むかしむかし
【夫のターン】
「ねえねえ、ママ―。昔話聞かせてー」
と娘が妻にお願いした。パパだって喜んで読んであげたいところだが、その朗読力に置いて妻には全く叶わない。
里佳の昔話は独特だ。桃太郎が鬼にフルボッコにされたり、シンデレラが王子にソバットしたり、実にバラエティに富んでいる。作家志望として、ユーモアセンスで負けたことは一時期酷く傷ついた。
「ええっ、ママ忙しいんだけどなぁ……パパにお願いしたら?」
「だってパパの話つまんないんだもん」
グサッっと純粋な言葉のナイフで刺された。妻に誘導されたナイフだ。隣でニヤニヤしながら見ている妻を睨んだが、知らん顔。
「しょうがないなぁ。じゃあ、するね」
そう言って娘を挟んで、妻、俺と寝転んだ。
「昔々あるところに騙されやすい1人の青年がいました。彼は疑うことを全く知りません」
「ふーん……パパとどっちが騙されやすい?」
「うーん、同じくらいかな」
凛ちゃん、俺はここにいるよ。騙されやすいとか言うなよ。
「そして、またあるところに綺麗な女性がいました。大層な美人さんで周りからの注目を一身に受けていた女性です。世界3大美人、「クレオパトラ」「楊貴妃」「小野小町」とも遜色ないような美人さんです」
妻の教育なのか知らないが、おとぎ話には適さない難しい言葉をガンガン使う。『遜色ない』とか、『世界3大美人』とか、娘がわかるかわからないかに関わらず。興味があれば質問して来たり調べさせたりするので、娘の学力は他の子とは違い抜きんでている。意図しているか、それともただ娘に合わせるのが面倒くさいのかは知らない。
「ふーん……ママとどっちが綺麗?」
「うーん、同じくらいかな」
おい。
「その女性はいたずら好きで、その騙されやすいと噂の青年を気になっていました。ある時、どれくらい騙されやすいんだと公衆電話で『もしもし、Perfumeですけどと電話してみました」
……あれお前だったのー!?
「青年は震える声で言いました。『あーちゃんですか? のっちですか? かしゆかですか?』と。その女性は答えました。『のっち』ですと」
俺は逆にショックを受けているよ。アレがのっちだと思って俺……俺……
「ふーん……馬鹿だね、その青年。Perfumeが一般人に突然電話する訳ないじゃん」
娘ー! おい、娘ー!
ちなみに娘もPerfumeの大ファンだ。
「青年はまたしても震える声で言いました。『い、意外に社交的なんですね、のっちって』。女性は湧き上がる笑い声を必死で堪えながら言いました。『今、テレビの企画でPerfumeファンの愛情調査を行っています。新宿ハチ公の前でチョコレートディスコを2時間踊って下さい。そうすれば、私、のっちがあなたを迎えに行きましょう』と。その青年は案の定踊りました」
おい里佳! 夜なべして練習したんだぞ。あんな群衆の中、ジロジロ見られながら頑張って全力で踊ったんだぞ! 『案の定』とかで片づけるなよ。
「ふーん……馬鹿だね、その青年」
娘ー! おい、娘ー!
「その女性は、再び公衆電話で電話を掛けて『ごめんなさーい。突然、取材が入っちゃって行けなくなっちゃったの』と言いました。その青年は震える声で言いました。『取材なら……仕方ないですね』と」
泣いたよ。あの夜、俺は全力で泣き崩れたよ。おい、貴様。後で2人で話あるからな。
「ふーん……いい奴だね、その青年」
「そして、その美人な女性は青年の誠実さを愛するようになり2人は結婚して、子供を産んで幸せに暮らしましたとさ。さ、昔話終わりっ。寝よ」
……ずるいよ、お前。
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