log.4 シップガード

 対策を講じても尚増加する海賊被害に頭を悩まされていた日本政府は、大胆な改革を打ち出した。

 2009年に成立した海賊対処法の改正と、新たな法案の成立であった。

 日本関係船舶に武器を携行した海上保安官を同乗させ、海賊の襲撃に対して船舶を護衛するというものである。

 これまでの海賊対処法では、対象の船舶に対して海上自衛隊の護衛艦による護衛、および海上保安官による司法警察活動が認められていたが、今回の新法とその成立に伴う海賊対処法の改正により、護衛役の海上保安官を直接、対象船舶に乗船させるという方法が実現した。

 この法律に関しては審議当時、賛否両論、様々な観点から多くの意見が交わされたが、政府は変貌を遂げる国際情勢と外洋での自国の船舶と船員(国民)の安全の強化と確立を推進するため、従来の海賊対策を覆す新たな法律、海上の船舶における警備に関する法律(通称、海上警備法)を成立させた。

 海上警備法に基づき、船に乗船し護衛する役目を持つシップガードには武装した海上保安官が担う事となった。当初は海上自衛官を適用する案も検討されたが、法的に難しい面、あるいは複雑な日本ならではの事情が絡んだため、海上保安官に一任という形に落ち着いた。

 だが、この制度はあくまで会社側の要請に応じて適用されるもので、しかも人員的な事情から政府側の綿密な調査と検討の末に実施されるものだった。

 まだ施行したばかりで馴染みが薄い事もあって、未だ適用されていないのが実情だが。

 故に施行後、今回の日本を代表する大手海運会社である大和郵船の要請により、初めて適用されたのが汐里たちの乗る『アサヒ』であった。




 出港後、『アサヒ』は東京湾を出てペルシャ湾に向かって航海を始めた。国内最大の大手海運会社のタンカー『アサヒ』には日本初となるシップガードが乗り込んでいた。

 事態が深刻化する海賊問題に対する政府の新たな提案であり、実施としては初となる試みだった。

 カバーする範囲が広すぎて軍隊の艦が対処し切れなくなったから船に直接乗せちゃえとは安易であり大胆な発想だな、と初めて聞いた汐里は思ったものだったが、本音では汐里はあまり興味がなかった。

 しかしそんな汐里に直接関わる機会ができた。日本近海を航行中、当直中に船橋に上がってきた具志堅船長が汐里に懇願したのだ。

 「今日乗船してきたシップガードの人達に船内案内をしてやってくれ」

 「私でよろしければ構いませんよ」

 「助かる。 当直以外の空いた時間で良いから頼むよ」

 汐里の快諾を確かめた具志堅は、用件を済ませるとすぐに船橋から下りていった。

 汐里はやれやれと肩をすくめる。

 来年で定年を迎える具志堅船長は、今回乗船してきた特別乗員の彼らを快く思っていなかった。

 自らは彼らと関わろうとせず、汐里に任せようとしているのが見え見えだった。

 「俺の船に物騒なものを持ち込みやがって……」

 離岸作業中、ぽつりと呟いた具志堅の言葉を汐里は聞き逃さなかった。

 汐里は、彼らが持ち込み今は寝室にひっそりと佇む大きな黒いケースを思い出す。

 彼らの存在はその公職故に、具志堅のように忌み嫌う者は少なからずいる。

 更にある特定の理由で彼らを嫌っている具志堅の事を知っている汐里にとっては、受け入れ難い案件ではなかった。

 「(まぁ、こんなのは慣れてるし……)」

 当直後、案内役を承諾した汐里は案内を行う時間の相談のために彼らのもとに向かった。

 「案内役を務めさせていただきます一等航海士の佐倉汐里です」

 娯楽室に集まっていた三人の男達。汐織が入室すると、彼らは揃って立ち上がり、礼儀正しい姿勢で汐織を迎えた。その光景を目の辺りにした時、汐里はその見慣れない公務員質に圧倒され、思わず戸惑ってしまった。

 「初めまして。私は海上保安庁第五管区海上保安部から出向しました吾妻です」

 吾妻と名乗った男に対して、汐里が抱いた第一印象は『好青年』であった。まるでアイドルグループに居るような中性的な顔立ちで、爽やかな笑顔が更に際立っている。

 「(渚が好きそうなタイプだな……)」

 あるアイドルグループオタクの友人の事を思い出す。ちなみに汐里自身、吾妻のような男は特にタイプというわけではない。

 「同じく岩泉です。どうぞ宜しく」

 二人目の男は、ガタイの良い体格が印象的だった。きっと脱げば、物凄い筋肉を披露してくれるに違いない。ちなみに汐里自身、筋肉に興味は特にない。

 「………………」

 突きささるような視線を感じて、汐里は顔を向ける。先に紹介した二人とは異なる、肌がざわつくような視線。そんな視線を向けているのは、三人目の海上保安官の男だった。

 「ほら、黙ってないで挨拶しなよ」

 「……どうも。俺は三島」

 最初に自己紹介を終えた吾妻に促され、三人目の男が気が抜けたような調子で挨拶する。先程までは外見だけ三人とも整然とした立ち振る舞いをしていたのに、三島と名乗った男は一人だけギャップのある印象を汐里に植え付けた。

 「………………」

 「あ、あの……。私の顔になにか付いていますか?」

 先程からじいっと汐里の顔を見詰めていた三島が、ゆっくりと口を開いた。

 「あんた、女か……。この船の一等航海士チョッサーなのか?」

 三島の発言に、汐里は一瞬だけ怯んでしまった。

 「……そうですけど?」

 「はぁ、そうなのか……」

 「………………」

 「………………」

 なにこいつ。

 汐里は意味がわからなかった。

 外航船に女が乗っているのがそんなに珍しいのだろうか。いや、どちらかと言えば確かに珍しい方ではあるが、本人を目の前にしてそこまであからさまな反応を示す程だろうか。

 「すみません。女性の上に、見る限りその若さで大型外航船の一等航海士だなんて珍しいものですから」

 二人の間の空気を察知してか、吾妻が間に入るように言葉を入れる。その隙に、岩泉が三島の肩に触れ、視線で何かを誅していた。

 「貴女のような女性と長い航海を過ごせるのは幸いです。ぜひ船内の案内をお願いします」

 「わかりました。それでは付いてきてください」

 奥底から沸いてきた感情を押し隠し、汐里は平然とした表情で三人の男達を駄々広い船内を案内したのだった。

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