バス停の中心で
【理佳のターン】
車が瀬戸市駅に到着した。
家まで送ると言われたが、さすがに男の子の車で家まで凱旋はハードルが高い。真奈は別に気にしないらしく、素直に送ってもらうつもりらしいが。
もう、この二人は付き合うんじゃないかな。今日あたり岳君が告白しても不思議じゃない。
「じゃあね、理佳、修君。今日はありがとねー」
助手席で座っている真奈は、ニコニコ笑顔で手を振って見送る。
ううっ、私の真奈が……男に取られていく……思わず、一抹の寂しさを感じずにはおれなかった。
「こっちこそ。ありがとう」
社交辞令のお礼も済ませ、車は去っていった。
さて、
「今日はありがとね、修君」
「いや……こっちこそ」
「私、そこのバスなんだけど修君は?」
「あっ、俺は電車……」
『送ってくよ』とか、キザなセリフは思いつかないんだろうなぁ。そんなところが、少し可愛いと思ってしまうのは私だけだろうか。
「ん! じゃあまたね」
そう手を振って、バス停に向かって歩き出した。
「り、理佳ちゃん」
突然、修君の声がしたので振り向いた。
「どうしたの?」
「……いや、ありがとう……ね」
「うん? ありがとう。じゃーねー」
『さっき言ったじゃないか』と心の中でツッコミつつも、再び向きを変えてバス停まで向った。
バス停に座って、東野圭吾シリーズの一冊を開いた。真奈から面白いと勧められて読んでいる本だ。
・・・
「あらっ、理佳ちゃんじゃない?」
ああなんだ読書の邪魔しないでよ、そう思いながら声のした方を振り向くと安永さんがいた。私の家のお隣さんでお喋り大好き陽気な奥様だ。
「こんにちわー」
「こんなに大きくなって、綺麗になったわねぇ、今って大学生よね大人っぽいー、私の娘の美優なんかまだまだ子供で……」
ああ……私の読書の時間、オワタ。
そんな気持ちは決して表情には出さず、安永さんの話に耳を傾ける。
その時、バスがきた。
この時間帯だと割合停車時間が長い。必然的に安永さんとの話も長くなると思われた。
「でね、飼い犬のペロちゃんが……ああっ、廣瀬さん! じゃあね、理佳ちゃん」
彼女の話友達である廣瀬さんが前方に座ったので、安永さんはそっちへ移っていった。
ふぅ……やっと『容疑者Xの献身』が読める。
・・・
「あの……里佳ちゃん」
今度は誰じゃーーえっ!?
「修君!? どうしたの?」
さっき別れたはずじゃ……戻ってきた? なんで?
「ちょっと……いいかな」
「う、うん」
嫌な予感がした……凄く嫌な予感が……
バス停で降りると、修君は立ち止まって一回深呼吸した。
「あの……急にごめん」
「い、いいのよ別に」
みんな見ている……バスの中にいる人みんな。
「でも、どうしても……言いたくて……」
「は、はいっ」
途端に胸の鼓動が大きくなる。これ……やっぱり……アレだ。
「吉木 理佳さん……俺は君が好きだ―――――! 俺は、君のことが 、大好きだ――――!」
……でか―――――い! 声でかすぎるよ修君―――――!
バス停どころか駅前全体に響くような大声。昔のドラマでもしないような告白を……さすがはトレンディ。
「……」
思わず、何も言えない。頭が混乱している。胸の鼓動がバクバクしてて、みんなジッと私のこと見てて、修君も顔を真っ赤にして私のこと……
「ごめん……でも、ただそれだけ伝えたくて……」
「……嬉しい」
自然と、出た言葉に、自分で驚く。
――そうか、私、嬉しいんだ。
「えっ?」
「……ありがとう。すっごく嬉しい」
自分の頬に手を当てるとこれ以上ないくらい熱い。
「あの……それって……」
……あっ、やばっ。
「そう嬉しい……んだけども、その……私、春にワーキングホリデー行こうと思ってるの!」
とっさについてしまった嘘は留美の予定だった。
「ワーキング……ホリデー」
「うん、一年。オーストラリアのフェリス学園てところで。あと、三ヶ月……だから……その、今仲良くなっても辛いと思うの」
私の口からはペラペラと嘘が並び立てられる。
「オーストラリア……」
「う、うん。だからね、今は……その……」
その時、プ――! と扉が閉まる警告音が音鳴った。
「あっ、バス」
「ご、ごめん。行って! 本当にごめん」
修君は、少しはにかみながらも申し訳なさそうに私を送りだす。
「う、うん。じゃあね」
そう言って、逃げるようにバスの中に入った。
扉が閉まり、窓の外を見ると修君が放心状態で佇んでいた。
こ、このままじゃ残された彼が忍びない……出発しながらも窓から手を振る。
