log.12 占拠
銃声が外から聞こえる中、船橋内もまた異様な雰囲気に包まれていた。
「船長? 一体、何をやって……」
汐里は唖然とした表情で目の前に立っている我らが船長の行動を見ていた。具志堅は無線から聞こえる吾妻の必死な呼びかけを無視しながら、速度を切り替えるレバーを引いた。エンジンの回転数が見る間に下がっていき、船の行き足が少しずつ遅くなっていった。
放水を止めようと装置のボタンに触れようとしたマルコを一喝すると、具志堅は汐里とマルコを睨んで牽制した。舵を握り、二人を装置に寄せ付けようとしなかった。
『一人、本船に乗り込んだ!』
「――!」
無線から聞こえた三島の声に、汐里は具志堅の顔を見た。だが、具志堅の表情に変化はなかった。
「船長、このままではこの船が乗っ取られます」
「わかっている」
「では何故、こんな事を」
「それが、目的だからだ」
「目的って……」
汐里は具志堅の言っている事が信じられなかった。
この人は何を言っているんだ。
まるで、海賊みたいじゃないか!
「キャプテン、冗談でしょう?」
苦い笑みを浮かべながら、マルコが具志堅に近付く。しかしマルコはそれ以上近付く事はできなかった。
「船長!?」
汐里が悲鳴を上げる。マルコは目の前に現れた物を見て顔を青ざめた。具志堅の手には、拳銃が握られていた。
銃口を向けられ、マルコが思わず両手を上げながら後ずさる。具志堅の目が、絶句する汐里の顔を見た。
「大人しくしていれば、お前たちに危害は加えない」
やがて外から聞こえていた銃声は聞こえなくなっていた。その代わり、船橋の窓の向こうから銃を持った男たちが現れ、中にいる具志堅に向かってドアの施錠を解くような合図をしていた。
固まる汐里たちの目の前で、具志堅はドアの施錠を解除し、外にいた海賊たちを招き入れた。外から階段を昇って船橋部分にまで上がってきた海賊たちは船橋内に入るや、汐里たちにアサルトライフルの銃口を向けた。
既に具志堅の拳銃で行動を牽制されていた汐里とマルコはそのまま海賊たちの人質となった。人質を取った海賊たちは船橋を占拠する。やがて船内放送のマイクを一人の男が手に取った。
「この船に乗っている全ての者に告げる。この船は我々が占拠した!」
マイクに吹き込みながら、男は声高に宣言した。その男は自分の覆面を剥ぎ取り、素顔を晒す。東洋系の顔。というよりは、ほとんど日本人に近い顔立ちをしていた。
「我々は船橋を占拠し、女を含む人質を取っている。直ちに無駄な抵抗を止めるように!」
汐里はその男の言っている事が、この船に乗り込んでいる海上保安官である彼らに向けてのものだとすぐにわかった。
愕然とする。この船は本当に乗っ取られてしまったのだ。
そして、汐里は未だに信じ難い光景を見詰める。
船を乗っ取った海賊たちの中に紛れている船長の姿。彼はそれ以降、一瞥も汐里の方を見ようとはしなかった。
船の心臓部に当たる
「フリーズ! 全員、そこを動くな!」
監視室の奥に人質を集めると、海賊たちの内の一人が貝塚に銃を向けながら口を開く。
「機関部の者は全員、この監視室に集めろ」
「わ、わかった」
貝塚は銃口を避けるように、制御盤の手前に設置された電話のもとへ行く。受話器を手に取り、船内にいる他の機関士たちを監視室に呼んでいく。
その最中、貝塚に男が言った。
「全員一人残らず呼ぶんだぞ。少しでも妙な事をすれば殺す」
言いながら、男は一番若い機関員のバングラデシュ人の青年に銃口を向けた。青年の怯えた表情が貝塚の網膜に焼き付く。
「わかった。約束するから皆に手は出すな」
悔しさが滲み出るような必死の懇願に、男は満足そうに頷くと、青年から銃口を離した。
その代わり、その銃口は電話をかける貝塚に再び向けられた。
機関室も彼らの手に落ちた。
船橋では、船がじわじわと乗っ取られていく様が中継されていた。先ほど船内放送でシージャックを宣言した男の手に握られているトランシーバーから、機関室、厨房、各居住区を占拠したという報告が次々と寄せられてきた。海賊のリーダー格らしい男は、報告を聞き終えると、隣に立つ具志堅に視線を向けた。
「それでは船長、船を走らせてもらおうか」
笑みを浮かべた男がそう言うと、具志堅は何の躊躇もなく船の速度を上げた。
エンジンの唸りが大きくなる。と同時に、海賊たちの歓声が沸いた。
喜ぶ海賊たちを、汐里は一緒に端に追いやられているマルコと眺めていた。その中に自然と溶け込んでいる具志堅の姿が未だ信じられない思いが残っていた。
「――そういえば、この船に乗り込む時。俺たちを撃ってきた連中がいたな」
「!」
男の発言に不意打ちを受けた汐里はびくりと震えてしまった。
幸い汐里の挙動に男たちは気付いていなかった。
「この船に武装した海上保安官が乗船しているという話は本当だったようだな。船長、貴方が事前に教えてくれたおかげで、我々は被害を最小限に留めたまま乗船できた。まぁ、放水のサポートもそうだが」
その言葉は具志堅が本当に海賊たちの仲間である事を示すものであった。
「連中はどこにいる?」
「知らん」
男の質問に、具志堅はぶっきらぼうに答えた。
そんな具志堅の態度に、男は仕方がないと言ったような笑みを吹かせる。
「ふっ。まぁ、この船のどこかに潜んでいる事は確かだ。それに人質がいる以上、奴らにどうこうできるはずもない」
「だが、直に海上保安庁が来るだろう」
「変わらん。人質がいる以上、奴ら海保は何も出来ない」
完全に海保を侮辱し切っている海賊たちは、本当にこの先の事を不安視している様子はまるで見えなかった。だが、汐里はここで違和感を覚える。彼らは本当に海賊なのだろうか。見る限り、海賊の構成員のほとんどは日本人のように見える。日本人の海賊など汐里は聞いた事がなかった。
「(この連中は一体何者なの?)」
しかし汐里はその疑問が遠くない内に明かされるだろうと考えていた。
何故なら船をシージャックした以上、その目的を語らなければいけないのだから。テロや身代金目的なら会社や政府に声明を発するぐらいはするだろう。目的、要求、それらの彼らの為すべき行動の中から、彼らの正体が浮かんでくるはずだ。
船が乗っ取られて間もなく、男たちは声明を発した。汐里の読み通り、男たちは声明の中で自分たちの正体と目的を明かした。
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