第13話 回るやつ(大団円?)
「……さん」
……うるさいな。ちょっと静かにしててくれ。俺は疲れた。眠いんだよ。
「……おとうさん」
……なんだまた小遣いか。こないだやっただろう。一人娘だからって、ちょっと甘やかしすぎたかな……。
「おとうさん!お父さあん!!」
急に耳元で響いた大声に驚いて、俺は跳ね起きた。
……ここはどこだ。
白く塗った金属フレームのベッドに、俺は寝ていた。消毒液の匂い。遠くでパタパタと忙しげに歩き回る、沢山の人の足音。
……病院?
ベッドの脇をふと見ると、娘が、突然起き上がった俺に、俺以上に驚いて口を開けている。
俺と娘の目が合った。
「お父さん」
驚いたことに、娘の目にうっすらと涙が滲んでいる。俺はポカンとして、ただ黙って娘を見つめていた。娘はグシグシと鼻を鳴らし、俯くと、
「……良かった」
ボソリと言った。
「これはどうしたんだ?一体……」
「お父さん、貧血おこして倒れてたんだよ。だから私が救急車呼んで……」
「……そうか」
「私、お母さん呼んでくる!今、あっちで看護婦さんと話してるから」
娘は小走りに病室を出て行ってしまった。
俺は部屋の中を見回した。一体どうなっているのだろう。
……あれは夢だったんだろうか。平野と松野、宇宙人に会ったこと。異世界に行ったこと……。
そうか。きっと、意識を失っている間に変な夢を見たんだな。
……しかし中々面白い夢だった。小説になりそうな……。よし、次回作はこのアイデアを使って……。
「桜田さん!気がついたんですね!!よかった!」
けたたましい足音を立て、グレイが娘と一緒に病室に駆け込んできた。
……夢じゃなかった。
グレイ達の後から、妻と医者も急いでやって来た。
医者は職業的な態度で俺に話しかけつつ、脈をとったり心音を聞いたりし始めた。
「何があったか覚えていますか?」
医者が俺に問いかけた。
……何があったか、って。電波に操られて小説書いてたら宇宙人が来て、それから異世界に飛ばされて……。
と、言いかけて俺は慌てて口をつぐみ、
「いえ……」
とだけ言った。グレイが医者の背後で小さく頷いていた。
「特に深刻な状態じゃありません。まあたぶんお疲れだったんでしょうね」
医者は穏やかな顔でそう言い、診察を終えた。
「もう帰っても大丈夫だって。良かったわね」
妻の顔には、安堵の表情が浮かんでいる。
「お父さんのお友達も、心配して来て下さったのよ」
妻がグレイの方を向いて言った。グレイも晴れやかな顔をしていた。
「そうか。みんなに心配かけて悪かったな……」
呟きながらベッドから這い出ようと毛布の上に置いた俺の手に、何かが触れた。
――それは一冊の本だった。開いたまま、俺の身体の傍らに伏せてあったのだ。
見れば、本はその一冊だけではなかった。ベッドサイドに置かれた小さなテーブルや椅子の上に、数冊の本が乱雑に置かれている。
全て俺の著作だった。見ればずいぶん昔のものやら、最近わりと売れたものやら、様々だ。中には、出版社が潰れてしまい、既に絶版になっているはずのものまである。するとこれらは、家の俺の本棚に保管しておいたものに違いない。
……それがどうしてこんなところに。しばらくの間ぼんやりと、己の子供とも言える本達を眺めながら、俺はハッと思い当たった。
……もしかして、娘が、俺に付き添いながら読んでいたのか?
俺は目をぱちくりさせて、俺の本の山と娘の顔を代わる代わる眺めた。娘は唇をへの字に結び、怒った顔で、俺と目を合わせないようにして黙っている。どうして怒ってるんだ。
「……お父さんの本、読んでたのか?」
思わず口をついて出た俺の言葉に、娘は顔を真赤にしてしまった。
俺は、まさか娘が俺の本を読んでくれているなんて、考えた事もなかった。嬉しいようなくすぐったいような、何とも複雑な気持ちで、俺も黙りこんでしまった。
「……学校の子達が、まあまあ面白いって言ってたから」
娘も、ぶすっとした顔で投げやりに、やっとそれだけ言った。
「まあまあ」か……。
「ありがとう」などと言うのも気恥ずかしく、ふと目を逸らすと、ベッドサイドのテーブルに立ててあった娘のコンパクトミラーの中の俺と目が合った。
――その顔は彼女そっくり、怒った顔だった。
週末の家電量販店は、すごい人混みだ。平野は苦心して人混みをかき分け、ようやく目的のゲームソフトを手にする事ができた。
ふぅ、と、店から出た平野は安堵の溜息をついた。
さてと。まだ時間も早いし。
平野はいつものように書店に入った。時々こうして目的も無く書店をぶらついては、まだ読んだことのない作家を発掘する。それは平野の一番の楽しみだった。
平積みの新刊の山をチェックする。ファンタジー、恋愛、エッセイ、冒険、詩集……。その中に、「宇宙人小説家の陰謀 桜田洋一」と題された一冊があった。平野はその本を手にとり、表紙を眺め微笑んだ。
……「違う自分」、か。
