学生時代


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【理佳のターン】

  

 大学二年。冬。名古屋駅高島屋の金時計前で辺りを見渡す。あたりにはカップル、会社員、大学生の体育会っぽい男子、女子会しようとしている女子。


 そんな中、お洒落女子が慣れないヒールで走ってくる。


「はぁ……はぁ……お待たせ、理佳」


 ばっちりメイクした真奈がミニスカートで登場。普段履かないハイヒールなので、歩き方はどこかぎこちない。


 真奈との合コンも、もう四回目だろうか。


 本人は『電車が遅れてきた』と証言しているが、毎回遅刻してくるのは、直前まで服装に迷っているからだと、真奈のお母さんが証言していた。


「鶴舞線? 名城線? 名鉄瀬戸線? バス? 今日はなにが遅れてきたの?」


「……あんたって、本当に性格悪いわね。ねえ里佳。今日は、あんたのために開いてるんだからちゃんとしなさいよ」


 親友の真奈が、そう私を睨むが、その発言はこれで六回目だ。


「まあまあ、そんなに殺気立たなくても」


「出したくもなるわよ。私がこーんなに、合コンセッティングしてあげてるのに、なーんであんたは誰とも付き合わないわけ!?」


「センスが悪い! 男のセンスが!」


「……ぶつわよ」


 と言いながら、もう軽く小突かれている。しかし、あながち私の言動が誤りだったわけでもない。


 一回目は、同じ大学の同級生。学部は違ったけど、イマドキの男の子って感じだった。思えば、まともな合コンと言ったら、それだけだった気がする。『ここで、手を打っておけばよかった』と思ったのは二回目だった。「バンド格好いい」とか真奈が騒いで、開いた合コンは全員勘違いしてるロック野郎だった。自称限りなくプロに近いアマのヴォーカリストが「お前のフーチャーをチェンジするよマジで」とルー大柴もびっくりな言葉を投げかけられた時、全力で『お前がチェンジだバカ野郎』と叫びたかった。三回目は、体育会系、コール大好き、ついでに鈍感で超空気読めないマッチョ男どもだったし、四回目は最早大学生ですらなく、『女子大生』と言うステータスだけでテンションが上がってバカ騒ぎするおちゃらけ会社員だった。


「あんた性格最悪だけど、外見は凄くいいんだから。大抵はあんたの外見に騙される輩がいるんだから」


 優しすぎる親友のお言葉に涙も出ない。


「私に見合うだけの男がいないのよねぇ。残念ながら」


 あたっ! 問答無用で小突かれた。


 まあ、でも本当の話だ。合コン以外でも格好いい男もちらほらいたが、そして、そんな男は必然的に私以外の女の子たちが狙っている。


 そして、いい男を目の前にした有事に、自称アシスト女は清々しいほど堂々と前言を撤回する。私たちの間では、『恋より友情』と言うよりも『恋と友情は別腹』という感じだ。


 そう、彼女たちは気持ちのいいほど、乙女なのだ。


 私もタイプな男を目の前に譲ってやるほどお人よしでもないが、タイプじゃない男を囲っていようとするほど自尊心は高くないと思っている。結果として、そんな理由でまだ男性とお付き合いできていないのが現状だ。


「待った―?」


 もう一人の合コンメンバーである留美が到着した。


「待ったじゃねえよ、一五分遅刻だし」


 と五分遅刻の真奈はミニスカートで豪快な回し蹴りを浴びせる。さすがは空手初段のキラーマシン。手加減していても酷く痛そうだ。


「ったたたた。加減してよねこの全身凶器女!」


「したわよ! 滅茶苦茶したわよ」


 恐らくしたつもりなのだろう。真奈のお仕置きは大抵痛い。


「でも……その鍛え抜かれた生足で男を悩殺しようって訳?」


 留美はニヤニヤと真奈にツッコむ。


「ち、違うわよ! 今日も私はアシスト役なの!」


 そう言って、先頭を歩き出す真奈に私と留美は顔を見合わせて笑った。


 店は、お洒落居酒屋だった。


「へぇ、いい店じゃん」


 と幹事の真奈に労いを入れたが、緊張で聞こえていないようだ。


 くっそ、可愛いなあ。


 私と留美はこの真奈が大好きなのだ。


 実は彼氏が凄く欲しいこの子は、私を口実にする。しかし、それを悪いと思っているのか幹事を買って出て、全ての段取りをこなしてくれる。そして、本当に幹事キャラに回ってしまい、タイプの男は別の女の子にいってしまう。そんな愛すべき要領の悪さを備えたこの残念で純粋な美人が私は好きだ。


 中に入ると、すでに男性陣は店に入っていた。座敷だったので、私たちが来たら、三人は立ち上がった。


 早速、三人のことを観察する。


 一人目……幹事はまあまあ。


 ふた……ダッサ! ダッ――――――――――――――――サ! 


 超絶ダサい。


 恐ろしく色落ちしたデニム生地の上下。これでもかと言うほど破れていた。そして、茶色く色落ちした年代物の鞄。こちらもボロボロになっている。


 途中、追剥にでも遭わなければ説明がつかない格好だ。


 いや……逆にお洒落なのか……あまりにも個性的で判別がつかない。


 幹事がなにか話しているが、この奇妙な格好をした男の子が気になりすぎて頭に入ってこない。見渡すと、真奈も留美も同じような表情を浮かべていたのでだいたい同じ感想なのだろう。


 そして、この男の子はおもむろにそのデニム生地のジャケットを脱ぎ始めた。


 ……ピッチピチ! ピッチピチやがな――――――――――――!


 一八〇㎝ぐらいの身長にも関わらず、一六〇㎝ぐらいのサイズのシャツは今にもはちきれんばかりだ。誰がどう見てもサイズ違いだ。これを合コンになぜ着てこようと思ったのか。それについて小一時間説明を聞きたい。


「作戦会議――――! ちょっとトイレへ……」


 幹事の岳君と言ったか、おどけて二人を連れてトイレへ向かう。


 大分慣れた感じだ。互いの陣営に、必要な時間なので提案自体は悪く思われない好手だ。


「ちょ、何あれー! なにかに襲われたわけあの人は-!」


 男子がいなくなったのを確認して留美が爆笑しながら私たちに語りかける。


「そんなことを言うもんじゃないわよ。なにか事情があるのかも」


 そう弁護しながらも真奈のポーカーフェイスもすでにほころんでいる。


「……家が滅茶苦茶貧乏で、ずっとあのデニム生地の上下、ボロボロの鞄を使っていた。シャツを買うお金すらなく、小学校六年生の頃のものをずっと使ってた……とか?」


「……やめてぇ!」


 真奈がお腹を抱えて笑っていた。


 だいたいそんな奴が合コンで金使うなよ。


 今日の合コンはいつもの合コンとは色々違うようで、私的には超楽しい。

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