第2話 まさかの悪役令嬢

 アリシア・レインディールは公爵家令嬢である。

 まだ七歳の幼い彼女は、白金の髪に翡翠の瞳、形の良い鼻に、熟れた果実のような唇、染み一つない無垢な肌を持つ美少女だ。

 そんな彼女は憂鬱な面持ちで窓の外を眺めていた。時折、溜息を零す姿もまた絵になって美しい。

 何故、彼女が憂鬱な溜息を吐くのかというと、原因はこれから来る来客の所為だ。その来客とは、この国――グランディウス王国第一王子アルフォンス・グランディウスが遊びに来る為である。ちなみに彼はアリシアの婚約者だ。

 そんな彼が遊びに来るのがアリシアは憂鬱でならない、何故なら

 ――いつか、婚約破棄されるんだろうな……

 そう、彼女は未来を知っている。正確には見ているのだ。彼女の前世で。

 彼女には前世がある。佐藤文として生きた前世。その前世でやっていた女性向け恋愛シミュレーションゲーム通称乙女ゲーム『愛する奇跡』が実はアリシアが生きている世界に一致するのだ。

 『愛する奇跡』の舞台はグランディウス王国王都グランシアの魔法学園で、主人公は平民ながら強い光の魔力持ちだった為、入学を許された桃色の髪と瞳を持つ愛らしい少女リリア・テレジア。リリアはグランシア魔法学園で様々な登場人物と出会い、愛を花開かせるという内容だった。

 攻略対象は4人。一人目の攻略対象はグランディウス王国第一王子アルフォンス・グランディウス。アリシアの婚約者だ。黒髪に青い瞳を持つ鋭利な雰囲気の美形だ。

 二人目の攻略対象はグランディウス王国第二王子ロベルト・グランディウス。正室の子であるアルフォンスとは違い、側室の子である。茶髪に青い瞳を持つ優男だ。

 三人目の攻略対象は宰相の息子、公爵子息のエルリック・レインディール。アリシアの兄だ。金髪に翡翠色の瞳を持った柔らかな雰囲気の美形。

 四人目の攻略対象は騎士の息子ロン・マークス。熱血漢で騎士を目指す青年で、赤髪に赤い瞳を持つ美形だ。

 アリシアはその乙女ゲームでは悪役令嬢という立場だった。攻略対象達に近付く主人公に対して、貴族と平民の立場の違いを説き、戒めるというある意味常識的なキャラクターである。

 ちなみに主人公がアルフォンスと結ばれた際には「お幸せに」と言って、静かに身を引く。他キャラクターの場合は静かに見守るという設定になっていた。そんな緩い設定がアリシアにとっては幸いだった。

 それでも、アリシアは婚約破棄される事に変わりはない。憂鬱だった。いつか終わるかもしれない関係など、最初から無い方が良かった。

「アリシア様、アルフォンス様がいらっしゃいました」

 侍女のメリアがノックと共に入ってきて、そう言った。アリシアは溜息を吐きながら言った。

「お通しして」

 それからドタドタという足音が聞こえるとバンッと扉が開いた。

「アリー、来たぞ!」

 アルフォンス殿下は勢いよく扉を開いて、ずんずんとアリシアの近くまでやってきた。

「ご機嫌よう、アルフォンス殿下」

 アリシアは淑女らしくスカートを摘まみ礼をする。アルフォンスはその手を握った。

「堅苦しい挨拶はなしだ。早く雪だるまを作りに行こう」

 ちなみに今は春である。

「また、雪だるまですか」

「そうだ、早く外に行くぞ」

 そう言ってアルフォンスはアリシアの手を引っ張って外に出た。

「アリー!早く!」

「ちょっと離れていてくださいね、殿下!」

 そう言うとアリシアは地面に向けて手を向けると手から雪が出てきた。何かを投げるように片手を空に向かって振り上げると、雪の結晶が空から降り始めた。どんどん雪が積もっていくのをアルフォンスはわくわくした表情で見詰める。アリシアはそんなアルフォンスを優しげな表情で見守った。

 アリシアは雪と氷と水の魔法が使える。だからこそ出来る芸当だった。

 アルフォンスは早速、雪だるまを作り始めた。アリシアもそれに続いて作り始める。雪だるまの後は雪合戦、スケート、最後はかまくらで締めるのが常だった。

「なぁ、アリー」

 狭いかまくらの中、アルフォンスはアリシアの手を握った。アリシアは不覚にも胸が高鳴った。

「なんでしょうか、殿下」

 それを隠しつつ、平静を装ってアリシアは応えた。

「そろそろ、その他人行儀な言葉遣いを止めないか」

 アルフォンスの言葉にアリシアはぐっと言葉に詰まった。

「僕と君は同い年だ、それに婚約者でもある。アルと呼んでくれないか?」

 真摯なアルフォンスの表情にアリシアは息を詰める。

「……アル」

 本当に小さな声でアリシアはそう呟いた。アルフォンスは満面の笑みを浮かべた。

「アリー!」

 嬉しそうなアルフォンスは勢いに乗ってアリシアの頬にキスを贈った。

「アル!」

 何をするの、と言いつつアリシアは真っ赤になった。アルフォンスはそんなアリシアの様子が可愛らしくて一層笑みを深めた。

 ――油断ならない小僧なんだから……

 と思いつつアリシアの顔にも笑みが浮かんだ。こんな風に過ごすのも良いものだ、と思った。

 ――例え、いつか婚約破棄する事になろうと、今、この瞬間を大切にしよう

 アリシアはそう思うと、晴れやかな笑顔を浮かべるのだった。

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