そして、また

【夫のターン】


 午後10時。妻にタクシーで逃げられ、怒りを抑えながら娘を寝かしつけてた時に、電話がかかってきて、悪魔(妻)の謀略でおふくろにキレられた直後。


 シンジラレナイ……あいつ、いつのまにかおふくろ味方につけてやがった。一家の大黒柱的な存在である我が母。本当は親父がその任を担うべきであるが、見事にその尻に敷かれている。そんな我が父も調略されているとみていいだろう。


 どうしようか……今日はもう遅い。明日にするか……


 ――いや、迎えに行く。と言うより懲らしめに行く。


 あの女をこれ以上調子づかせると危険だ。何よりムカムカして酒を1リットルほど飲み干すか、妻を正座させて小一時間説教しないと収まりがつかない。


 しかし、まさか、タクシーでそのまま通り過ぎていくとは、どんだけ性根が腐ってんだ。


 先ほどのメールを、もう一度、見返す。


『怒っているようなので実家に泊まりますm(_ _)m』


 ――ぬぁあああ! 顔文字で謝ってんじゃねぇよ!


 ……絶対許さん!


 すでに罵詈雑言メールは送ってやったが、まだ足りなかった。もう一度、文句の一つでも送ってやろうと再び携帯を開いた。


『今度と言う今度は堪忍袋の緒が切れた。離婚だ離婚! お前なんかに凛を預けておいたら将来どんな子になる末恐ろしいわ! 親権は絶対に渡さんからなー! すぐに行くからせいぜい怯えながら待っとけ!』


 そう高速でメールを打ち込んで送信。


 まったく、あの女は。これぐらいのメールがいい薬だ。


 ざまあみろ、反省せい!


           ♪♪♪


 おっと返信だ。フフフ、どれだけ慌ててるか見ものだ。











『……好き❤』




 ……ずるいよ、お前。


             ・・・


 実家に到着した。相変わらずの佇まい。だが、1つだけ以前と違うこと。底抜けに明るい声が飛び、笑い声が大きく響いている。まあ、妻がそこまでこちらの実家に溶け込むのは、夫として少しホッとする。なんとなくさっきのメールで怒りがおさまってしまったのは、妻にいいように弄ばれているようで面白くはないが。


 ドアをあけると、たまたま妹がこちらに来た。


「あっ……修兄。おかえりーだにゃ……ぶふっ」


 そう俺を見るなり吹き出す妹の美幸。


 嫌な予感がした。壮絶に嫌な予感が。


「な、なんで笑ってんだお前」


「にゃんにゃん♪」


 あ、あの女! 実家は駄目だろう! 実家にあの動画見せちゃ駄目だろう!


 ――いや、もう何も言うまい。前言撤回。めっちゃ腹立つ。後はあいつを懲らしめるのみ。この場で離婚届を叩きつけて場を震撼させてやる。


 リビングに到着。おふくろと親父と妻がこっちを一斉に見た。


「ああ、修。あんた、いつも家では無口なくせにあんなこともやりおるんやねぇ」


 おふくろが言う……恐らくあの動画の事だ。


 この女――おふくろにまで見せるとは何事だ! そう睨みつけるが完全に知らん顔だ。


 どうしてそんな顔ができる。どうしてそんな顔ができるんだよ……いや、もういい、わかった。俺は最終手段を出すしかないんだな。


「おふくろ……親父……聞いてくれ。この女は――「お父さん、お母さん、美幸ちゃん! 今回の件は全て私が悪いんです。ご迷惑おかけして本当に申し訳ありませんでした」


 俺の声を打ち消して、里佳が俺の前に入って深々とお辞儀した。


 ……少しの間沈黙が続いた。俺も、この出来事を理解するのに時間がかかる。妻が謝った。自らの非を認めて。これが、俺の欲しかったもの。まあ、俺にじゃなく家族にってことが気にかかるが。反省したという事なのだろうか……まあ、今回は許して――


 ん? 何やらおふくろの様子がおかしい。


「このごくつぶしが―――――!!!」


 うおおおっおふくろからめちゃめちゃビンタされたー!


「ちょ! なんで俺が……なんだってんだよ!」


「あんたが完全に悪いのに……このできた妻にあんたの非を被らせるなんて。里佳さん、謝りたいのは私の方です。どうか、顔をあげておくんせ」


 こ、この女……まさか!


「違うんだって、本当にこいつが悪いんだよ。全部こいつが――「修ちゃんの言うとおりです。全部私が悪いんです……だから修ちゃんを責めないで」


 おいー! それだと俺が悪いことになっちゃうんだってー!


「父さんー! 箒、箒持ってきてー! 育て方を誤った。育て方を誤った。里佳さんのためにも今からこのごくつぶしに体で覚えさせるー」


 ちがーっ! 違うんだー! 聞いてくれー。


 結局、箒でボコボコにされて朝までその説教は及び、長い長い1日は終わりを告げた。


              ・・・


 チュンチュン


 ……朝か。五時までの説教……久々に堪えた……


「あっ、修ちゃん。おはよーっ」


「……」


 そしてまた、今日という一日が、始まる。


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