取扱説明書

【夫のターン】


 深夜0時に帰宅。仕事が貯まりすぎてて、かつトラブル満載の1日であった。そして、どうにもならないので全部放り出して、逃げてきた。あとは、優秀な後輩、遠藤君が頑張ればいい。


 なんせ、明日は早朝から大阪に出張だ。お土産の1つでも買ってやる、許せ。


「ただいま」


 そう言って玄関を上がると、妻がニコニコしながら待っていた。


 ……なんでだろう。この甲斐甲斐しい妻に、嫌な予感しか感じないのは。


「お帰りー。はい、これ」


「……なに、これ?」


「エヘヘ、私の取扱説明書。作ったんだ」


 ……まだだ。ビリビリに破るのは読んでからでいい。


 リビングに入って聞こえてくる音楽は、東野マナの『取扱説明書』。


 そうか、そうやって次々とろくでもないことを思いつくわけだな貴様は。


「読むの、明日でいいか?」


「駄目。今、読んで」


 それは貴様、深夜0時に帰って屍のようになっている俺に向かって言ってんだよな。


「疲れてるんだ。また、明日読むから。明日も5時起きなんだ」


「うん。でも、今読んで」


 そーか、喧嘩売ってんだなよし買った。


「読む価値があるんだよな? あ・さ・五時に起きなくてはいけない、そして、明日の帰りも深夜0時を超えるであろう俺の睡眠時間を削ってまで読む価値があるんだよな!」


「知らない。でも、読んで」


 ……よーし、読んでやろうじゃねえか。お前の取り扱い説明書なんてもんがあるんなら、10万円出して買ってもいい。


 渡された取り扱い説明書の表紙を見ると、『理佳のト・リ・セ・ツ』と書いてあった。


 なんだろう……イライラする。すっごく、イライラする。


 1ページ目

                *


 今回は私なんかを選んでくれてどうもありがと♪ ご使用の前にこの取り扱い説明書をよく読んで――


                *


「……東野マナの歌詞の部分は飛ばすぞ!」


「後で読んでね」


 ぶっ飛ばすぞ貴様。


 2ページ目。


                *


 『一週間に一度、エサ(ハーゲンダッツ)をあげてください。基本的にはチョコですが、毎回チョコだと飽きるので、たまにはミントとレモン味をあげましょう。でも、チョコビスケットは太るのでNGです』


                *


 ……どーしよ、想像以上にクソ、どーでもいい。


                *


『マンゴー味も好きです。でも、マンゴー味は飽きちゃうから二カ月に一回くらいでいいです。比率としてはチョコ4:ミント2:レモン2:マンゴー1ぐらいの割合です。でも、たまにはチョコを多くしてみたりするサプライズを忘れないでください……カキ氷に関して邪道です。私はアイスの方が好きです。ただ……』


                *


 ……アイスで1ページ使い切るとは、こいつの脳内回路はどうなっているのだろうか。


                *


 3ページ目


『お手伝いに関して、ご飯が終わったら皿洗いをしてください。週に一回はトイレ掃除、お風呂掃除は週に三回してください。土日はご飯を作ってください。あっ、凛ちゃんはピーナツアレルギー持ちなので注意してください。凜ちゃんも私もご飯は固めが好きなので、早炊きにしてください。修ちゃんは柔らかめが好きだと思うので、修ちゃんはご飯をついで、少し水入れてレンジでチンしてください。あと、おかずは……』


                *


 この女……もはや、取扱説明書というより、ただのわがままじゃねぇか。もはや、読む価値もなく一刻もグーリグリの刑に処したいところだ。


                *


 4ページ目


『……最近、少し寂しいです。お仕事で疲れてるとは思いますが、もうちょっとぐらいかまってくれてもいいと思います。凜ちゃんが起きている時は、私も修ちゃんもどうしても凜ちゃん中心になってしまいます。それは、しょうがないけど……でも、寝ちゃったらもうちょっと私をかまってくれても……修ちゃんが疲れてるのは、もちろん、わかってるけど……』


                *


 ……ぐうの音も出ない。最近、忙しくて会社から帰ってきて家には寝に帰ってくるだけだった。『疲れてる』って言って、ろくに話もせずに。もう寝てしまってるから別に会話なんていいだろうって。


 もしかして……昨日からの一連のわけのわからない行動はその信号だったのか。凄くわかりにくかった。物凄くわかりにくかったが、それでも紛れもなく理佳の出したSOSのサインだったんだ。


 誰のために……誰のおかげで自分が頑張れるかもわかっていないで。


 俺は……大馬鹿だ。


                *


 5ページ目


 『……と、言うのは真っ赤な嘘です。今日も修ちゃんの実家に行って焼き肉をワイワイ食べてきました。修ちゃんが中々帰ってくれないって言ったら実家のご飯が豪華になるので、もうちょっとの期間、遅く帰ってきてもらえると……』


                *











 ……とりあえず、グーリグリの刑に、処した。


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