第3話 淑女の嗜み

 アリシア・レインディールは溜息を吐いた。

 今日もこれから王妃教育なるものが始まるからだ。

 ダンスレッスンに礼儀作法、政治、歴史、その他諸々の教育がある。その長く険しい道のりは半端な覚悟では厳しいものだった。

 いつか何かの役に立つと思いながらも、アリシアは憂鬱でならなかった。

 何度目かの憂鬱な溜息を吐くと、ノックの音が聞こえた。

 侍女のメアリが入ってくる。先生が到着したのを知らせにきたのだ。アリシアは意を決して立ち上がると、優雅に歩き始めた。


「毎回毎回、先生も大変なのによくいらっしゃるわよね」

 レッスンが終わった後に侍女のメアリにマッサージをして貰いながらアリシアは愚痴を溢す。

「お嬢様、それは先生に失礼ではないでしょうか」

 と、メアリは苦言を呈する。

「そうね」

 はぁ、とアリシアは憂鬱な溜息を吐いた。

 ――先生なんて、もう来なくていいのに……

 そんなアリシアの願望は叶わない。

「お嬢様、気晴らしにピアノでもいかがですか?」

 メアリの言葉にアリシアは頷いた。

「そうね」

 アリシアは小さい頃、もっと言うと前世からピアノに親しんでいる。ストレス発散にピアノがいいのだ。

 アリシアは部屋に置いてあるグランドピアノまで意気揚々と向かった。

 ピアノに手を置いて、アリシアは旋律を響かせ始める。その旋律は優しくゆっくりと響き始めた。曲はショパンのノクターン2番。彼女のお気に入りの1つだ。

 フレデリック・ショパンのノクターン2番は1831年に作曲された変ホ長調作品だ。この曲はショパンのノクターンとしては最もよく知られた曲である。また、第1番と同様、ジョン・フィールドからの影響を強く受けている。また、ショパンはしばしば変奏を行っていたといわれ、弟子の楽譜にも変奏の例が書き込まれている。

 次はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトのメヌエット。ケッヘル334番『喜遊曲』第3楽章。ヴァイオリン独奏や、弦の重奏などで単独でもしばしば演奏され、広く愛好されるようになっている。

 最後はヨハン・ゼバスティアン・バッハのG線上のアリア。『管弦楽組曲第3番』BWV1068第2楽章『アリア』をピアノ伴奏付きのヴァイオリン独奏のために編曲したものの通称。原曲はヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲、編曲者はヴァイオリニストのアウグスト・ウィルヘルミだ。

 弾き終わったアリシアはふぅ、と溜息を吐いた。それと同時にドアの方から拍手が響いた。そこにはアリシアの兄、エルリック・レインディールの姿があった。

「お兄様!」

 アリシアは1つ年上の兄に向かって淑女の礼をした。

「いつもながら、アリシアのオリジナルの曲は美しいな」

 そう言ってエルリックは微笑みを浮かべた。

「お兄様、違いますわ、記憶の中の曲ですから」

 そう、アリシアの前世の記憶にある曲なのだ。だからオリジナルではない。

「そうだったな、アリシア」

 エルリックは苦笑した。

 ここでお分かりだろうが、アリシアは家族には前世の記憶がある事を話している。ただ、乙女ゲーム云々は言っていないが。

「それでも、お前のピアノは凄いよ、アリシア」

 エルリックはアリシアの頭に手を置いて撫でた。

「ありがとうございます。お兄様」

 アリシアはそうして笑った。

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