にゃんにゃん
【妻のターン】
4月2日。夕方。
「ねえ、修ちゃん。もういい加減機嫌直してよ」
そう言いながら夫の大好きなバナナを差し出す。
「……」
完全に無視……なんて器の小さい男なんだ。だいたい、殴られたのは私だ。被害者は私なのに。被害者は私なのに。
「もーおー、お茶目な妻のいたずらじゃん。私だって育児で疲れてんのに、あんまりにも修ちゃんが構ってくれないから。寂しさの裏返しだよ―」
極力可愛気に言う。殴られたのは私だが、修ちゃんの目には涙が貯まっていた。 その時、思った――やっべぇ、やりすぎた。
「……」
修ちゃんはスッと机に紙を置いた。
「これ……なに?」
「書け! 離婚届けだ」
ええええええええええええええええっ!
「ちょ、ちょっと待ってよ! だから、冗談だってぇ」
「冗談になるかよクソ女! だいたい、貴様の冗談には愛想が尽きたわ! 今までどれだけ俺が我慢してきたと思ってるんだ!」
……まあ、夫の言いたいことはわかる。修ちゃんは真面目だ。すぐに嘘に引っかかる。そんな誠実なところが私は実に大好きだ。そして、そんな大好きなところが見たくて、すぐにまた嘘をついてしまう。この嘘ついたら、どうなっちゃうんだろうって思ってゾクゾクする。
「しゅーちゃーぁん! じょーだーんじゃーん」
猫なで声を出し、甘える――うわっ、殺すような目つきで睨まれた!
おいおい、妻を見る目じゃないでしょ。
「……ふぅー、とにかく書いておけよ」
そう言って、机を立ってリビングのソファーに座った
。
――仕方がない……猫だ。猫になるしかない!
私は、世界で最強の生き物は猫だと思っている。なぜなら、持っている武器が最強だからだ。
すかさず、夫の横に潜り込んで身体を摺り寄せる。
「な、なんだよ……お前、あっち行けよ」
そうやって離れられる前に……必殺、痛くない猫パンチ。
「にゃんにゃん♪」
「……んだよ、ふざけんなよっ」
そう言いつつも、まんざらでもない夫。
「にゃんにゃん♪」
「っばか! 俺は真面目に怒ってんのに」
と言いながらも、だんだん声の怒りトーンが下がっていく。
「にゃんにゃん♪」
「……はぁ、女ってずるいよなぁ」
よしっ、攻略成功。なんて、簡単な男なんだ。私、逆に浮気が心配になる。
「にゃんにゃん♪」
「もう、いいって」
「にゃんにゃん♪」
「だからぁ! やるわけないだろ、いい大人だぞ俺は」
「にゃんにゃん♪」
やるまで、やる。走り出したら止まらない。そして、やってもらわないとこの先ずっと舐められる。足元見られる。それだけは許せない。
修ちゃんはずっと、私のおもちゃでなければならない。
「にゃんにゃん♪」
「……ほらっ、にゃん。これでいいだろ?」
よしっ、やった。やりやがった。でも、まだだ。
「にゃんにゃん♪」
「もー、やっただろしつこいなぁ」
「にゃんにゃん♪」
「わかった、わかったよ、にゃんにゃん、これでいいだろう?」
「にゃんにゃん♪」
「……にゃんにゃん」
「にゃんにゃん♪」
「にゃんにゃん↑」
「にゃんにゃん♪」
「にゃんにゃん♪」
「にゃんにゃん♪」
「にゃにゃにゃにゃにゃーにゃんにゃん♪」
ああ……なんて可愛い夫だろうか。先ほど離婚届を突き付けていた夫とは思えない。今は、調子に乗って『にゃにゃにゃにゃ』とか言ってるし。
……見せたい、この修ちゃんの可愛さ見せてやりたい。
「にゃんにゃん♪」
「にゃんにゃん♪」
「にゃんにゃん♪」
・・・
「にゃんにゃん♪」
「にゃんにゃん♪」
「にゃんにゃ……ってお前何やってんの?」
「エへへ……可愛いから拡散しちゃった。見てみてー♪」
*
ワロす! おっさんのニャンニャン動画。
*
またしても、夫が私を殴った。
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