平野は本をそっと元に戻すと、新刊コーナーから立ち去った。
駅前のスクランブル交差点で信号が変わるのを待つ、数えきれない程の人々。だが、それぞれが皆、それぞれの幻想世界を生きているのだろう。今の平野には、人は皆いるべくしてその場所にいるように思える。そしてそれは、そう居心地悪くないはずだ。
平野は人の流れにうまく乗りこむと、ごった返した駅の改札に向かった。
人々の間から、ささやかな拍手が巻き起こった。
今日は、再建された小学校の開校式だ。私財からいくらかを投じ、地震で崩壊した学校を立て直し、同時にオンライン教育システムのテストケースにするべく、環境を用意した。
式典が終わって教室になだれ込んだ子供達は、新しく支給された教科書や文房具を楽しそうにいじり回している。集まっている大人達も、ささやかな祝宴の用意にあちこち駆けまわり始めた。
忙しい、だが生きるエネルギーに溢れる人々の群れ。そして俺もその中の一人だ。
俺は教室の隅の壁に、あの鳥の絵を飾った。子供達が、それぞれの幸福な幻想世界を構築できるよう、願いを込めて。
ふと、桜田の言葉が思い出された。
「最後にはうまいこと行く」
……本当にその通りになったな。
俺は一人微笑んだ。
「わあ!本当に回ってるんですねえー!!」
グレイは目をキラキラさせて、写真を撮るのに大忙しだ。近所の回転寿司でこれだけ喜ばれると、少し気恥ずかしい。
留学生のホームステイという口実でしばらくうちに滞在する事になったグレイを、妻と娘は珍しがってあちこち連れ回し、グレイは憧れのクールジャパン・ライフを満喫しているようだ。
「カクヨム」とかいう、最近出来たらしい小説投稿サイトも教えてやった。発表の場を得たグレイは、張り切って新作に取り組んでいる。
「ほら、グレイ、あんまり騒ぐなよ。それよりたくさん食べろよ。憧れのスシだろ」
俺は、回ってくる皿に手を伸ばした。
「はい!そうですね!」
グレイも卵の皿を取ると、頬張った。
「今日は奢ってやるから。せっかくなんだからもっと高いの食べろよ」
「……?」
「ほら、この模様の皿が一番値段が高いやつで……」
「ねだん……?」
グレイはモグモグしながら不思議そうな顔をしていたが、
「あ、僕それ知ってます!!『おかね』っていうやつのことですよね!?地球で今はやってるんですよね!?」
……おまえの「今」っていつだよ。それはもう紀元前から流行ってるよ。
皿を選ぶのに夢中になっているグレイに聞こえないよう、娘が、
「……グレイって、ちょっと変わってるよね」
と、こっそり俺に耳打ちしたので、俺は苦笑いした。
「でも、ちょっとカワイイね!」
「……えっ!?」
俺はあやうく皿を落とすところだった。
……ちょっと待て。寿司を食べに行くと行ったら珍しくついて来たのは、そういう事か!?
……そうか、考えた事なかったけど、もう14歳なんだしな……。
当然そういうのもあるよな、彼氏がいたっておかしくない年頃だ。いやでも、しかし……。
「お前は……、その……、変わってる男なんか嫌いじゃないのか。つまりその、普通の男がいいと思ってるんじゃないのか?」
突然の俺の質問に、娘はきょとんとした顔をした。
「お父さん何言ってるの?普通の人なんてつまんないじゃん」
そう言うと、イクラの皿を取った。
「うわー!これはなんですか?」
「これはイクラっていうんだよ。鮭の卵だよ……」
二人は楽しそうに寿司をつまみながら喋っている。
「そっか……。そうなのか……」
俺はポソリと、呟いた。
和気あいあいとした二人をぼんやり眺めつつ、
……俺には、「女」より、まだ宇宙人の方が理解出来る気がするな……。
などと考えながら、かっぱ巻きを一つ、口に放り込んだ。
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気がつくと、ぼくのお腹が痛いのは治ってた。
……だからきっと、これは、ハッピーエンドって事でいいんじゃないかな。
もうすっかり夜だ。ぼくは外に出て、夜空を見上げてみた。星が綺麗だ。
遠い星々を眺めながら、ぼくは空想してみる。
今頃宇宙人は、地球で言うならモニターのようなものにぼく達の様子を映して眺めているんだ。そして、非常に原始的な地球の言語の一つである日本語では書き表す事のできない、音楽的な美しい声をたてて笑う。宇宙のどこかで。
そしてまた、新たな電波の送信を開始する。
宇宙中の、宇宙人小説家達に。
創作を愛する者達と、その喜びを未だ知らない者達のために。
ピイィィィィーーー……ン…………
低く微かに、どこからか響く電子音……。
「宇宙人小説家の陰謀」
完
桜田洋一
平野健一
松野真司
桜井あんじ
うちぅジん
宇宙人小説家の陰謀 桜井あんじ @Sakurai-Anji
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