しかし、修君は私に気づかないのかその場に倒れこんで地面にコロコロ転がっていた。
な、なんて面白い生き物。
修君の姿が見えなくなって、ふぅ――と肩に力が抜ける。まだ、心臓の鼓動がうるさく音を立てており、顔も真っ赤だ。
危なかった……危うく、付き合うところだった。あまのじゃくな性格の私が、あんまり真っ直ぐな想いを伝えられて。
その時、
「りーかーちゃーん……」
前方から好奇心旺盛な安永さんの声が聞こえた。もはや、どんな顔してるかわかりすぎて直視することができない。
「いやぁ、青春してるわねー。若いっていいわぁ、ねぇ廣瀬さん」
私は、主婦たち(モンスター)に取り囲まれた。
「思わず、私たちの顔も真っ赤になっちゃったわよ。で!? 付き合うの? 里佳ちゃん、まんざらでもなさそうだったじゃない」
「……ははっ」
これ以上ないくらいの苦笑いが自然と浮かんだ。
「でも、チョット頼りなさそうじゃなかった? ルックスも悪くないんだけど、パッとしないってか」
「バカねバカね! それがいいんじゃない。そのギャップが里佳ちゃんの心をギュッと鷲掴みして……キャ――――」
「……ははっ」
本日二回目の乾いた笑いだった。
地獄のように長かったバスの降車駅に着いた。とりあえず、廣瀬さんはここの駅じゃないので集中砲火を浴びる心配はないだろう。
まぁ、悪気はないのだがよくも悪くも彼女たちは主婦なのだ。
プ――
扉が開いた……やっと降りれる。
「安永さん、このまま里佳ちゃんの家行ってお茶しない?」
前言撤回。彼女たちには悪気しかない。
扉が開いて力なく降りた。
なぜか、足が少し震えているのはこの後母親にも囲まれて半ば拷問のような恋話が始まるせいか。
プ――
「では、出発します。二人の素敵な門出に出発進行」
う……運転手さーーーーーーーん!?
小粋な運転手を乗せたバスは去っていき、思わず私は膝から崩れ落ちた。
・・・
その後安永さん、廣瀬さん、そしてお母さんによる取り調べが終わり、部屋へと着いた。彼女たちの取り調べはFBI並みである。終わった時間は深夜0時。ご飯も食べさせてもらえなかった。
お母さんたちは、それから「酒盛りじゃー。今夜は祝杯じゃー」とか言って、娘の恋愛話を肴にワインを飲んでいる。
こんな大人には、なりたくないものである。
疲れ果てて、ベッドにダイブ。
はぁ……
『吉木 里佳さん……俺は君が好きだーーーー! 俺は、君のことが 、大好きだ――――!』
んも―――! 思わず恥ずかしくなって足をバタバタしてしまう。
バカなんじゃないだろうか。いや、修君はたぶん、バカだ。
ほんと……バカ……バカ……バカ……
「バカ―――――――――!」
枕に叫んで部屋に漏れないように叫んだ。
だけど……バカだけど……恥ずかしいほどバカなんだけど……
修君は私に言ってくれた。真実の言葉を。偽りのない言葉を。なけなしの勇気を振り絞って。好きな人に『好き』って、彼はそう言ったんだ。
でも……彼の出した偽りのない言葉に対して、答えを私の出した答えは『嘘』だった。
だって……彼は、私のことを全然わかってくれてない。ちっとも、わかってくれてないのだから。
『その最悪な性格直さないと、あんた絶対に幸せになれないよ。里佳、私はオーストラリア行く前にあんたの幸せな顔を見たいわ』
留美がかつて言った言葉が何度も何度も心に木霊する。
とっさについた嘘は、私の盾だった。私の醜い心を隠すための。本当に心配してくれる友達の言葉を、軽はずみな言葉で返すような私の冷たい心を。嘘偽りない言葉を向けてくれた人にさえ、嘘で返してしまう私の偽りでできた心を。
留美は正直なことをズバズバ言って、時に人の心を傷つける。時には、自分が凄く傷ついて何度も泣いていた光景を私は見てきた。真奈は本当に人のことを気遣い、包み込んでくれるような優しい子。同時に芯の真っ直ぐな子で、本気の時は真っ直ぐにしか進まない。
私は……なんでこんななんだろう。嘘と軽口で自分を守って、一歩来たら一歩引いて。どう立ち回ればいいか、どう行動すれば傷つかないか考えて、人のことなど果たして考えたことがあるのだろうか。
きっと、修君は私を知ったら幻滅するはずだ。『こんな子だとは思ってなかった』、きっと私を見てそう思うはずだ。ちっとも成長しない私の心をきっと受け入れてくれなど……
「……ふぅ」
おい吉木 里佳。ガラにもなく、随分乙女チックじゃないか。
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