから笑いが起きる。
覚えてろよー、いつか倍返しにしてやるからなー。
「でも、誰に教えたの?」
侵害そうな表情を浮かべるのは原田君だ。テニスサークル一のモテ男で、以前デートの誘いも断ったことがある。
「ただ、教えただけよ」と前置きして、『橋場 修君』と伝えるとみんなキョトン顏になった。
「だれ、そいつ? ウチの大学?」「あー、経営学の?」「それ、橋本じゃねぇ?」「あいつだよ、経済の」
と、様々な意見交換が交わされた。
「俺、知ってるよ」と手をあげたのは、牧瀬君だ。
「経済部で一個上の先輩。ゼミの交流会があって、そこで仲良くなった。いい人だよ」
「どんなだった?」「格好いい?」「身長は?」「性格は?」
と、マシンガンのような質問を女子たちに浴びせられる牧瀬君。
「うーん……特別格好いいかって言われるとそんなでも無いけど。でも、そんなに話すタイプでもないけど、ゼミのみんなにも好かれてるみたいだし」
「それ……知ってるって言わないじゃん」
つまらない牧瀬君の答えに、一人の女の子が容赦ない言葉を浴びせた。牧瀬君はションボリとその場に座った。
「ねーっ! 里佳ちゃん、どんな人? どんな人?」
千佳ちゃんが興味津々に聞いてくる。
どんな人か……牧瀬君みたいにつまらない答えでは、満足してはもらえないだろう。さて、どうするか……あっそうだっ。
「これ!」と言って、合コンの時の写メを見せた。
「何、この人……襲われたの?」
「それがね、修君の私服なのよ。合コンの時にこれ着て現れたの」
「えーっ、何それありえなーい!」
そう言って、私の携帯を取り上げて写メの回し見が始まり、見るたびに爆笑に包まれる。
修君……助かりました!
帰りに栄駅にあるバイト先のクレープ屋『パルル』へ来た。時給は一二〇〇円という高級な割に客が少ないのが魅力だ。この前店長に「こんな時給で大丈夫ですか?」と聞いたら「うちは試作店だからいいのよー」とよくわからないことを言っていた。適当に空いた時間にできるので、かなりいいバイトなんじゃないかと自分では思っている。
休憩中、
「最近、里佳っていつもメール見てるよね」
そう指摘されたのは、店長の柴田さんからだ。
「そうですか? 最近携帯ゲームやってるんですけど、たぶんそれかなぁ」
と言って、画面を見せるが柴田さんは納得しない。
「いや、違うわ」
違うってあんた、私自身がそう言っているのに。
「この前、画面のぞきこんだら男からのメールだった。しかも、何回も同じ画面を見て」
「……ストーカーは犯罪ですけど」
「女同志だからいいじゃーん。固いこと言わない」
そういってのける柴田さんも中々の強者だ。
もうあれから一カ月が経っているので、修君の顔がどんなだったか、もはや少しぼやけている。
どちらかと言うと、ボールは私が持っているような気がしている。何回かメールしようとした。「元気?」とか「今、なにしてる?」とか。
きっと、喜んでくれる気がした。そんな顔を思い浮かべて、少し幸せな気がしてみたり。
でも、
「なんか負けた気がするんですよねー。こっちからメール送ると」
「はははぁ。里佳ちゃんも難儀な性格してるわよねー。まあ、そうだと思ったけど」
「どういうことですか?」
「ほらっ、里佳ちゃん凄い美人じゃない? あたしとさぁ、似てるんだよねぇ」
コホン。
「いや、そんなことは……」
「中々理解されないのよねー。凄い美人で彼氏いないもんだから、友達に高望みとか理想高いとか言われて。で、『あー、私は理想高いのか』って納得して自分のタイプな人がいても中々、自分からアタックできない。私もそうだったのよ。この美貌ゆえに」
「……当たってるような……全然違うような」
思わず苦笑いを浮かべるが、自ら『美貌』と謳うこの人も中々難儀な性格をしていると思う。
しかし、確かに柴田さんは凄い美人だ。性格もきついところがあるが、カラッとしていてどう見てもモテそうだ。しかし、現在彼氏が五年以上いなくて居酒屋で焼酎飲みながら、私に愚痴をこぼしている。
その時、
「すいませーん! チョコバナナクレープくださーい」
二名のお客さんが来た。
「里佳ちゃんってさぁ、運命の赤い糸って信じる?」
柴田さんはお構いなしだ。
「……すいませーん! チョコバナナ――」
「少々お待ちを! 今、彼女と運命の赤い糸について論議していますので」
「す……すいません」
彼女のような美人で仕事できそうな人が真剣な顔でそういうと、なぜか正論のように聞こえるから不思議なものだ。
しかし、そんなわけにはいかないので、柴田さんの代わりにクレープを焼く。
「昔がちょっと憧れてたりしましたけど……今はあんまり信じてないかなー」
「絶対にそうなんだって。私、それ待ちだもん」
堂々とそういいきる、三〇歳独身。これは、これで潔い大人である。
「でも……あくまで私は、ですけど。運命の赤い糸が繋がってないと、何をやっても駄目なんて……あんまりだと思うんです」
じゃないと、せっかく振り絞ってくれたあの想いはなんだったのか。その精一杯の勇気も、結局赤い糸がさせたものだなんて。それは、あまりも失礼じゃないか。もし、運命の女神なんてのがいて赤い糸があるのだとしたら、それは、あんまりだ。
「……私もそう思う。さすが、里佳ちゃん。私にそっくりだわー」
そ、そんなバナナ。
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