あやまれ
【夫のターン】
4月2日午後9時。別名にゃんにゃん動画が拡散されて3時間が経過した時点。
「もー、まだ怒ってんの?ごめんなさい。本当にごめんなさい」
「……」
妻もさすがに悪いと思ったのか何度も謝ってくる。しかし、無視した。無視をしてやった。絶対に許してやらんと、すでに神に誓っている。
「ねー、機嫌直してよー」
こんな時ばっかり上目がちに見つめる妻。
「……」
か、可愛い……くないっ! まったく、とんでもない女だ。
妻の里佳は世間一般でいう美人である。可愛い赤ちゃんから美少女を経て美女に到達した正真正銘の。生まれてこの方『美』と『可愛い』という形容詞がつかなかった時はなく、その美貌にかまけ、チヤホヤされ続けて生きてきた性格破綻者。
それが、里佳の友人による評価である。
一方、俺はTHE普通。可愛い赤ちゃんから、小学生からファミコン、プレステを経て、高校にはプレステ2にはまり、大学では逆にプレステに戻る。ファイナルファンタジーで言えば、6⇒7⇒8⇒9⇒10⇒11⇒やっぱ9に戻る。というような感じ。可愛いのは赤ちゃんの時のみ。他に特筆するべくものがないので、修の話をするぐらいならゲームの話をしようじゃないか。
というのが俺の友人(と呼べるかはわからないが)による評価だそうだ。
そんなTHE普通である俺に、生まれてからずっと華麗な里佳と結婚するというのは、世間一般からすると羨望の的らしいが、実際に被る性格的被害はプラスの比ではない。
THE普通が高嶺の薔薇を手にするまでに経た圧倒的苦労は、もはや涙なしでは語れぬ物語だ。
しかし、もう限界も近い。
4月1日のエイプリルフール、にゃんにゃん動画の拡散はやりすぎである。
そう……お前はやりすぎたんだよ。
もう、100回謝っても200回謝っても許す気はない。どれだけ甘えた声ですり寄ってきても、真摯な土下座を受けたとしても。裸でエプロンでも……いや、裸でエプロンなら……考えても……
「……フーッ。じゃあ、おやすみ」
!?
「お、お前……もう俺に謝んないのか」
思わず、声が、震えてしまった。
あんだけのことしたのに。あんだけのことをしたのに。
「謝ったじゃん」
「許してないよ! 許したって言ってないだろう?」
「あきらめた」
「……えっ」
「謝ること、あきらめました」
キッパリと断言する妻。焦る俺。
そんな馬鹿な……基い、そんなバナナ。
「いやいやいや、あきらめんなよ。阿呆なのかお前は」
「じゃあ、許してくれるの?」
「いや、許すわけねーだろ!」
まだ5回……いや、4回? それぐらいで許されるわけないだろう!
「なら……残念だけど、もう謝れません。あきらめました」
なぜか決心の堅い妻。
「謝れよ!」
「謝りません」
「謝れ! 謝れ謝れ謝れ!」
「嫌です。許してくれないんだったら謝りません」
「ふざけんな! 謝れ」
「謝りません。そして、もう寝ます」
妻は、高らかに宣言する。
「そ、そんな! ちょっと待て……いや、待ってくれ!」
「離してください。もう眠いんです」
「そんなこと言うなよ! ここは、もっと話し合う場面だろうが」
「もう話すことはありません」
「そんな……」
なぜか俺がすがって、妻が会話を切り上げるというパラドックス現象。
「……もういい!」
本当は全然よくなかった。洒落にならない嘘つかれて、いい年のおっさんがにゃんにゃんしてる動画あげられて、全然よくはなかった。
『もういい!』というのは、全然よくない意味だと広辞苑には載せておいてほしいと心から思った。
しかし、そんな想いが酌まれることはなかった。酌むばっかりである。
コップに空いた水も、酌まれることなく、酌みに行く。ついでに、妻のも酌みに行く。茶碗のご飯もついでよそう。
酌むばっかりの、人生である。
「明日になったら、忘れていることを望みます。じゃあ、おやすみー」
忘れるものか。未来永劫忘れてたまるか。
・・・
チュンチュン
朝5時。意識が戻ると、腰に若干の痛みを感じる。結局、リビングのベッドで夜を明かした。眠ったら怒りが冷めるというが、怒りからほとんど眠れなかったので、結果、怒りなんておさまるわけもなく。しかし、朝無情だ。企業戦士である修に、怒り続ける時間は与えてはくれない。
「ん゛ーっ!」
大きく伸びをして、腰に手を当てる。
久々にソファで寝た。あんな妻なので、毎日のように小競り合いはあったが、ソファで寝ることは今までなかった。
それにしてもソファで寝るとやはり調子が悪い。くつろぐ時はあんなに気持ちいいのに、いざ寝るとなると、絶対に身体のふしぶしに異常が生じる。よくよく考えてみると七不思議だ……それにしても腰が痛っ……
……!!!
なんで……妻じゃなく、俺がソファ!?
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