第4話 約束
アリシア・レインディール、十二歳の春。学園入学まで残り三年。
グランディウス王国第一王子アルフォンス・グランディウスに連れられ、彼女は馬に乗っていた。勿論、アルフォンスの馬で一緒に乗っている。
どこまで行くのか分からない中、森の中をどんどん進んでいく馬には魔除けが施されているので途中で魔物に遭遇する心配は無い。
森を抜ける頃、アリシアは花の香りを微かに感じた。そして、その香りがどんどん強くなっていくと、目の前に一面の花畑が広がった。
それは白いセフィという花の花畑であった。
「わぁ……」
その美しい光景に思わずアリシアは感嘆の声を上げた。
「綺麗だろ、アリシア」
アルフォンスが得意げに言う。
「はい、綺麗です……アルフォンス、ありがとう」
アリシアは紅潮した頬を隠さずアルフォンスを上目遣いに見て微笑んだ。その破壊力は凄まじいものだった。アルフォンスは真っ赤になって俯いた。
「いや、君が喜んでくれれば、それでいいんだ」
アルフォンスは呟くように言った。
二人は馬から降りて、花畑の中、手を繋いで歩いた。
「アルフォンス、私から貴方に見せてくれたお礼をしたいわ」
ちょっとだけ、離れて、と言ったアリシアは手を中空に向けた。すると、氷の結晶が次々と現れ、消えては何かの形を形成していった。
できたのは氷のピアノだった。
アリシアはピアノの前に座ると、その白い手を鍵盤に滑らせた。
一曲目はクロード・ドビュッシーピアノ独奏曲『ベルガマスク組曲』第3曲「月の光」変ニ長調。ほとんどピアニッシモで演奏される夜想曲で、優しく切ない曲想で有名。第3曲「月の光」はドビュッシーの作品のなかでももっとも有名であり、単独での演奏機会も多い。
二曲目はヨハン・パッヘルベルのカノン。ドイツの作曲家ヨハン・パッヘルベルがバロック時代中頃の1680年付近に作曲したカノン様式の作品である。「3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ ニ長調」の第1曲。この曲は、パッヘルベルのカノンの名で広く親しまれており、パッヘルベルの作品のなかで最も有名な、そして一般に知られている唯一の作品である。
三曲目は『エレンの歌 第3番』。これは、フランツ・シューベルトの最晩年の歌曲の一つである。1825年に作曲された。伸びやかで息の長い旋律ゆえに、シューベルトの歌曲の中では最も人気の高い一つである。この歌曲は、しばしば『シューベルトのアヴェ・マリア』と呼ばれている。しかしながら元々この曲は、ウォルター・スコットの名高い叙事詩『湖上の美人』の、アダム・シュトルクによるドイツ語訳に曲付けされたものであり、したがってシューベルトの歌曲集『湖上の美人』の一部を成しているのである。
三曲目を終えた所で、アリシアはアルフォンスに向かって微笑みを浮かべた。
「遠い異国の曲らしいのですが、いかがでしたか?」
アルフォンスはアリシアに声を掛けられはっとした。
「とても素晴らしい演奏だったよ」
それ以上の言葉が見付からなかったが、それ以上の言葉があれば使いたい程だった。
「ありがとうございます」
アリシアは淑女の礼をしてアルフォンスがいる場所に向かって歩いた。花を踏まないように注意していたが、踏みそうになったところで躓いてしまう。
「アリシアッ」
アルフォンスが駆け寄り、何とか転ぶのは防げた。アルフォンスはアリシアを抱きしめる形になり、顔を赤らめた。
「ごめんなさい、アルフォンス」
離して下さるかしら、とアリシアは言ったが、アルフォンスは余計に力を込めて抱きしめた。
「アルフォンス?」
どうしたの?とアリシアが覗き込む。すると、アルフォンスがゆっくりと顔をアリシアに近づけてきた。
そこでアリシアは人差し指をアルフォンスの唇に付けた。
「ストップ」
「……アリシア」
熱っぽい視線をアリシアに向けるアルフォンスに彼女は辟易した。
「アルフォンス、駄目よ」
それでも、言うべきことは言わねばならない。
「何で?」
アルフォンスは恨みがましくアリシアを見遣る。
「今は駄目なの……そうね、もしもアルフォンスが学園卒業後も同じ事をしたかったら、してもいいわ」
アリシアは困ったような微笑みを浮かべた。
「その時、これ以上の事をしたいと言ったら?」
アルフォンスの言葉にアリシアはしばらく考える素振りをした。
「そうね、その時なら大丈夫よ」
アリシアはそう言って笑顔を浮かべた。
そうして二人の間に約束が結ばれた。
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