第5話 グランシア魔法学園
グランシア魔法学園入学式。
多くの新入生が体育館に集っていた。アリシア・レインディールもその1人だ。
――到頭、この日が来てしまった。
諦観の境地で人々を見遣るアリシアだった。そんなアリシアは1人の人を探していた。この『愛する奇跡』の主人公リリア・テレジアを。
その姿は意外と早く見付かった。ピンク色の髪の毛が視界の端に映ったのだ。確認するまでもなくリリア・テレジアだと分かった。
――ピンク色の髪の毛なんて、そうそういないわ
主人公の特権ね、と思いつつリリアの横顔を眺める。ぱっちりとした目、形の良い鼻、ぷっくりとした唇。可憐な容姿は正に乙女。乙女ゲームの主人公らしい容姿だ。
そんな主人公を見遣りつつ、生徒会長である兄の新入生歓迎の辞を聞く。周りの女子生徒達がうっとりと兄を見詰めているのが分かった。
兄はとても格好良いのだ。身内の贔屓目で見ても相当格好良い。まして慣れていない女性達からしたら格好の良さはこの上ない程だ。そんなうっとりとした視線を向けられていても涼やかな兄には尊敬の念を抱く。
そんな事を思っていたら、新入生代表の辞になっていた。
新入生代表は言わずもがなアルフォンス殿下だ。乙女ゲームの絵そのままの涼やかな美形にまた女性陣の目は釘付けになる。アルフォンス殿下には兄には無い鋭利な雰囲気があり、そこがまた良い。浪々と語る声もまた美声で女性達は聴き惚れる。アリシアは聞き慣れているので何ともないが、他の女性達は蕩けそうになっていた。
――これは凄いな
面倒な事が起きなければいいけど、と思いつつ、彼女は憂鬱な溜息を吐くのだった。
グランシア魔法学園は全寮制だ。アリシア・レインディールも多分に漏れず女性寮に入った。ちなみにアリシアは公爵の特権で1人部屋を宛がわれている。しかし、侍女は連れて来られなかったので、掃除洗濯等はアリシアがやる事になる。幸いこの世界にも前世同様の機器(洗濯機や掃除機など)が魔導具として完備されていたので、前世で一人暮らしのOLをしていた彼女にとっては易いものだった。
――アルフォンスは大丈夫かしら……
ふとそんな事が脳裏を過ぎった彼女はアルフォンスに出会い頭こんな質問をする羽目になる。
「アルフォンス殿下」
真剣な表情のアリシアがアルフォンスを上目遣いに見る。
「な、なんだ、アリシア」
上目遣いに動揺しながらアルフォンスは応えた。
「殿下は家事をこなせておりますか?」
「は?」
「ですから、掃除洗濯はできているのか、と申し上げているのです」
「……」
アリシアの言葉にアルフォンスは明後日の方向を見ていた。
「放課後、殿下の部屋に行っても宜しいでしょうか?」
私がやってさしあげます、とアリシアは言った。
「……すまない、頼む」
一連のやり取りが誰の耳にも届かなかったのは幸いである。
放課後――
当然ながらアルフォンスは一人部屋だった。それが幸いだったのか不幸だったのか分からないが、誰もアルフォンスに家事を教える者がいなかった。そこに現れた救いの女神がアリシアだった。アルフォンスはアリシアを部屋に入れると、彼女に手伝って貰いながら家事をこなした。
元々、アルフォンスは器用な男であった為、教わった事は大概何でもできる。家事もその1つとなった。
「アルフォンスは器用ね」
備え付けの台所にあった紅茶を淹れながらアリシアは言った。
「そうか?お前の方が器用だと思うぞ」
出された紅茶を飲みながらアルフォンスは応える。
「そうかしら?」
くすくす、と笑いながら、アリシアはお茶を飲む。
――こんな穏やかな時間がいつまでも続けば良いのに……
ふぅ、とアリシアは憂鬱な溜息を吐くのだった。
乙女ゲームは既に始まっている。もう誰も止められないのだ。それを思うと憂鬱にならざるを得ない。
「?アリシア、大丈夫か」
アリシアの憂鬱そうな雰囲気に気付いたアルフォンスは気遣わしげに彼女を見た。
「……大丈夫、何でもないのアルフォンス」
アリシアは気丈に振る舞う。そんなアリシアをアルフォンスは痛ましげに見詰める。
「アリシア……何かあったら、僕に言って欲しい。なんでも聞いてあげるから」
だから、そんな顔をするな、とアルフォンスはアリシアの頬に口づけた。
「あ、アルフォンス」
ぼんっ、という効果音が付きそうな勢いでアリシアは真っ赤になった。そんなアリシアの初心な反応にアルフォンスは笑みを深めた。
「アリシア、分かった?」
「……はい」
アリシアは観念したように返事をした。アリシアの頬はまだ赤いままだ。
――こんなんで、私、やっていけるのだろうか……
アリシアの憂鬱な溜息は止まらない。
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