初めて妻を殴った
花音小坂(旧ペンネーム はな)
嘘のような話
【夫のターン】
「私……レズビアンなの」
その告白は突然だった。いつものように夕食を食べ、いつものように子どもを寝かしつけたその後だった。
「……ええっ?」
何も思いつかず、大きく息を吐いたような声が漏れた。なんだ、この女は何を言ってるんだ。
「だから……ごめん、私レズビアンだったの」
幻聴じゃない。どうやら、幻聴では無かったようだ。
「お前、バカな事言うなよ!」
思わず、声が大きくなってしまう。声が震える。いつ以来だろうか……いや、初めて妻をこんなふうに怒鳴った。
「……ごめん」
そう大きくため息をつく――ため息をつきたいのは、こっちだ。
「どうすんだよ?」
思わず、問いかけた。
「……何が?」
何がって、結婚して、ベイビー作って、マイホーム建てて、現在絶賛幸せに暮らしてることだよバカ野郎。
「だから……間違いじゃないのかってことだよ」
どうやら、言いたいことってのはあまりにたくさんあると言えないらしい。
「違うの」
ええええ、違うのー? だって、ベイビーどうすんだよ。作っちゃったじゃないかよ。気づけよ、その前に。
「だって……お前……その確かに最近はアレだったけどさ」
そりゃあ、最近はご無沙汰だったけど一応俺も仕事でクタクタで、お前だって育児で随分疲れてたじゃないか。
「……相手……ベビーシッターさんなの」
あの女……ぶん殴ってやる。訴えて、賠償金請求してやる。
「……で! どうすんだよ!」
投げやりになって叫んだ。酒が欲しい……
「……何が?」
脳みそウジ湧いてんじゃないかこの女は! その女と暮らすのか? ベイビーどうすんだ。マイホームどうすんだよ、ローン払えよこの野郎。
「うん……出てく。子供も……連れてく」
どーすんだよー、俺にはこの家広すぎるよー! もう抱えちゃってんだよ色々と。単身赴任の相談受けてんだよ。だいたい家買おうって言ったのお前だろ!
「お前……そんな我儘通じるとでも思ってんのか?」
子どもなんて絶対渡さんぞ。お前、今、考えてみたら俺道具じゃねぇか。子作りマシーンじゃねぇか。プロポーズした時のあの言葉「子ども絶対作ろうね」ってお前っ……お前っ……
「……愛してるの」
それは、言っちゃダメでしょ。俺は? 俺はどうすんの?
「なあ、そりゃあ俺は最近忙しかったけどさぁ。そんなおと……女と付き合って日にちなんて経って無いんだろ?」
「……7年なの」
思いきり俺と被ってんじゃねぇか! 子作りマシーン決定じゃねぇか!
「……言っておくが子どもは渡さんぞ」
わかった、もう貴様に未練はない。一生呪って生きてやる。当然だが、子供は渡さん。子供に罪は無いし、俺が立派に育ててやる。
「凛は……お母さんとがいいって」
知らんよ! なんなの! 俺、悪者なの? ねえ、俺が悪いの? 俺が悪いのか!
「ゴメン……全部私が悪いの」
そうだよテメエが悪いんだよ! 貯金残ってねぇんだよ、もうこの家庭に人生全部懸けちゃってんだよ。
しかし……それでも……
「愛……してるのかよ?」
「……うん」
どうしようもないバカ女だよ、お前は。で、そんなバカ女を愛した俺は、大バカ野郎だ。
「……親には話したのか?」
「ううん、言ってない」
「話さなきゃ駄目だろう? 大事な事なんだから」
「……いいの?」
「言い訳無いだろ! でも……しょうがないんだろう?」
「……ありがとう」
世界一聞きたくない、ありがとうだった。
「ねえ……あと1つだけ聞いてくれる?」
「なんだよ?」
もう、これ以上驚く話なんて、この世には存在しないのだろう。
「今日……何の日はわかる?」
「あ? そんなん4月1た……」
お前……まさか……
「トゥットゥルー! エイプリルフー―」
初めて妻を殴った。
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